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[セカンドブライド]番外編 カエルさんからのメール

本編では入籍したところですが、付き合う前のことを書こうと思います。
気楽な気持ちで読んで頂けたら嬉しいです。

*****

私は会社では、お昼は友達とランチに行く時を除き、自席でインターネットを見ながらお弁当を食べる。その日の卵焼きは少し砂糖を入れ過ぎて甘かった。その頃の私は何だか疲れが抜けなくて、「疲れた身体で料理すると味が濃くなっちゃうな。」と反省しながら食べた。

そうしたら、カエルさんからメールが届いた。

「昨日は何だか具合悪くて何も食べずに寝たよ。今日はふっかーつ!健康だとご飯がうまいねー。」と書かれた本文に、中華定食の写真が添付されていた。そこには茶色いスープの中華麺が写っていて、麺の上にもやしとにらの野菜炒めとうずらの卵乗っていた。そしてその横に小鉢に盛り付けられた大きめの唐揚げが2つと千切りキャベツ、さらにはしっかりした盛りのライスと大根のつぼ漬けもあった。

「良かったね。美味しそうだね。ご飯が美味しいのって幸せだよね。」と返した。

「うん。ここ、家のお客さんのお店なんだ。量が多くて安くて美味しいんだ。パルちゃんありがと〜う!」と返信が来た。

そして、その日から毎日メールが届く様になった。

それはランに関することだったり、食事だったり、仕事中に見た風景だったりと、日々の生活を垣間見ることが出来る内容が多かったが、次第に彼自身の生い立ちや今までの人生のことについて書いた内容も送られてくる様になった。

「父ちゃんは宮城県から集団就職で東京に出て来たんだって。そこで母ちゃんと出会って結婚して、オレが生まれたんだ。だから生まれは寅さんと同じ葛飾区なんだよ。」

「父ちゃんと母ちゃんは、50万円だけ握りしめて母ちゃんの地元に近いこの地に来たんだって。最初はアイスキャンディー屋さんから始めて会社を大きくしていったんだって。」

「小さい頃は、父ちゃんが忙しくてさ、仕事の休みが無かったんだ。だから、夏休みとか父ちゃんのトラックの横に乗って仕事について行くのが楽しみだったよ。かあちゃんがさ、麦茶を水筒に入れて持たせてくれるんだけど、なくなるとジュース買ってもらえるから、途中で父ちゃんに隠れてこっそり麦茶捨てたりしてたよ。」

「父ちゃんがさ、竹馬作ってくれて、それを持って車で30分くらいの公園まで行ったんだ。公園っていっても野原と変わんなかったんだけど。大きな鉄塔がある公園でさ、みんなで母ちゃんが作ったお弁当食べてさ、楽しかったなあ。」

「小学校二年生の時に、音楽の教科書忘れたんだ。でさ、隣の女の子が一緒に見せてくれてさ。おれ、ポーっとなっちゃって。歌うどころじゃなかった。その女の子のこと好きになっちゃって。それが初恋だったよ。」

メールは一日も欠かすことなく送られて来た。メールを読むのが、だんだん楽しみになっていた。それは、何気なしに読み出したブログとかSNSの投稿が更新されるたびに読みたくなる心理に似ていた。

大体は、毎日昼過ぎにメールがきたが、ある日、お昼前にメールが届いた。

「今日は横浜で系列会社の会議があって、出張だよ。横浜まで電車長いから、俺の物語いってみよー!」

そして、しばらくするといつもとは違う長めのメールが届いた。

「件名:俺の物語①
中学校の2年生の時にさ、同じクラスにクミちゃんって子がいて、2人で美化委員やってた。オレはあんまり女の子と話さないけど、同じ委員会だからクミちゃんとは割と話せた。でさ、ある日、部活から帰ろうとしたら、クミちゃんが友達と一緒に女子2人で待ってて「付き合って」って言われたんだ。オレ、舞い上がっちゃって、「いいよ。」って言って付き合うことにした。

その後は、授業中にお互いのこと見てて目が合ったり、待ち合わせて一緒に帰ったりして楽しかった。毎日学校行くのが楽しみだった。もしかして部活も見られてるかもしれないと思ったら、いつもよりトラック一周多く走っちゃたりして頑張れた。ファーストキスもクミちゃんだった。あの時はドキドキしたなあ。

だけど、3年でクラス替えしたら、あんまり話さなくなっちゃって。話さなくなると余計、どう接して良いかわからなくなっちゃった。そしてそのまま中学校は卒業した。」

しばらくするともう一通送られてきた。

「件名:俺の物語②
高校もクミちゃんと同じ学校だった。でも、違うクラスだったから、話はしなかった。

オレは陸上部に入った。普段は良かったんだけど、進学校と合同練習があるときつくて、よく吐いてた。合同練習って聞くとずる休みしたりしてたよ。

でさ、夏休みが終わって学校に行ったら、同級生の何人かが学校辞めたって聞いた。そして、クミちゃんも、スカートが長くなってた。前髪がくるって浅香唯みたいになってて、真っ赤な口紅とかつけちゃって、変わっちゃってた。夏休みにそういう人たちと仲良くなったんだと思う。何だかショックだったな。

ぱるちゃんの時代はスカート長くしたりはしなかったかな?オレ達の時はグレちゃうとスカート長くなったんだ。

クミちゃんとは、大人になってからも何回か会ったよ。織姫神社までドライブに行ってさ。その時にカブトムシがいて。オレ、カブトムシ見て、嬉しくなってはしゃいじゃって。そしたらクミちゃんに子供みたいって笑われて、また嬉しくなっちゃった。大人になってからキスしたら、青春時代がもどって来る気持ちがしたよ。

横浜ついたー。またメールするね。」

カエルさんは私よりも5歳年上だったのだけれど、もっと昔の話を聞いてる様な気持ちになった。小学校の時に観ていたスケバン刑事を思い出して面白かった。

そして、夕方、私が会社から帰って来てお夕飯を子供達に食べさせているとまたメールが来た。

「件名:俺の物語③
高校3年生になってもやりたいこととかは見つからなかった。みんな、大学とか専門学校とか就職とか言ってたけど、オレは何をして良いか分からなかった。

母ちゃんと話して一つだけ大学を受験することにした。名前忘れちゃったけど確かC学院大学ってとこだったと思う。でも、勉強なんてしてなかったし、ドラクエばっかりしていたから、そんなに簡単に大学に入れる訳もなくて不合格だった。その時のガッカリした母ちゃんの顔が忘れられないな。

卒業近くになっても進路が決まらなくて、友達の紹介で、F家の工場の臨時雇いで働くことにした。最初はラインでマドレーヌ作ってたんだよ。仕事は、難しくは無かったけどキツかった。若い人はどんどん辞めていった。紹介してくれた友達も辞めちゃった。でも、そこの班長さんが良い人でね。オレが几帳面なところが良いって言ってくれて、「お前ならどこでもやっていけるぞ」って。フルーツケーキも担当させてくれたんだ。工場には7年いたよ。

で、25歳の時かな?親父が体調悪いから会社手伝ってくれてって言われて。F家の工場を辞めて家の仕事をすることにしたよ。親父はただの痔だったから、今考えると、継がせるタイミングを考えてただけかも知れないけど。

そんな感じで鈴木商店に入ったんだ。その後のことはまた今度ね。

でね、横浜のお土産買ったんだ。今から持って行っても良いかな?」

少し迷ってからメールを返した。
「ありがとう。でも、子供達いるし、お家出れないよ。」

すぐに返信が来た。
「大丈夫!駐車場についたら連絡するね。」

そして、そのメールから小一時間後に電話がかかってきた。
「はい。もしもし。」
「もしもし。着いたよ。ぱるちゃん家、何階?」
「4階だけど、良いよ。私が下に降りるよ。」
「大丈夫。4階まで上がるよ。待ってて。…ヨイショ。」
と言う声が聞こえた。車を降りたのだと思った。
彼が4階に上がって来るまで電話を繋ぎっぱなしでも良いのだが、間が持たないと思ったし、居心地が悪かった。

「ありがとう。いったん切るね。」と言って電話を切った。
子供達に「廊下にいるからね。何かあったら言ってね。」と言って廊下に出た。

階段を上がって来る音とともにカエルさんが姿を現した。
「お疲れ。」とカエルさんが右手を上げた。
私も「お疲れ様。」と返した。

私のその時の気持ちをそのままの言葉で書くならば、私は少しテンパっていた。その時、私の頭の中にあったのは、「あれ?誰だろう?」と言う想いだった。

カエルさんは身長165センチほどで細身だった。そして、今までランニングウェアでしか会ったことが無かった。ランニングウェアはランニングキャップをかぶり、時にはサングラスをしている。ウィンドブレーカーにスニーカー、もしくはTシャツと短パンにスニーカーと言う姿でしか会ったことが無かった。

私の目の前にいるのは、頭が薄くて垢抜けない年配の男性だった。薄く残った髪の毛も、黒ではなく灰色だった。そして、カエルさんが着ていた濃いグレーのスーツは、流行の細身のデザインではなくてダボっとした、私が入社した頃に部長が着ていた様なひと昔のデザインだった。ネクタイもタイトなものでなく、さらに慣れていないのか結び目が大きかった。それが、彼を実年齢よりも上に見せていた。とても40代前半には見えず、10歳は年を取って見えた。

そう見えてしまうのは、私がスーツの男性を見慣れているせいかも知れないと思った。都内のIT企業で毎日スーツを着ている若手と比較したら失礼だと思った。そして「見た目で人を判断してはいけない」と自分自身を諫めた。

カエルさんはとっても嬉しそうに、「はい。これ。」とチーズケーキをくれた。

「ありがとう。子供達、チーズケーキ好きだから喜ぶよ。」と言ったら、
「良かった。みんなで食べてね。」と言った。

そして「じゃ行くね。寒いから早く中に入りな。」と軽快な足取りで帰っていった。素朴で良い人だと思った。

自分の感じたことは相手には見えていないとは言え、何だか急にとっても申し訳ない気持ちになった。だから、出発する車に精一杯手を振って見送った。











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