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決戦は火曜日。

「もう1度、言ってみてくれる?」
 私は愛用の研究ノートを広げる。テーブルの向こうには思いつめた娘の顔。
「チョコチップザクザクイチゴジャム」
「何かの呪文みたい」
「チョコチップザクザクキラキライチゴジャム」
「よく噛まずに言えるわね」
「チョコチ」
「分かった、分かったから」
 どうどうどう。私はノートにチョコチップ、ザクザク、イチゴと書き込んだところで溜め息をつく。今まで色んなジャムを作ってきた。変わり種もたくさん作ってきた。だからこそ、これは成功とか失敗とかの以前の問題を抱えている。
「溶けるわね。」
 ジャム作りを手伝ってきた娘だからこそ分かっていることのはずだ。ジャムは煮込んで終わりじゃない。ビンに詰めたあとで、滅菌のためにビンごと煮る。砕いて入れたチョコはおそらく溶けてしまうし、それが冷えたとしてザクザクの食感が残るかどうか。多分残らない。娘は私をまっすぐに見つめ返している。そんなことは百も承知だと目で訴えている。
「チョコにこだわるなら、ミルクジャムとかキャラメルジャムをチョコレート味にすればいいじゃない」
「キラキラしてない」
「確かに見た目は地味だけど…。それじゃ、渡す日の朝にジャムとチョコチップを混ぜてビン詰めして渡すのは?」
「滅菌した意味が無くなるし、賞味期限が短い」
「味濃い目にしたジュレとチョコチップを混ぜて」
「さっきと一緒だし、もはやジャムじゃない」
 誰に似たのよ強情娘!頭の中で悲鳴を上げる私。しかし、最初のキラキラ云々以外は真っ当な指摘だった。きっと頭の中でいくつも作ったんだろう。そして、私を頼ってきたんだ。
「相手の好みは?」
「甘党。食パンにホイップと板チョコ挟んで食べるくらいの」
「理想は?」
「綺麗なのが良い。イチゴの赤とチョコチップの黒。それをパンに乗せて食べて欲しい。見た目はキラキラして、食べたらザクザクして、楽しくて美味しいって思ってもらいたい」
「地味じゃだめなのね?」
「そんなんじゃ記憶に残らない。残してもらえない。買えるものじゃピンと来なかった。だから、作らなきゃ。忘れられないくらいのを作らなきゃ」
 滔々と溢れるのは真剣な想い。私はそれを研究ノートに書き連ねていく。書き連ねながら、頭の中の研究ノートをパラパラとめくっていく。覚えがある。何年か前に同じようなことを考えたことがあった。確かあれは。
「カカオニブ」
「カカオ…なに?」
「カカオニブ。カカオ豆をローストして砕いたチョコレートのもと。甘さは無いけれど、チョコレートのニュアンスがある。」
「それを、ジャムに?」
「私も前に同じようなこと考えて、イチゴジャムとママレードに入れてみたことがあったのよ。砕いたコーヒー豆が入ったチョコ食べたことあるでしょ?あんな感じで噛んだときに香ばしい香りと苦味が立つの」
 私の話を聞いて、娘の目は焦点を失う。頭の中に引きこもって試作と味見をしているんだと思う。小さく、本当に聞こえないくらい小さな声で呟いている。私もよくやるけれど見た目が完全に危ない。絶対に人前でやっちゃ駄目なやつだ。そう自戒していると娘の目に光が戻る。
「おかえり?」
「甘さと食感が足りないと思う。もっとチョコ感が欲しい。やっぱり溶けないチョコレートも無いと」
 私のおかえりは綺麗に無視され、溶けないチョコレートという矛盾したオーダーが返ってくる。チョコレートなんだから溶けるでしょ。あれ?でも聞いたことあるな、溶けないチョコレート。どこだっけ。割りと最近だぞ。どこだ、どこだ…。
「あー!あった!あった!やった!勝った!」
 ガッツポーズを決める私。怪訝な顔の娘。我に返る私。
「えーと、アレよ、焼きチョコよ」
「焼きチョコって、コンビニで売ってるアレ?手に持っても溶け、あー!」
 娘も自分で言いかけて大声を出す。ガッツポーズ。私も再度ガッツポーズ。昼下がりの台所、親子揃ってガッツポーズ。サッカー選手かよ、と脳内ツッコミ。

「私、コンビニで買ってくる!」
「冗談!作るわよ、焼きチョコ!」
 そわそわと立ち上がる娘に私はNOを突き付ける。驚いた顔の娘は、すぐさまスマホでレシピ検索。足りない材料は買わねばならない。
「イチゴは?」
「うちの!うちの使いたい!うちのイチゴで作りましたって言いたい!」
 何を隠そう、うちはイチゴ農家。どんだけ印象付けたいの、我が娘よ。
「えぇい!アンタはイチゴ摘んできなさい!出荷できなさそうなやつ選ぶのよ!私は買い出し行ってくるから!!」
「手伝ってくれるの!?」
「乗りかけた船よ!うまく行ったら、このレシピ使わせてもらうからね!」
「うまくって…!!」
 急に顔を赤らめる娘。乙女か!青春か!
「味の話に決まってるでしょ!でも、コケたら縁起悪いから、そっちもうまくやりなさい!!」
 バン!と娘の背を叩く。
「やるからには美味いって言わせるのよ!!」
「も…もちろん!」
 いざ戦場へ。私たちは歩き出す。

~FIN~

(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
ジャム監修、コアフレーズ提供:花梛
『滔々と溢れるのは』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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