見出し画像

枕埼すやりは眠らなければならぬ。

 枕埼すやりには三分以内にやらなければならないことがあった。そう、彼女は一刻も早く、可及的速やかに眠りに就かなければならなかった。

「あー、もう!遅刻する!間に合わない!」
 お気に入りのパジャマに身を包んだすやりは、ベッドから跳び起きずに目を見開いて叫びを上げる。部屋全体を震わせてアラートが鳴る。アラームではない。警報音に近いそれは現時刻が待ち合わせ三分前であることを全力で告げてくる。早く眠りに就かなければならない。

 人類は宇宙や深海よりも先に、脳、特に夢の世界を切り拓いた。その成果こそ、新技術「シームレスドリーム」。その名の通り、夢をつなげ、好きな夢を複数人で共有することができる。いわゆる明晰夢だ。夢の中でも仕事をして働く者もいれば、現実世界の鬱憤を晴らす者もいる。とうとう人類は睡眠時間をも有効活用できるようになったのだ。そんなこんなで、すやりにしても今日はこれから本命男子と決戦デート。ドリームアバターのおめかしはとっくに済んでいる。化粧も服も万全。お気に入りの香水の新作も振ってある。その他諸々も準備万端。恋にはすっかり落ちていて、とにかくあとは眠りに落ちるだけなのだ。しかし、このドキドキはいかんともしがたい。こんな精神状態で眠れるわけないだろうが!!

「やれやれ仕方ないね。ここは協力してあげるよ、マイフレンド」
 ルームシェアしている変態エンジニア、遠吠わおんが部屋に入ってきて、ベッドサイドのデバイスコンソールの前に座る。鼻歌を歌いながら、何かを打ち込んでいくような気配が伝わってきた。
「さぁさぁ目を閉じて。古くから伝わる由緒正しき睡眠導入スクリプトを僕がバッキバキに改造した特別製をブチ込んであげる。これさえキマれば、インド象も一撃ってもんさ。間違いなく一瞬でトべるよ」
 残りは既に二分を切ろうとしていた。疑い訝しむ時間すら惜しい。すやりは素直に目を閉じる。グンと意識が引っ張られる感覚。目を開くとすやりは晴れ渡る草原にいた。服はスポーツウェア。ここは入眠準備エリア。眠れるまで運動したりぼーっとしたりするのに使う空間で、さっきまでここでサンドバッグをひたすら殴っていた。体感時間で5時間は殴っていたのに全然疲れずに眠れなかった。むしろ昂ってしまったのだった。
「ここで疲れるまで運動なんて、さっきやったんですけど!」
 見覚えの無い木の柵に寄りかかっていると、空から唐突なわおんの宣言が響いた。
「バッファローが1匹」
 遠くから土煙と轟音が近付いてくる。目を凝らすと、情報が表示された。バッファロー。そう書いてある。
「待って待って待って!!!なに、バッファローってなに!?」
「牛だよ、牛。ほら、来るよ」
 ドンドン近付いてくる。なにこれどうすれば良いって言うの!?
「だめだめダメダメ!怖い怖い怖い怖い!!」
「ダイジョーブダイジョーブ」
 悲鳴を上げながら、とっさに展開したプロテクト障壁はパリンと軽薄な音を立ててあっけなく砕かれ、その後、私は速やかに吹っ飛ばされる。
「バッファローが2匹」
 元いた立ち位置。元の景色。晴れ渡る草原と、地平線の向こうから突っ込んで来るバッファローが2匹。
「2匹!!増えるの!?」
 驚いた隙に吹っ飛ばされた。
「バッファローが3匹」
 リセット。右手を突き出して厚めの障壁を一気に10枚多重展開するも止まらず。
「バッファローが4匹」
 両手を駆使して倍の厚さのを倍の数で展開。もう無理。

「バッファローが50匹」
 大地を鳴動させながら、私の展開するあらゆる障壁、その全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。青空高くに吹っ飛ばされて、その下ではさっきまで猛烈に走っていたバッファローたちが、お行儀よく並んで、木の柵をぴょんぴょんと跳び越えている。
「っははははは!なによ、それ!バッファローがぴょんって!!ぴょんって!!」
 青い空の真ん中で、飛んでいるのか、落ちているのか分からない体勢で、私はお腹の底から大笑いした。涙が出るほど笑って、笑って、それでもまだ、バッファローたちは柵を跳んでいる。それを見てまた笑う。あんなに勢いよくぶつかってきたくせに、柵の前でおどおどしながら、意を決したようにぴょんと跳ぶ。最高におかしかった。笑ったせいか、ぶっ飛ばされ続けたせいか、おかげで意識エネルギーもすっからかん。すやりはあっさりと意識を手放した。眠りの世界へ落ちていく。夢の世界へ羽ばたいていく。
「ジャスト三分。良い夢見ておいでよ、枕埼すやり」
 過ぎ去っていくわおんの声。深い眠り、夢の国。アバターが決戦仕様に変わっていく。勝負服に化粧。お気に入りの香水が鼻腔をくすぐった。さぁ、行くよ、枕埼すやり。私の本当の戦いはここからだ。もう待たない。今日告る。今日こそ告る。すぐ告る。告って抱いて必ずオトす。あのバッファローみたいにぶつかって、ぶっ飛ばして。

跳び越えてやるんだ。

~FIN~

枕埼すやりは眠らなければならぬ。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『深い眠り、夢の国』
本文執筆:Pawn【P&Q】
この作品は、KAC2024 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2024~第1回お題に投稿した『枕埼すやりは眠らなければならぬ。(800字版)』をOne Phrase To Story用に加筆・拡張した2000字版となります。

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?