信頼のパートナーシップを増やすために社会全体でできること
国境を越えたデータ流通を実現するためには信頼関係がより重要になります。
国際データ流通とトラストを考えるために必要なことをジョージワシントン大学の Susan 先生にお伺いしました。
国境を越える米中データプラットフォーマーに抱く懸念
Kohei: 米国と中国はテクノロジー産業においても、ここ数年で関係性に大きな変化が起きました。
昨年問題になった TikTok の件は日本国内でも話題になりました。メディア Barrons に掲載されたスーザン先生の記事で、中国と米国の国防問題は2013年から始まっていたと紹介されていました。米国と中国のテクノロジーに関する変化についてお伺いしたいと思います。
2013年から19年にかけて、中国からのハッキングは多くの民間企業に及びました。米国政府職員の渡航履歴や医療データも多く流出したと発表されました。そうした背景もあり、米国政府は民間企業にデータを提供することに懸念を示していたのではないかと思います。
中国のテクノロジー産業について、米国の国防の姿勢が変化する中、なぜ TikTok は問題とされたのでしょうか?
Susan:これまでに起きた米国政府職員のデータ流出に代表されるように、中国に対する効果的な国防策がないことが一番の問題です。
連邦法のように一律に定められた法律はなく、国防のセキュリティが十分に機能していません。セキュリティが機能していないのに、誰も最適解を見出せていません。
ですから、中国企業が米国でユーザーデータを取得することは大きな懸念です。
米国は、米国企業が政府職員を初めとした国民のデータを適切に取り扱うように規制すべきです。現在議論されている競争法は罰金が小さく効力がありません。競争法で規制対象となるテクノロジー企業は、2019年から20年にかけて毎年63%の収益を伸ばしています。
Facebook のようなプラットフォーム企業は儲けすぎだと言われます。企業の技術革新や成功を貶めるのは良くないですが、あまりにも巨大です。Facebook のサービスにはスペインやニュージーランドの人口を遥かに上回る20億人のユーザーがいます。(ユーザーによっては)Facebook が提供するサービスが、(ユーザーの)インターネット空間を独占することもあります。
あまり口にしてきませんでしたが、中国や米国の大手プラットフォーム企業が、過去から今日までの膨大な量の個人の履歴を保有していることに恐れを抱いています。大手プラットフォーム企業はデータを膨大に持ちます。それにより、彼らは私たちの社会活動を確認します。彼らは、私たち一人一人が自分の運命や人生の方向を決めるための自治を脅かす存在です。
中国の情報統制による影響に米国はどう動くか
Kohei: 今年からバイデン政権に代わりますね。米国と中国の関係性が変わると噂されますが、サイバーセキュリティに大きな変化はあるのでしょうか?
前政権は強硬な姿勢を見せていた印象です。現政権は協調の関係構築を進めていくと発表しました。中国のプラットフォーム企業に対する考え方は変わりますか?
Susan: まず、中国アプリの利用を(米国が)停止することはないとお伝えします。
共和党の上院議員チャック・グラスリーは、米国政府の中国企業への検閲が国際貿易の障害になる可能性を調査するようアメリカ国際貿易委員会に依頼しています。ここで彼が追及したいのは(米国の検閲に対して中国が反発したことを受けて)、中国のグレートファイアーウォールが海外のインターネットサービス企業が中国に進出する障壁であること。そして、海外から中国国内の情報にアクセスできないことが中国の国際貿易の障害であることです。海外のインターネットサービス企業が中国に進出する妨げである中国国内の情報環境に対して、欧州、米国、日本が一丸となって働きかけることが必要です。
ただ、中国国内で起きている誤情報(政府にとって都合の良い情報)の拡散やインターネット停止等による検閲が国際貿易の障害になっている場合、中国は他国との間に異なるインターネット環境を整備するでしょう。
けれども、中国が他国との関係性を作る上で必ずしも中国によい話ではありません。
現在、中国のインターネットサービス企業は中国国外への進出を加速しています。Wechat や TikTok は代表例ですね。人工知能技術で素晴らしい功績を挙げています。そうした素晴らしい活躍の一方で、国際的なデータルールを逸脱し続けるならば国際的な問題に発展します。
米国は国際ルールに則ってデータ取引を進めています。とは言え、米国のバイデン新政権が両国の肥大なプラットフォーム企業に適切に対策を打つのは難しいでしょう。アメリカでは「チューインガムを噛みながらジャンプできない。他の食べ物を同時に食べられない(二つのことを同時にできない不器用な人)」と表現したりします。なんとなく意味はわかりますか?
(政権は変わっても)米国は変わらず中国と付き合っていきます。世界的なパンデミックや環境問題に取り組むには、両国の関係が必要だからです。
しかし、環境や経済の問題と違って、人権問題で折り合いをつけるのは難しいでしょう。南沙諸島海域の人工島の領有権(南シナ海問題)のような問題も難しいですね。
中国に関するこうした議論は、東アジアの国々で政治の駆け引きが絶妙に行われていると思います。日本も、中国との歴史を踏まえて駆け引きをするのがよいでしょうね。
米国の大統領は四年ごとに新たな政権に移行します。四年という短い期間で中国と関係性を築くのは難しいです。今後は八年という期間を見据えて関係性を作る必要があります。中国との関係は、日本との関係と同じように米国にとって重要です。
Kohei: ありがとうございます。協調が求められるならば、国際的なデータ経済圏においても国家間の関係構築の重要性が増すでしょう。個人のデータが保護される安全な環境でデータ取引ができるよう、今後十年間で進める必要性を感じます。
先生が紹介したように、Facebook を初めとする大手プラットフォーム企業の影響力は増しています。数年前に起きたケンブリッジ・アナリティカの問題は、私たち市民の意思決定にも大きな影響を与えました。大手プラットフォーム企業への規制は悩ましいものです。
企業が実施すべき自主規制は、サービスの仕組みを透明にすること
Kohei: 次にお伺いするのは規範と法律のバランスです。
米国企業では、安全なプロダクトでなければ市場に投入しないとする、自主的なコンプライアンスの動きが徐々に生まれています。そうした自主規制が重要な一方、GDPRに代表される厳格なデータ保護の法律を求める声もあります。ですが法律によって、企業がプロダクト開発に消極的になりテクノロジーのイノベーションが阻害される懸念もあると思います。
個人データを保護する対策が何かしらの形で必要ですが、法律以外にどのような選択肢があるでしょうか?
Susan: 私が思うに、米国はインターネットテクノロジーの分野で影響力を失いかけています。Facebook や Google は法規制を作る側になることで、ビジネスが継続できるように働きかけています。
法律ではなく、規範をもとにした規制が良いでしょう。AI分野では自発的な規制(自主規制)が理想的です。
私も自動化計算システムを利用します。企業が利用する際には、自動化システムが導き出した結果を透明性を持って説明する必要があると思います。AIを用いた自動化システムの例としてボットがわかりやすいでしょうか。
図 サービスが機械によって自動化していく
教育、金融クレジット、医療、スマートホームなど住宅サービスは今後、ボットを使って普及します。ボットのアルゴリズムが判断した情報の影響を受けて私たちの生活は(良くも悪くも)変わっていくのです。
ボットを含む自動化システムは厳しい法律で一律に取り締まるより、アルゴリズムを透明化して利用者が理解できように変えることが必要です。
(ここは大学の講義の場ではないですが、)利用者が理解できるようにアルゴリズムを透明化すべきです。アルゴリズム自体が(利用者に)影響を与えるのではありません。(アルゴリズムが導き出した結果の)所有者をアルゴリズムに見立てるのがよいと考えています。
編集部:Susan氏がアルゴリズムを結果の所有者と見なすように訴えているのは、アルゴリズムの透明性を訴
えるためです。アルゴリズムが導き出す結果の良し悪しは、アルゴリズムに学習させるデータに依存します。そ
うした学習記録を伝えるべきだと言っています。
欧州がGDPRを制定した目的は素晴らしいものでした。ただ、GDPRが制定されて以降、直接、もしくは間接的にイノベーションが阻害され、経済に影響が及んでいることは明らかです。問題視されていた大手プラットフォーム企業だけでなく、資金的に不利な新興企業が締め付けられています。
社会全体に信頼のパートナーシップを増やそう
Susan: 欧米の動きとは別に、気になることがあります。アジア域内で合意された二つの協定です。信頼の醸成に重点が置かれている点に関心があります。
協定の一つは、シンガポールとオーストラリアが進めているデジタル経済圏での動きです。デジタルイノベーションの中心に信頼(Trust)と”互換性”(interoperability)を置いています。両国が中心に推進するデジタル経済パートナーシップ協定(以後、DEPA)はシンガポール、ニュージーランド、チリ、カナダが参加しています。
DEPA は環太平洋パートナーシップ協定(以後、CPTPP)よりも様々な点で優れた協定だと思います。CPTPP は古い取引協定です。デジタル取引ではDEPA のような新しい経済協定が求められるでしょう。
(動画:Digital Economy Partnership Agreement (DEPA) Highlight Video)
このインタビューの始め(前編)に議論したようなデジタル取引の課題は CPTPP では言及されていません。そのため、偽情報やプライバシーの問題は各国の法制度に依存します。自国の法制度をもとに政策を施行する場合、他国との協調が難しくなり信頼を築きにくいです。
CPTPP の課題点を踏まえると、DEPA は優れています。今後、こうしたパートナーシップ協定が多く誕生してほしいと思います。
Kohei: なるほど。民間企業がサービス利用者と関係を築くために信頼は重要なキーワードです。社会全体を見渡しても、民間企業のみならず政府や個人が信頼される価値設計を求める時代に変化するでしょう。信頼を築くには社会全体で何が必要になりますか?
図 信頼を築くための相互理解の仕組み
Susan: 政策投資ですね。米国企業と中国企業は、世界全体に対する影響力を持っています。稼いだ利益を社会に還元することもありますが、お金の使い道は必ずしもそうだと言えません。
また、透明性とアカウンタビリティが求められると思います。これからのデータ経済では、自分のデータがどう使われているかを私たちユーザーが理解できる仕組みが求められます。変化が激しい時代です。個社の努力が一層求められます。
変化に対応するためにはコンピューター分野の教育が必要です。一人一人がデータリテラシーを上げる必要もあります。まずは教育ですね。
そしてフィードバックを取り入れる環境を作ることです。政策を作って出すだけでは不十分です。政策内容を公開することで得られたフィードバックを政策に反映することが必要です。
国・組織がよりよいガバナンスを目指して社会と対話していく
Susan: 日本政府が発表したアジャイルガバナンスの考え方は素晴らしいですね。インターネットを活用したクラウドソーシングに言及したことに感銘を受けました。テクノロジーを活用して、多くの人の意見を反映するよい例だと思います。欠点は、公開情報にアクセスして内容を理解できる専門家の意見に偏ることです。ここは議論の余地がありますが、いずれにせよクラウドソーシングを活用した政策ドキュメントの作成は可能性を感じます。
Kohei: そうしたアイデアがあるのですね。
クラウドソーシングが普及するとインターネットを通じて他国の人たちが政策議論に参加でき、国を越えた議論が加速しますね。これまで議論に加われなかった人たちが参加できるようになります。欧州やアジアから米国の政策議論に参加できる日がくるかもしれません。
クラウドソーシングを使って政策立案する場合、今後どのような変化が起きるでしょうね。米国の政策に他国の人が参加して議論が深まるようなことは考えられますか?
Susan: まだわからないですね。私の思いとしては、クラウドソーシングを利用した環境が実現してほしいのですが。これまでの話に関連して、興味深い例を紹介します。
たしか2013年、中国が国内の労働法(労働契約法)を改正したとき世界中の人たちがコメントを残しました。中国は社会主義で権威主義と言われますが、中国政府は寄せられたコメントを考慮して意思決定したと聞いています。
国でなく、世界全体を取り巻く組織でも似た例があります。
数年前、WTO の活動を研究してペーパーにまとめていました。その研究では、国際機関の参加国間の議論で行われているフィードバックが果たして機能しているか検証しました。すると面白いことが分かりました。サウジアラビアのような(独断的だと考えられていた)国でも、国際取引においてフィードバックが機能していることが分かりました。
図 集まったコメントを政策に反映
WTO は加盟国に、ポータルサイトに寄せられたコメントを考慮するよう要請していました。よいガバナンスを実現するには、フィードバックを反映することが必要です。さらに、国ごとでなく世界全体で取り組むことが求められます。ソーシャルメディアの誕生によりインターネット空間の対話が生まれたように、国や組織のガバナンスも双方向の対話によって設計できるように取り組むことが必要です。
Kohei: ありがとうございます。対話が大事とお話ししていますが、国を越えたガバナンスを考えるには誰が対話を率いるとよいと思いますか?
国家間の取引が合意されるには、取引ごとに交渉が必要です。米国と中国、米国と欧州を見ると感じますが、歴史の背景により国ごとに考え方が異なります。自国を優先するだけでは交渉が進まないでしょう。日本人の視点では、日本の国益が重要です。各国が自国の利益のために国際議論に参加する中、誰がどうバランスを取って議論を進めるのが良いでしょう?
Susan: そうですね。最後はそれぞれの国の国民が決めることになると思います。一般的な基準を設けるのは難しいですね。誰が率いるべきかという質問の答えは、置かれた状況で大きく異なると思います。私は全ての人が関われるような環境作りを進めていく必要があると思います。
Kohei: ありがとうございます。
どんな相手の話も聞くこと。そうして少しずつよい関係が作られる
Kohei: 最後に、視聴者の皆さんにメッセージをいただけませんか?
今はこうして日本からインタビューをお願いしています。今年はコロナのような大きな変化がある年です。感染症で多くの国が被害を受けています。経済的な協力だけでなく、強固な社会を作る必要があると考えています。ぜひ、視聴者のみなさんにメッセージを頂けると嬉しいです。
Susan: 苦しい状況ですが、辛抱強さが大切だと思います。国ごとに置かれた環境が異なります。相互に理解し合うことが重要です。
米国の人たちは比較的強い意見を持ち、意見を伝えることを好む人が多いです。けれども、全ての人が話を理解できるわけではありません。まずはどんな相手の話も聞くことです。そして相手の意見が自分の意見と異なり、妥協が必要になった場合にも理解を進めて行動することが必要です。
トランプ前大統領が国を率いて、多くの問題が起こりました。米国内で戦争が起きる可能性があると言われるほど米国は弱体化しています。安全保障のために、米国と日本は相互に助け合う必要があります。アジアでも、日本と韓国、インド(インドをアジアの国と言っていいのか私はわかっていませんが)と中国のように緊張関係があります。
私からは、各国の考えが変わり続ける中で辛抱強く関係を作ることが大切だと伝えたいと思います。
Kohei: ありがとうございます。素晴らしいメッセージでした。Susan 先生、今日はインタビューにお越し頂きありがとうございました。これからの社会のために今後も連携していきましょう。
Susan: Koheiさん、ありがとうございました。また近いうちにお会いしましょう。
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Interviewer, Translator 栗原宏平
Editor 今村桃子
Headline Image template author 山下夏姫
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