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となりの席の銀河売り。

 銀河売り。隣の席の星波さんの机の上、進路調査の用紙には確かにそう書いてあった。さりげなさをよそおったはずが、視線が釘付けになってしまう。早く目をそらさないとバレる。可愛らしい、しかしどこか意志の強さを感じさせる字。彼女が小さい頃に書道を習っていたというのは、よく知られている情報だ。文化祭のクラスの出し物の看板は、他クラス分まで含めて星波さんが下書きを行っていた。固まってしまった思考と視線を軋ませながら無理矢理動かす。その先で星波さんと目が合う。
「あ、いや」
 思わず声が出てしまう。サッとプリントは裏返されて、彼女の顔は前を向いてしまう。やってしまった。どうしよう。

 その日は銀河売りという言葉が頭から離れなかった。銀河を売る、と言われても、僕の想像力では、昔見たメン・イン・ブラックのラストシーンに出てきた宇宙人たちが弾いて遊んでいた銀河を内に秘めたガラス玉くらいしか出てこなかった。マッチ売りの少女のように手提げカゴにガラス玉を入れて街頭に立つ星波さん。「銀河いりませんか?」とか細い声で話しかけるも、道行く人にガン無視され続ける星波さん。あぁ、全部買ってあげたい。なけなしの貯金で足りるだろうか。「1つ2万円です」あぁ、星波さん。そんな悲しい声を出さないでください。全部買います。あ、でも分割ローンでお願いします。…違う、そうじゃない。そんな仕事は見たことが無いし、会ったことも無い。

「私、実は宇宙人なの」
 星波さんが申し訳なさそうに言う。
「卒業したら、家業の銀河売りをしなくちゃいけないの。仕入れと販売で出張三昧。私も幼い頃から両親とまともに会ってないわ。国内、海外、果ては宇宙まで飛び回るの。この話は内緒。企業秘密だから。もし君がこのことを誰かにバラしたら」
 そっと僕を抱きしめてくれる星波さん。
「あなたのこと、殺さなくちゃいけなくなっちゃう」

「バラしません!墓まで持っていきます!あるいは僕のことも持っていってください!」
 自分の大声で目が覚めた。なんだ、夢か…。それにしても、銀河売り。いったいどんな仕事なんだろう。気になって仕方がない。可愛かったなぁ、星波さん。いかにも宇宙人みたいなキラキラした服。時計は深夜2時を示していた。窓を開けて見上げると星空が広がっている。あのどこかに星波さんはいるのだろうか。いや、あくまで夢だ。銀河売りだって見間違いに違いない。夢でも見ていたに決まっているんだ。

 結局、あれから一睡も出来なかった。学校に着くと、隣の席では星波さんが何か読んでいる。
「おはよう」
「あ、おはよう、星波さん」
 普段なら起こりえない事態だ。あいさつなんて初めてした。これはチャンスかもしれない。押すなら早く。今しかない。星波さんが読書に戻ってしまう。急げ。
「あの、昨日は」
 星波さんは何かあったっけ?と言うように首を傾げる。尊い。死んでしまいそうだ。
「その、進路の」
「あぁ、今日だよね、提出期限。もう出した?」
「まだ出してない、よ」
 緊張のあまり変なところで切れる。心臓がうるさい。
「就職?進学?」
「僕は大学。関東の方が良いかな、なんて」
 今だ、聞け。聞いてしまえ。
「そっかぁ、私もそっちにしちゃおうかなぁ」
 星波さんの溜め息混じりの声。なんて言った?今なんて言った?勘違いしますよ?良いんですか?良いんですか!?
「ほ、星波さんは、就職?」
「どうしようかなーって。全然決まらないし。興味がある分野とか言われてもピンと来ないし。だから、あんなこと書いちゃった」
 恥ずかしそうに舌を出す星波さん。死にます!そんな顔見せられたら死んでしまいます!
「宇宙、好きなんだ。だから、プラネタリウムで働きたいなって思ったんだけど、いざ調べてみたら、めちゃくちゃ狭き門だったり、資格取るのが大変だったり、大学も偏差値高い所ばっかりでさ。もう、どうしたらいいんだーって感じ」
 もしかしたら、誰にも言えなかったのかもしれない。普段の星波さんのイメージとは違う言葉が次々と紡がれていく。
「宇宙に行けなくてもいいからさ、宇宙とか、星とか、そういうものに関わって生きていきたいなって、思ってたんだけどさ。親も先生も、現実的にとか、就職率がとか、そんなことしか言わないの。夢持て、夢持て、って言ってきたくせに」
 僕だけに聞こえるくらいの声が、朝の教室の喧騒に消えていく。
「気付いたら、銀河売りって書いてた。昔読んだ絵本に出てきたの。子どもに銀河の詰まったキラキラしたビー玉を売り歩く、不思議な男の人のお話。素敵だなって思ってたんだ。私、このまま提出するよ。3者面談で全面戦争確定」
 へへっ、と笑ってみせる星波さん。
「応援、してるよ。星波さんのこと」
 そう言って僕はようやく席について、体を伸ばして星波さんにこっそり耳打ちした。
「あの、よかったら、LINE交換しませんか」
 星波さんは目を丸くして笑った。

~FIN~

となりの席の銀河売り。(2000字)
【シロクマ文芸部参加作品 & One Phrase To Story 企画作品】
シロクマ文芸部お題:「銀河売り」から始まる小説 ( 小牧幸助 様 )
コアフレーズ提供:花梛
『こっそり耳打ち』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
シロクマ文芸部、参加させていただきました。
ここまでお読みいただいてありがとうございました!

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One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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