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【セカンドブライド】第28話 カエルさんとの入籍前夜

入籍前夜、みんなでご飯を食べ、くつろいでいたら、カエルさんが唐突に言った。
「ぱるちゃん、結婚したらいつ、オレの家に引っ越して来る?」
「え?子供達、転校させたくないから、今の学区内で家探すって話だったよね?」
「そうだけど、せっかく家あるのにそこに住まないっていうのもね?」

カエルさんの家は、私たちが住んでいたマンションからは、車で30分ほどのところにあった。県もまたぐし、その家から最寄の駅まで10キロもある辺鄙な場所だった。そこでは集落のことを「部落」と呼び、小学校の運動会は部落単位で応援をすることが決まっていた。のどかで良いところではあるが片田舎の代名詞の様な土地柄の所なので、もし私たちがカエルさんの家に引っ越して生活を始めたら「後妻が連れ子とともに引っ越して来た。」と噂されることは容易に想像できた。私はもちろん、子供達もその土地に受け入れられるまで、(その土地の人に悪気はないにしても)「品定め」されたり、噂の対象になることも明らかだった。

それに、「学校が好き」と言って、活き活きと通っている娘と息子の今の環境を変えずにいさせてあげたかった。私は自身が転校した経験から、「転校」と言うものの大変さを身を持って知っていた。転校は子供にとっては世界が変わることに等しい。今まで一緒だったお友達も、先生も、習い事も流行りの遊びも、何もかもが変わる。子供は大人の様に簡単に会いたい人に会いに行くことなんて出来ないのだ。車で30分の距離は、子供達にとっては「遠く別の街」に行くことを意味していた。子供たちにとってお父さんが出来るだけでも環境が変わる。大人の都合の環境変化を、これ以上大きくしたく無かった。子ども達の負荷は出来るだけ小さく留めておきたかった。

だから、結婚したら住む場所については真っ先に話合いをし、今の学区内で4人で住めそうな広い家を探すと言う話になっていた。その時はカエルさんも「子供達のことを考えたらそれが良いよ。ここら辺で探そう。」と言ってくれていた。

だから、急に意見を覆された感じだった。カエルさんが入籍を目前に心変わりしたのかも知れないし、お姑さんとかに「持ち家あるんだからもったいない」って言われたのかも知れない。

どんな背景があるにせよ、この日のこの一言で不安が一気に押し寄せて来て心が折れた。アレルギーになるのは、コップに入れた水が溢れる様なものだと言うが、この一言は、まさにコップが溢れる瞬間の最後の大きな一滴となった。

「分かった。もういい。止めよう。」
勝手に言葉が口から出ていた。

「ん?」
「うん。もういいよ。結婚するの止める。」

一旦口に出してしまうと、もう止められなかった。
どこかから、「そうだそうだ。止めちゃえ!」と言う声が聞こえた気がした。

「何言ってんだい?」
「だから、もう止めるって言ったの。ケッコン、無理だと思う。だから、無かったことにしてください。お願いします。」
頭を下げたら涙が出て来た。

そして、そこからしばらくは、沈黙が続いた。

「何言ってんだい?ぱるちゃん。」そう言って、カエルさんが近づいて、泣いている私の肩に触れようとした。

「やだ。触らないで!」思わず大きな声が出た。

「は?なんだっつーんだい?」カエル君の目がキッとなってつり上がり、怒った人の顔になった。
「嘘つきは嫌いなの。でも、もういい。終わりにしてください。ごめんなさい。」

「家があるんだから、家に住めば良いってだけの話、してんじゃねーか。」
イライラとカエルさんが言った。

「うん。そうだね。でも、それじゃ話が違うよ。ここら辺に住むって言う話で進んでたでしょう?S町に引っ越しても幸せになるのはあなただけでしょう?」
「あそこは良いとこだよ。オレ生まれ育った街だし。」
「あなたにとってそうである様に、子供達はここで人間関係を紡いでるんだよ。私だって、そっちに引っ越してしまったら会社通うのに片道2時間以上かかるよ。毎日通勤だけで4時間半とかかかることになるんだよ。そんなの無理だよ。」

カエルさんは黙っていた。

「でも、あなたにとって、あなたの地元が大切なのは分かるから、私たちはここにいる。あなたは今まで通り、S町に住めば良いよ。」

カエルさんがぼそりと言った。
「会社は辞めて欲しい。家の会社手伝って欲しい。」

話が脱線した上に、新たな要求が加わって、私はますます混乱した。
「入籍前日になって色々言われて混乱してる。ごめん。もう、本当に結婚したくない。自信ない。」

「そんなこと言わないでよ。」

「S町には行けない。行きたくない。子供たちの負担が大きすぎる。それに、こうやって一度決まった話が無かったことみたいに、急に変わるのもやだ。ダメだ。ごめん。私、本当に無理だ。心がついて行かない。」

何だかひどく混乱していたし、心の中に不信感が募っていった。心の底から一度リセットしたかった。破談になって欲しいと思った。

「分かった。でも、そんくらいのことで結婚しないってさ。キチガイかよ。」とカエルさんが言った。

「キチガイ」と言う言葉に涙が止まった。心が冷えて冷静になった。時も止まった気がした。何も言い返さずにカエルさんを見た。いや、睨みつけた。

「もういいよ。」そう言ってカエルさんがリビングを出て行った。

閉まったドアをみて、「これで終わった」と思った。
心が痺れていた。心が疲れていた。嬉しくも悲しくも無かった。
しばらくその場にペタリと座ったまま動けなかった。










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