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2061年天頂の華

「なんで浴衣?」
 私は衣類宅配サービスから送られてきた今週分のボックスを開封して、ビニール袋にパックされた服を取り出していく中で首を傾げた。パックには日付やその日の気候や気温、湿度の予想が印字されたシールが貼ってあって、浴衣の入ったパックには「9月17日、晴れ、26度、50%」というシールが貼ってあった。
「17日」
 独り言、ではない。すぐに返事が来る。相手はAIだ。
「18時よりスミダガワ・ファイア・フラワーフェスのライブビューイングが開演予定です。場所はイズミノ・スフィアシアターです。同日、友人手配サービス、フレンズから1名が派遣される予定です」
 17日、花火、友人…だめだ、思い出せそうにない。いや、そもそも自分で組んだ予定かどうかも怪しい。もっとも、生まれてこの方、自分で予定を組んだことが何回あっただろうか。いや無い。私が変なんじゃなく、みんなそうなのだ。私に関するあらゆる事柄がAIに読み込まれて、それをもとに現実世界の私が構築されていく。そんな世界。
「オッケー、ありがとう」
 私は空いたボックスに1週間分の溜まった服や下着を適当に放り込んで蓋をする。そのまま玄関の外に出して、ボックス表面の排出用QRコードをスマートフォンで読み込んで、それでおしまい。あとは業者さんが回収に来る。洗濯された服が私のところに来るかどうかは分からない。こういうのを一期一会と言うらしいけれど、本当に昔からそういう意味の言葉なのかも正直よく分からない。玄関から戻って冷凍庫から今日の日付のシールが貼られたボックスを取り出してレンジに放り込む。最適な温度設定と加熱時間が読み取られて解凍が始まる。5分。空白を咎めるように、どこからともなく流れてくる音楽は、AIが選んだ流行りの曲かもしれないし、AIが今作曲したインスタントな曲かもしれなかった。加熱が終わって、私は私が好きそうな味の、私が好きそうな料理を食べる。私に必要そうな栄養がばっちり計算されたメニューでおなかが満たされていく。服も食事もおやつも1週間分がまとめて送られてくる。そういうサービスに契約しているから。昔むかしは服は自宅で洗濯機で洗って、ゴミは溜め込んで決められた日まで出せなかったと学校で習った。当然、私の家には洗濯機が無いし、ゴミはダストシューターに入れればどこかに行ってしまう。
「明日って、何日?」
「明日は2061年9月17日です。18時よりスミダガワ・ファイア・フラワーフェスのライブビューイングが…」

 朝が来た。私はパックに入った服に着替えて、ボックスを温めて、ごはんを食べて、AIに指定された仕事をパッケージでこなしていく。
 マンガを読む、好きか嫌いか決めてボタンを押す。
 音楽を聞く、好きか嫌いか決めてボタンを押す。
 洋服の写真を見る、好きか嫌いか決めてボタンを押す。
 イラストを見る、好きか嫌いか決めてボタンを押す。
 小説を読む、好きか嫌いか決めてボタンを押す。
 昼になった。おやつを食べて、仕事を続ける。16時になったら、私はパックに入った浴衣を着て、軽く化粧をする。浴衣の着付けも化粧もAIがやってくれる。オートモードを承認すると、ピリピリという電流が流れる感覚とともに身体が勝手に動いた。

 イズミノ・スフィアシアターは球状の屋根全体がスクリーンになっている施設だ。花火を見るのはいつぶりだろう。
「どうも、フレンズです」
 後ろから声がした。男性。なるほど、私が好きそうな顔、声、体格。
「こんばんわ」
「浴衣、お似合いですね」
「あなたも、よくお似合いです」
 お互いにパターンをなぞると、カウンターでビールとポップコーンを買って、チケットの誘導に従って座席へ。ほどなくして、花火が上がり始める。大気の震えが体にも伝わる。空いっぱいに咲く花。空から火花が落ちてくるように見えるのは装着したスマートグラスのせいだ。周囲の観客が騒ぐ声は適度に調節されて蝉の声や風の音と混ぜられて鼓膜に届く。装着したスマートイヤフォンのおかげだ。
「きれいですね」
「えぇ、きれいですね」
 私はビールを飲みながら、右手を宙へ伸ばしてみる。もちろん、届かないことぐらい知ってる。
「このあと、ご予定はありますか?」
「延長ですか?」
「そう、ですね」
 私はスマートフォンを操作して、フレンズのページから時間延長と1段階上の秘密保持契約を追加申請する。花火が5発弾けたあと、申請が通った旨と決済が完了した旨が表示される。
「このあとご予定はありますか?」
 私はあらためて派遣されてきた”友人”の方を向く。彼はさわやかな笑顔を返してくれる。
「えぇ、明日は休みでして」
「奇遇ですね、私もなんです」
 パターンをなぞると、私はビールをひと口飲んで夜空を見上げる。チケットを操作してモードをペアに変更すると、座席は速やかに私たちを包み込み、私は花火の振動と彼の鼓動を楽しんだ。

~FIN~

2061年天頂の華(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『届かないことぐらい知ってる』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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