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空を往く人魚姫の逢瀬

「ねー、見て見て!たゆたゆ!たゆたゆがいるー!」
「そうねぇ、たゆたゆねぇ」
小さい女の子のはしゃぐ声と母親らしい女性のおっとりとした声が耳に入る。彼女が指差すのは、青空をゆったりと泳ぐ巨大な海洋生物。
「あれはクジラ。たゆたゆはジンベイザメじゃ、にわかめ。」
「はいはい。」
私の口から漏れる毒気は隣を歩く同僚にサラッと流される。
「なんで素直に海洋生物に興味を持ってくれている子どもの存在を喜べないのかなぁ。そもそも素人さんにジンベイザメとクジラの違いは分からないと思うよ?この距離だし。」
「違う!全ッ然、違う!サメは魚類、クジラは哺乳類!ほら見ろ!ヒレの付き方が」
「同担拒否は怖いなー。たゆたゆガチ勢すぎて、研究観察対象のクジラさんに、ジンベイザメでもないのにタウなんてコードネームつけちゃった人は、やっぱり違うなー。」
「いや、だって、それは!」
「はいはい、行きますよー。」

止まらぬ温暖化の末、ある日突然、海が地球を抱きしめた。世界の数カ所で空に向けて立ち登り始めた海流は、そのまま雲のある辺りで広がって、空にも海ができていた。その海流に乗って、たくさんの海の生き物が空を泳ぐようになった。おとぎ話のような光景に反して、地球は実に効果的に冷やされた。水冷式のコンピュータを思い浮かべてもらえればいいと思う。
冷めた地球とは裏腹に、私が抱く海への情熱は冷めることなく上がり続け、私は海洋生物研究家として今日も調査に来ている。
「今日もごくろうさまでーす」
別ルートで現場に到着していた小型トレーラーの中にはたくさんの計器類とスタッフさん。更衣室で専用スーツに着替えたら、機械で出来た足ヒレを装着する。もちろんサンダルみたいにはくタイプではない。正式な名前は、脳波操作型高速遊泳支援ユニット。お父さんと見た映画のアイアンマンみたいに下半身を丸ごと包み込む形で装置と私は一体化する。いつ見ても懐かしさを覚えるその姿は—
「ほんと、いつ見ても人魚姫だよね。」
同僚の惚れ惚れするような声に顔を上げる。
「そりゃそうよ。本物だもの。」
「はいはい、世界に1人だけの適合者様ですもんねー。」
その通り!と胸を張ってみせるもシカトされ、ヘルメットが手渡される。
「そろそろ着くよー。準備してね。」
ヘルメットを被ると、やっぱりアイアンマン同様に内側に色々な情報が表示される。ユニットとリンクを形成してヒレを軽く揺らす。機械とは思えないような滑らかな動き。ユニットに内蔵されたボンベからの酸素供給も問題なし。あとはお気に入りのカメラを肩口の辺りにマウントして準備完了。同時にトレーラーの動きが止まる。
「準備オッケー、いつでもどうぞ?」
「それでは姫を海へお還しいたしましょうか。」
その声とともに私が座る台がゆっくりと下がっていく。トレーラーから直接海へ入れるようにするための仕組みだ。体が完全に海に浸かる。周囲を確認し、魚のように全身をしならせると、ユニットも力強く反応して私はあっという間に加速した。

「ほんと、こんな楽しい世界になるんなら人魚のままでいればよかった。」
空に向かう海流に乗って、鳥を横目に私は空を泳ぐ。空を漂う海の中。水中から見える景色は、飛行機から見下ろすそれを同じ。私はたまに魚になったんだか鳥になったんだか分からなくなる。
海が地球を包み込む『全球水没』と呼ばれる現象が反重力プランクトンによるものだと判明してしばらく経つ。この海を攻略するという期待を一身に背負って誕生したこのユニットも自在に操れるのが私だけとなった時点で、ヒレを持たない人間がヒレの動きをイメージして操れるはずが無いという当たり前の結論つきで、あまり騒がれなくなった。大きな声では言えないけれど私は特別。人魚と人間のハーフで小さい頃は自由に変身もできたけれど結局は人間の姿にしぼることにしたのだった。

しばらく泳いでいるとレーダーに反応が出る。視界いっぱいに広がるのは、陽の光を全身に浴びて雄大に泳ぐ姿。
「こちら人魚姫。観察対象となるザトウクジラ、タウを発見。接近します。調査用GPSタグとのリンクテスト開始…異常無し。観察を開始します。」
タウは発見例の少ない『空を泳ぐクジラ』。天に昇る太い海流も、空をそれなりに厚く覆う海も、未だに研究が進んでいないのはご存知の通り。飛行機のおなかみたいに立派な巨体に沿って飛ぶ。タウに速度を合わせつつ周囲も確認。この速度だと小魚との衝突も命取り。海から弾き出されてしまえば、私の任務は一転、決死のスカイダイビングに早変わりだ。とは言え。
「タウー!遊びにきたよ!今日もよろしくね!」
私は調査の前にタウに声をかける。交信用信号に反応してタウも鳴き声を上げる。速度を上げて正面に回り距離を取る。今日の1枚目はこの角度に決めた。肩のカメラを手に取って速度を保ち、ピントを合わせて笑顔を作る。
「タウ、いっくよー!はい、チーズ!」

~FIN~

空を往く人魚姫の逢瀬(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『飛行機のおなか』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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