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雨上がりのあした~豆電球篇~

外は 一日の終わりを つげようとしていた
そのひとは 何をするわけでもなく ソファーで体を横にし スマホをながめている
目に 感じょうは ない
ただ 時間がすぎていくのを 待っているかのようだった
画面の中に いつかひきずりこまれてしまいそうで 少しこわい

とつぜん スマホから聞こえていた音楽が ピタリとやんだ
一しゅんのしずけさが 部屋をつつんだやいなや ちゃくしん音がなりひびいた

「もしもし。」
「あ、もしもし? 今大丈夫?」

なまりの入ったおとこの声
まただ
始まりはいつだって「いま だいじょうぶ?」

「大丈夫だよ。どうした?」
「俺、関西に転勤になって良かったと思ってて。」
「突然何。」

 そのひとは 少しほほえみ スマホに体をかたむけた

「ほら、東京から関西ってなると、飛ばされた感すごいやん。同期でもそう思うてる奴おると思うねん。」
「だろうね。」
「でもちゃうねん。」
「ちがう?」
「だって東京に比べて責任もって最後まで仕事をやらせてくれる。ほんま職場に感謝。」
「そうなんだ。っで?」
「だからこういう時こそ、何かできることないかなって考えてんねん。」
「なにかって?」
「う~ん、まだ分からんけど。東京におった俺やからこそ、本社と関西を繋いで面白いことができるんやないかって。」
「なるほどね。」

そのひとは 大きなあくびを ひとつした
おとこは 気にする様子もなく 話しつづける

「世の中ステイホームやん。在宅勤務なって、人とも会わんなって、自分の考えや想いを伝える機会がなくなったと思うねん。でもなその分、自分と向き合ったんちゃうかなって。俺にできることってなんやろとか。自分はこれから何をしたいんやろうとか。」
「向き合いすぎて、鬱になっている人もいるって聞くしね。」
「せやろ。でもそれってチャンスに変えることもできると思うねん。それだけ普段考えられんようなことを考えてるってことやろ。みんなが抱いてる不安を未来へのワクワクに変えて、一つにしたら、とんでもないパワーになるはずやねん。」
「一人の力は小さくても、沢山いれば大きな力になるってことか。」
「そう。それをやってやろうと思って。最近何してるん?」
「相変わらず、話が飛ぶね~。」

おとこについて いくつか分かったことがある
とくちょう①
よく話がとぶ

「俺、在宅やからカフェでマンガ読んで、家でマンガ読んでの繰り返し。」
「仕事してないじゃん。」
「そんなもんやろ。彼女もおらんし、マジで暇。」
「あれ? 前すごい美人といい感じって言ってなかったけ?」
「あ~、その人ね。あかんなった。」

とくちょう②
よく“あかん”くなる

「どうして?」 
「美人やけど、金出さないの。」
「え?」
「俺さ、女の子には金を出させたらあかんっていう精神のもとやから、財布出すやん?」
「いや、知らないよ。」

とくちょう③
勝手に決めつける

「せやから、カフェ代もブランド物のプレゼントも俺が出したんよ。」
「そんなお金よくあるね。」
「ないよ。100万の時計を自分に買ってしまったから、支払いもあるし。習字もやりはじめたから月謝もある。
しかも俺、今すっごいお洒落な所に住んでしまったから、家賃も関西の割には高いねん。折角、お洒落な所に住んでるのに、誰も来たことないねんで。生きるって辛いよな。」
「突っ込みどころ多すぎるよ。」

とくちょう④
かなり“ヘン”だ

「極めつけが、ゲキやす回転寿司でお会計の時に「先に出てるね~」って出てったんやで。ここでも出さないのか! って。」
「ゲキやす回転寿司は許せなくて、なんでブランド品は買ってあげるのよ。」
「俺は結局、あの子にとってのATMでしかなかったんやな。目が覚めたわ。しばらく合コンもできそうにないし。」
「結婚は遠のくばかりだね。」
「大丈夫。29までは遊ぶって決めてんねん。30になったら結婚する。」
「30って。あと3か月じゃん。」
「頑張る。」
「頑張るって、どうやって?」

かべにかかったカレンダーを見上げ そのひとは しずかに目だけで 日数を数えている

「結婚といえば、白木さんのこと聞いた?」
「なんにも。まさか・・・・・・。」
「そう、そのまさか。結婚するんだってよ。」
「誰が?」
「だから、白木さん。」
「マジで!」
「せやねん。50過ぎであんだけ仕事できんひとでも、結婚できるんやで。社員登用試験の時も、回答分からなさすぎて、全部②で回答したらしい。人事部から「やる気あるのか!」って、怒られちゃったよ~って、笑ってたけど。そりゃそやろ。」
「相手どんな?」
「ジムで出会った人やって。しばらく会えんなるから結婚しましょうって、流れになったらしいで。」
「マジか・・・・・・。」
「な。白木さんでも結婚できたんやから、俺にもできるはず。」
「それとこれとは別問題でしょ。」

シラキさんが・・・・・・とつぶやきながら ソファーから体をおこした
あれだけ動こうとしなかった そのひとをつき動かした  “シラキさんけっこん事けん”は よほどの 
しょうげきなのだろう

「それでな、オンライン結婚式やろうと思ってて。」
「オンライン結婚式?」
「そう。全部リモートで招待客呼んで、余興もリモート。食事も自宅で好きなもんたべて。お包みもいらんし、よくね?」
「それ、面白そう。」
「よし。企画してみるわ。」
「ほんとすごいよね、行動力。同期ながら尊敬する。」
「何が?」
「どんな状況でも前を向いてるよね。」
「だって、前向いても、後ろ向いても、下向いても、横向いても、同じ時間が流れてんねんで。それやったら前向いて楽しまんと損やろ。」
「心持ち一つってことか。」
「世の中ソーシャルディスタンスって物理的な距離は取らなあかんけど、心まで距離取ってしもうたら孤独やろ。」
「あんたの場合は、結婚とディスタンスだけどね。」
「やかましいわ。」

ケラケラと 楽しそうなわらい声が聞こえ 心の電球に あかりがともった

「会社の人とオンライン飲み会とかしてるの?」
「ほんとうに仲のいい人としかしてないな。」
「意外。積極的にやるタイプかと思ってた。」
「ほんまに仲のいい人やったら楽しいで? けどそうでもない人とリモートで話すって、虚しくね?」
「虚しい?」
「うん。差し当たりない話でニコニコして。飲み会終わって、通話終了ボタン押した後、画面が真っ暗になるやん。そのときの画面に写った自分の顔がな、マジで無やねん。うわ~、むなしい! って、超思った。せやったら、マンガ読んだり、習字してる方がみたされてるように感じるし、自分にできることはないかな~って、考える時間もできるしな。」
「なるほどね。」
「今もな、ミキサー買いにショッピングセンターまでチャリで来てんねん。」
「ミキサー?」
「毎朝、フルーツジュースを作ろうと思うて。」
「モデルみたい。ってか、長い間話してるけど、お店大丈夫?」
「ほんまや! あかん! 閉店時間や。」
「嘘!?」
「電話しながら、店の周りをチャリで回ってたら、閉店時間なってしもうたわ。まぁ、いいや。」
「いいや、って。」
「明日、もう一回来よ。」
「何それ!」
「ほな、また電話するわ。」

部屋に しずけさが もどる
あっけにとられた顔
でも スマホの画面を見つめる そのひとの目は かがやいていた

「ほんと、変な奴・・・・・・。」


スマホをローテーブルの上に置き そのひとは立ち上がった
さっきまで さびしそうだった横顔は 楽し気だ

見てるこっちまで うれしくなる
よし 明日はもっと きれいな花をさかせよう

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