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【セカンドブライド】第31話 結婚して初めてのお正月

結婚してから初めてのお正月は、元旦に私の実家、2日にカエル君の実家にで新年の挨拶をし、皆で食事をして祝うことになった。
どちらの実家も車で30分以内に着く距離なので、出かける時間になるまでは、家でゆったりとしたお正月を過ごしていた。

子供達からおやつを食べても良いかと聞かれたので、
「これ以上食べると、おばあちゃんの作ってくれたご馳走、食べれなくなるからお菓子はもうおしまい。」と言ったら、カエルさんが言った。

「ぱるちゃんは優しいよね。前の嫁さんはいじわるでさ、
自分はもうさ、オレの実家には挨拶にも来なくなってたんだけどね、
オレが子供達を連れて実家に行くって言うとさ、その前に子供達にご飯をお腹いっぱい食べさせるんだ。ばあちゃんが色々ごはん作って待っててくれてるからさ、「何で食べさせるの?」って聞くと、
「よその家に行ってガツガツ食べるのはみっともない。考えてやってるんだから、私のやることにいちいち口出すな。」って怒られる。
ばーちゃんち行った時には、もう子供達、お腹いっぱいで何も食べられない。だから、ばーちゃんがさ、作ったものを持たせてくれようとするんだけど、持って帰ってくるのも嫁さんは良い顔しないから、断るんだ。
俺、毎年ばーちゃんに申し訳なかったよ。」と言った。カエルさんはお義母さんのことを「ばーちゃん」と呼んだ。私は「ご飯を作る」ことは「愛情表現」だと感じていたので、その話を切ない気持ちになって聞いていた。

みんなでカエルさんの実家に行くと、おじいちゃんとおばあちゃんが玄関先に出て迎えてくれた。

カエル君の実家は宮大工さんにお願いして作ったと言うことで、ちょっとした旅館みたいな作りだった。上に瓦の小さな屋根がある引き戸の門をくぐると、小さな日本庭園があり、その先が母屋になっていた。飛び石を進んで、やはり引き戸の玄関を開けると、上がり框の正面に石で作られた床の間の様なスペースがあり、そこには南天と松の枝のダイナミックで大きなアレンジメントが飾られていた。そしてそれは、いかにもお正月と言う雰囲気を感じさせるものだった。家の造り自体はモダンだったが、欄間に施された彫刻や、壁に飾られた大きな陶器の絵画が「和」を感じさせてくれる気持ちの良い造りの家だった。

リビングに入ると、一枚板で作られた二人暮らしにしては大分大きな食卓には、ご馳走が所狭しと並べられていた。お節料理の黒豆、伊達巻、数の子、栗きんとん、お煮しめ、昆布巻き等や、大きな有頭エビの塩焼き、スペアリブ、サラダ、だし巻き玉子、お刺身の盛り合わせ、茶わん蒸しは料理が映える食器に盛られていて、そして、どれをとってもとても美味しそうだった。

おじいちゃんやおばあちゃんにとって、娘や息子は本当の孫ではない。
それなのにこんなにたくさんの料理を作って待っていてくれることが有難かった。昼間の話を思い出し、本当のお孫さんにも「きっとたくさん食べて欲しかっただろうな。」と思った。その時のお義母さんの気持ちを想像して切なくなった。

ひとしきり新年の挨拶をした後で、みんなで食卓について乾杯をし、「何を食べても美味しいね。」と言ってたくさん食べた。子供達は習い事にスイミングをしているだとか、今の小学生はやっぱりゲームが好きだとか、カエルさんはスノーボードが上手だとかそんな話をしながらの食事は穏やかで楽しい時間だった。お腹いっぱいに食べても余る量だったので、余った料理は遠慮せずにタッパーに入れて持たせてもらうことにした。

私の一回目の結婚の時、お姑さんは一切料理をしない人だった。だから、私にとってもお姑さんの料理をご馳走になるのは初めての経験だった。食べた後の食器は、下げるだけで良いのか、それとも、洗った方が良いのか、お料理を運ぶ時にどの程度私が動いた方が良いのか、手探りで緊張したのも確かだった。でも、こんな風に新年が始まるのは素敵だと思った。

食事の後は、子供達は隣の部屋でテレビを観たり、おじいちゃんの部屋でギターを教えてもらったり、おばあちゃんの部屋にあるルームランナーを交代で走ったり、おじいちゃんと隣にあるスーパーにお菓子やアイスを買い出しに行ったりして楽しそうに過ごしていた。

カエル君は一人で食卓に残り、ゆっくりとお酒を飲み続けていた。対面キッチンになっているので、私はカエルさんの相手をしながら食器を洗っていた。

お義母さんが、私の横に来て小さな声で何かを言った。お義母さんは背が小さいので、洗い物の手は止めずに少しかがむ様な恰好で話を聞く体勢を作った。
「5日から会社、出るんでしょ?」
「はい。カエルさんに年始から出てって言われてて。」
「アオイさんのことは聞いてる?」
「はい。聞いてます。」
「アオイさんに余計なこと言わない様に気を付けてね。色々と面倒だから。ガソリンカードなんかも本当は向こうから返すのが筋よね。何かねぇ、このまま続けてもらうのもね。困っちゃうわよね。」そう言ってお義母さんはため息をついた。

カエルさんの会社の事務員さんは、元嫁の妹さんだった。そして、カエルさんと元嫁が離婚した後もそのまま会社に残って働いていた。

「親戚だから事務をお願いしたし、向こうの親戚に何かあれば出勤自由にして良いよって言ってあるし、会社のガソリンカードなんかも渡してすごくよく優遇してるんだけどさ。別れる時とかに電話が掛かって来て文句言われてさ。オレ、嫌な気分になったんだ。オレそういうの全部覚えてるよ。」とカエルさんが言っていた。

アオイさんがどんな人柄なのかは分からなかった。でも、みんな、私が事務を担い、彼女が辞めることを望んでいることは分かった。今までの様に会社と仕事が好きと言う気持ちで働くのとは、少し事情が違うと思った。

カエルさんの会社で働くことを想像したら少し不安になった。

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