『幸せのために行動する』VS『不幸を取り除く』
幸福に関して、その古典を読んでみると、掲題に示したように大きくこの2つの意見に分かれます。
『幸せになるために行動する』
これに関してはやはり、アランの幸福論が一番有名でしょう。
一方で、『不幸を取り除く』に関しては、ショーペンハウアーの本が代表といえるでしょう。
この二人の思想は、実は根本的なところでは共通点があるのですが、それについては割愛します。
さて、ぼくがこの記事で述べたいことは、以下の通りです。
『不幸を取り除く』だけを幸福になるための行動指針とするのは、危ないんじゃない?
何故そう思うのか。理由はシンプルです。
一つ、簡単な例を紹介します。
例えば、ムカつく相手をぶん殴りたいと思っているとする。
いくらムカつく相手とはいえ、幸せになるために人をぶん殴ろうと思う人はいませんね。
一方で、不幸を取り除くために、ムカつく相手をぶん殴るということは、状況的に成立します。
つまり、『不幸を取り除く』ための行動は、暴力に繋がる危険がある。
もちろん、暴力だけが不幸を取り除く行動ではないが、その危険性に注意が必要、ということです。
ですので、不幸を取り除く「だけ」ではなくて、アランも幸福になることは義務だと言っていますが、幸福になるための行動が重要だと思います。
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