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第34話 カエルさんのお給料

カエルさんの会社のお給料は銀行振り込みではなく現金手渡しだった。令和のこの時代に手渡しの会社は珍しいのではないかと思う。お給料袋に入った現金を手渡しなんて、アニメのサザエさんの中の話みたいに現実感が無かった。

25日がお給料日なので、カエルさんは大抵は24日に実家で経理をしているお母さんから受け取り、従業員さん全員分のお給料を持って帰って来た。

お給料はそれぞれの名前が書いた封筒に入っていた。カエルさんはその全員分のお給料袋を纏めてドラックストアのチラシに包み込み、更にスーパーのレジ袋に入れて、持ち帰って来た。従業員さん10人全員分なので、その袋はそれなりに重量があったが、誰もそれが数百万円の現金だとは思わなかったと思う。

そして、その中から彼は一番厚い封筒を取り出し、「これ、今月のお給料」と差し出した。

サザエさんのアニメで見た様な茶色の紙袋の表面に、
サインペンで「社長」と少し左上がりの手がきの文字が見えた。

初めてお給料をもらった時、私は学生時代のアルバイトを含めても、現金でお給料をもらったことは一度も無かったからびっくりした。

「お給料、現金手渡しなの?」と驚いた私にカエル君は言った。
「そうだよ。お父さん達、威張れるでしょ。」
ああ、そうか。と思った。そして、その一言で私が何をすべきかが明確になった。

「今月もお疲れ様でした。ありがとうございます。」と、
卒業証書を受け取るのと同じ要領で両手で頭を下げ、恭しく受け取った。

「いいえ。いつもお弁当ありがとう。」と満足そうに笑ってカエル君が答えた。封筒の裏は液体糊で糊付けをしているために、紙が厚くなり、うねってなかなか剝がれなかった。

昔の女性は毎月この様なことをしていたのだろうか?
毎月これをしないといけないのかな。正直ちょっとしんどいな。とも思った。

そして、お給料をもらったその日の内に、そのもらったお給料の中から
養育費の15万円と彼のお小遣いの7万円、足して22万円を渡すのが決まりになった。糊付けされた部分を無理やり破ると、一万円札、千円札、小銭と
ともに細長い紙に手書きで書かれた給与明細が出て来る。
一万円札の束を大体半分にして、学生時代にバイト先で教わったお金を数える持ち方で数え、22万円を食卓の端に置く。そして、「置いておくね。」と声をかける。

厚みが約半分になったお給料袋は軽かった。
そこから家のローンや光熱費、保険や食費に雑費等のもろもろを捻出するとほとんど何も残らなかった。そして、実際に生活は苦しかった。

毎月お給料日の25日前後に、この儀式はとり行われた。
「今月もお疲れ様でした。ありがとうございます。」
「いいえ。こちらこそいつもお弁当をありがとう。」
定型文を読み上げるかの様に毎月同じセリフだった。
おそらくカエル君にとっては、前の結婚から続いている儀式に違いないと思った。

でも、前の結婚と私との結婚には決定的な違いがあると私は感じていた。
もらったお給料の中から、前の奥さんがカエル君に渡していたのはカエル君のお小遣いの6万円。私が渡していたのは養育費15万円とカエル君のお小遣いの7万円を足した22万円。

カエル君のお小遣いが6万円から7万円へと1万円増えているのも「前に結婚していた時のお小遣いは10万円。(実際は6万円)」と言う彼の嘘から決まったことだった。彼は、少しずつ嘘をつきながら生きる人だった。だから、彼は自分がついた嘘なんて直ぐに忘れてしまったのかも知れなかった。でも私は、毎月この儀式の度に、彼がついた嘘を思い出した。そして、お給料が手渡しだったからこそ、その封筒の重みが半分になるのを身を持って感じてしまっていた。

ある日、ランナー仲間との飲み会でカエル君が言った。
「俺の給料は全部はるちゃんに渡しているんだ。俺は何に使ってくれても構わないと思ってんだ。」

みんな「優しい。」とか「男前。」なんて言っていたが、
実際にはわたしが自由に使えるお金なんて、ほとんど無かった。むしろ、月々の家計はギリギリ赤字ということが多かった。

それでも、「連れ子が居るのだから、謙虚な気持ちで感謝しないといけない」と、両親からも言われていたし、私自身も、そうであるべきだと自分自身を諫めていた。

何だか損な役回りだと感じることもあったが、とにかくやってみよう。何も言わずに一年間は暮らしてみようと思った。その内に何か良い案が浮かぶかもしれないし、わたしがもっとやりくり上手になるかもしれない。そう思っていた。

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