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クリーンアップ、マイルーム!

 あるところに、1人の女神がいた。女神は優しく、慈愛に満ちていたが、1つ欠点があった。整理がひどく苦手であったのだ。整理。そう、整理だ。彼女が作った世界は、彼女から流れ出る清らかな魔力に包まれ、生命はそれを受けて様々に進化を遂げていった。やがて知能を持った種族たちが文明を築き、争い出した。しかし、女神が手を下すことは無かった。整理が苦手だったから。優柔不断な彼女は、異なる種族から届く祈りの声で板挟みになった。世界の様子を随時知らせてくる石板の通知を切り、どこかへポイと放り投げると、祭壇を通じて捧げられてきた酒を飲む。
「なんでケンカなんかすんのよーぉ!」
 ヤケ酒をあおり、浴びるほど飲み、広い神域で喚き散らし、彼女はそのままふて寝する。女神のひと眠りは人界の単位で実に100年ほどにもなる。その間に溜まっていく民たちの怨嗟の念は、石板から溢れ出て、白く美しい神域を穢していく。清らかな泉は毒を湛え、瘴気が辺りを曇らせる。飲みかけのままの酒はスライムとなり跳ね回る。食べかけの肉はオークやミノタウロスとなって雄叫びを上げた。
「んにゃ…もう、呑めなーい」
 ごろりと寝返りを打った女神は、ソファどころか、そのまま神域から堕ちていく。力を失い、証を失い、寄る辺も無いまま堕ちていく。残された神域は人界と繋がって、やがてダンジョンと呼ばれるようになっていった。

「なんでこんなことになった…」
 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。こんな戦闘は久方ぶりだった。全身が痛い。いや、もはや痛い場所がわからない。
「掃除屋がどうとか言って、あいつが依頼持ってきて、暗殺の依頼かと思えばダンジョンに連れてこられ、あれよあれよと潜らされ…」
 睨みつけた先には、俺をここまで連れてきた女と同じ顔の魔物が薄ら笑いを浮かべて浮かんでいる。手近な石を投げつけるが、金属質な音とともに砕け散った。目を狙ったというのに。どう考えても生き物じゃない。ゴーレムの類か。
「なんなんだよ、こいつは!」
 逃げるために飛び込んだ岩陰には、依頼者の女がいた。
「なんなんだよ、お前は!」
 思わず大きな声が出る。
「仕方ないでしょ!私だって被害者よ!」
「どこがだ!」
「私は片付けが苦手なの!」
「何の話だよ!」
「神さま!私は神さまなの!でも、今は神さまじゃなくなっちゃったの!」
 近くの岩が弾け飛ぶ。何を言ってるんだ、こいつは!
「んじゃ、アレは何なんだ!お前と同じ顔してるじゃねぇか!」
「失礼!あんなのと一緒にしないでよ!あんなむくんでない!」
「同じだろ!ふざけんな!」
「ちーがーう!乙女になんてこと言うのよ、この不届き者!!」
 金切り声に呼応するように、洞窟全体が鳴動する。壁面がうっすらと光り、その光が集まってくる。
「あれ、え、うそ、やった!少し戻ってきた!なんで!?」
「おい、来るぞ!」
 女神像のゴーレムが巨大な掌で潰しに来る。終わった。目を瞑る。5秒。10秒。30秒。おかしい。俺は死んだのか。遠くから声が聞こえる。なんだ、誰の声だ。
「…じやさん!ねぇ!掃除屋さん!動いてよ!ねぇ!」
 目を開くと、光が溢れていた。
「手!手を出して!」
 光の向こうに、あの巨大な掌が何度もぶつかっている。ガツン。ガツン。乾いた音がする。何が起こっているのか理解できない。
「説明してくれ…もう、無理だぞ…」
 脱力したまま、へたり込む。
「私は神さまで、あっちも神さま!なんか分からないけど、力が戻ってきたの!多分、やっとこの場所が、私のことを思い出してくれたんだと思う!」
 依頼人の女…いや、女神さまとやらが、手をこちらに伸ばしながら、声を張り上げている。
「それじゃ、倒しちゃえばいいだろ…。俺は掃除屋だぞ…」
「だから、手伝って!お掃除!掃除屋なんでしょ!」
 掃除屋。その声とともに、俺の体が光を帯びる。
「全部、きれいにして!私は創ることしか出来ないんだから!片付けて!」
 鼓動が聞こえてくる。全身が脈打つ。自然と体に力が入る。彼女の手を取る。
「汝、その名のもとに務めを果たせ!すべてを無に帰す力を行使せよ!」

 そこからは、あっと言う間だった。つないだ手を伝わってくる光が体に流れ込んでくる。行ける。そう思った俺は軽く跳んだ。普段の何十倍も高く跳び上がると、音も無く巨大な首の後ろに着地。スケールこそ違えど、いつもの手順だ。首すじに狙いを定め、ダガーで頸動脈を切り裂いた。ゴーレムに血管は無いけれど、それで終わった。ゴーレムは霧散し、石板が落ちていく。女神がそれを受け止めると、洞窟の岩肌が消え去っていく。緊張の糸が切れた俺も、体勢を崩したまま、ゆっくり落ちていく。
「ありがとう、掃除屋さん」
 優しく囁く声が聞こえる。
「また、なんかあったらよろしくね」
 笑い声とともに、聞き捨てならない台詞が聞こえた。
「ふざけんな!もう二度と呼ぶんじゃねぇ!」
 俺はわりと、マジギレした。

~FIN~

クリーンアップ、マイルーム!(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『痛い場所がわからない』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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