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凡庸”写真”雑記「真摯」
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衝撃的な事があった。見たというべきなのだろうか。
好きな写真家の一人に、ハービー山口氏がいる。人懐こい笑顔が印象的な、写真の大家である。
彼の撮る、市井の人々の表情は、心温まる。人として、愛を持って、真摯に向き合うことで、撮れる写真だ。
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初めて、何気ない飲食店の、若い女性店員を撮った、彼の写真を見た時、どこかの女優を使ったものなのだろうか。と、戸惑った。
それにしては、あまりにも自然で、演技くささがなく、垢抜けない余白があった。きっとこれは、ある程度、場数を踏んだ女優の表情ではなく、今そこで触れ合った、新鮮さを切り取った表情だと、思えた。
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その通りだった。彼は、街で出会った人々を、開いた心で撮影し、その結果として、長年の友情を培ったような、親密でたおやかな瞳の輝きを手にしていた。
人嫌いというか、どうにも、人に対して抵抗の多い僕には、到底、撮ることのできない人物描写であると、ほとほと嫌になった。写真愛好家の端くれとして。
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それ依頼、彼の写真が雑誌に載ると、必ず、目が惹きつけられ、魅入られるようになった。また、彼の写真のような、心惹かれ、ほのかに暖かくなる、彼の文章を熟読するようになった。
彼は、若い時に、ロンドンに行っていたようだ。
そこで、写真を日常とし、役者として舞台に立っていた。
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役者というのが、意外だった。失礼ながら、今の彼は、ハンサムというよりも、味のある、人情味のある、愛嬌のある、彼の撮る写真と同義のような表情を作る。
役者も、いろいろある。種類が多い。喜劇に、悲劇、2枚目に、3枚目。きっと、これは実に失礼な話だけど、3枚目か2枚目半ぐらいだろうと、持ち前の人としての味わいを前面に出した、性格俳優というやつだろうと、かって思っていた。
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が、その考えが、愚かな過ちだったことを、この間、知った。
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ある雑誌で、彼が、寄稿しており、過去のロンドン時代の写真なども添付していた。その右下に、髪の長い美青年が写真機を持っている写真があった。
藤井風を、もう少し、ソフトにしたような素敵な表情。
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とても自然で、真摯な眼差しに、あいも変わらず、彼は人のこんな表情を引っ張り出すのが上手いと、ぼんやり眺めていた。
ふと、写真の下の追記に目がいく。
そして、冒頭の衝撃的な事が。
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なんと、その美青年は、ハービー山口氏自身だったのだ。今や、見る影もない(失礼!)キレキレの綺麗さで、吸い込まれるような瞳を、たたえたこの青年こそ、ロンドン時代の、役者として舞台にも立っていたという、彼だ。
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あんまりにも、今の印象と違うので、ただただ、心の口をあんぐりと、眺めるしかない僕だった。
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腱鞘炎が少し和らいだので、久しぶりにNikon Z6 NIKKOR Z 50mm f/1.8Sを持って、東京を撮りに行く。騙し騙し、なんとか撮影でき、後から痛みのぶり返しもなく、ほっと一息。これから、腱鞘炎を気にしつつ、街を取り歩きたい。
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そして、彼のような、真摯な真心を持つ瞳を撮ってみたい。
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