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『標準装備』されていた、生きづらさ。

自己肯定感が低いこと=生きづらさが『標準装備』されている状態だと、私は思っている。
コーチングは0から+(プラス)にしていくもの、カウンセリングは-(マイナス)から0に戻すものだと言われている。
自己肯定感が持てなかった私は、やってもやっても0にも+にもならない経験はマジしんどかった。
というか、しんどいのが私にとって当たり前だと思ってて、いつも声をあげて笑ってる人の感覚が意味不明だった。w 


自己肯定感が低いため周りから影響を受けやすく、職場のストレスにより、
・朝起きられない
・寝ても寝ても眠気が取れない
・目の下のクマが頑固すぎる
・目の疲れ
・ドライアイ
・夜眠れない、
・お腹がすかない、
・過食、
・体重40キロを切るetc (細いねーと言われても全然嬉しくなかった)


これが普通、通常営業だと思ってた。
こうやって生きていくのだと思っていた。
これの繰り返しなんて、、、人生に希望なんてとても見いだせなかった。
(そりゃそうだろな)



一人暮らしを始めたのが27歳の秋。その当時、しんどかった私が私を何とかしたくて「どうしたらこんな私がもっと良くなるか」を考えることだった。といっても方向性が今と全く違う。
自分のダメなところ、良くないところ、を何とか克服しようとしていた。何かにつけ自分が悪いと思っていて、悪い所にフォーカスしそればかり考えていた。自己否定から来る考え方だった。自分を否定して責めることで改善できると思っていた。そして、AかBかで悩むことが考えることだとも思っていた。

本を読んだり、ネットを漁ったり、壁にB紙貼って改善点書き出して、やるって決めるんだけど出来なくて、それを実行することで世界が広がっていくのかということも想像できないし、自分から何もアイディアが沸いておらず、誰かが本やネットでこぼしたことをやってみているだけだった。点を線にしていくという感覚もなかった。ただ点を書いて「出来たのかなぁ?」「これでいいのかなぁ?」常にだれかに承認してもらいたい状態だった。私が決めて私がやって、できたことに「よしやった!」って思えなかった。誰かに正解確認をしたがっていた。とにかく自信がなかった。その場に存在していることにさえ、自信がなかった。風がフーっと吹いたら、パラパラパラと砂みたいに粉々に風とどこかに飛んで消えてしまいたい感覚で生きていた。


ただ、息をして、ただ流されて、私には何の力もないのだと信じ、周りに振り回されて生きていくしかないのだと。
こんな受け身で否定的なことはあれ以上はない!今そう思えることがマジ奇跡で、ホント諦めなくてよかった!って思えてる。どんなふうに生きていこう?って創造・想像できる、そのまんまでいられるようになってきた(訓練中なところあり)
少しずつ少しずつ見えてきて、動きながらやってみながら、調べながら、あーでもないこーでもないと、自ら自分の人生に参加しようと試みたことでやっと回り始めた私の人生。26年間、空っぽだっただけにしんどい所もあるけど、そんな自分を自分が励ませるようにもなった。


そのきっかけが、カウンセリングだった。

なんか病院みたいで嫌だなって嫌煙していたカウンセリング。
そこで相談してきたことやカウンセリングまで行きつく経緯をこちらで書いていきますのでそうぞ宜しくお願いいたします。



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