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ワインを巡る冒険 vol.01

はじめまして。
ラボラトリオ研究員の小池沙輝です。

先日、Paroleの編集会議をしていたときのこと。

会議中にたまたまワインの話題が出たのですが、
その流れで某編集員から、

「ワインをテーマに記事を書いてみたら?」


というアイデアをいただきました。

あまりにも突然のことだったので、
何について書こう?
と、あれこれ思い巡らせていたところ...

そういえば!
と、昨年の12月に見た映画のことを思い出しました。

そこで今回は、昨年鑑賞した『ジョージア、ワインが生まれたところ』という映画をもとに、ワインにまつわる記事を執筆してみたいと思います。

そもそもワインといえば、日本最大のブドウの産地である山梨県。さらにジョージアは、甲州ブドウの種をもたらしたといわれているアルメニアとも隣接する国...

と、パズルのピースが一気に繋がった瞬間に、このテーマが誕生しました。

記憶の断片を辿りながらですので、拙い部分もあるかもしれませんが、印象的だったシーンを思い起こしながら記述してみたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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さて皆さんは「ジョージアワイン」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。

ワインに精通している方であれば、「最近話題の、あのワイン!」と、ピンとくるかも知れません。しかし多くの場合、あまり聞き慣れない言葉に「??」となってしまうのではないかと思います。


実はこのジョージアワイン、あることがきっかけで注目を浴びて以来、近年徐々にスポットライトが当たりつつあります。しかしそれまでは、"知る人ぞ知るワイン”ではあったものの、殆ど知られてはいませんでした。

そもそもワインの産地といえば一般的に、世界市場において圧倒的なブランド力を誇るフランスをはじめ、日常的にテーブルワインが親しまれているイタリア、ドイツなどの国々を思い浮かべる方が多いでしょう。

ゆえにジョージアワインは、ワインのいわゆるメインストリームの文脈からは語られることなく、その意味ではずっと日陰の存在にあったのです。

しかしジョージアではフランスやイタリアよりもずっと古くから、ワイン造りが始まっていて、その起源はなんと、およそ8,000年前まで遡ると聞いたら、どうでしょう。さらにジョージアが「ワイン発祥の地」であるとしたら...?

もちろんこれらは、ジョージアワインを特徴づける一要素に過ぎません。

ただ、こうしたワインの長い歴史一つをとってみても、他の国にはない特異性があるのでは?と、想像力を掻き立てられますよね。

そこで、本題の映画レビューに入る前に、まずはジョージアワインのトリビアについて、ここで簡単にまとめておきたいと思います。

《ジョージアワインとは?》

◆ジョージアワインの歴史

ジョージアは、古来シルクロードの要所として栄えた、南コーカサス地方に位置する国。北はロシア、南はトルコとアルメニア、東はアゼルヴァイジャン、西は黒海と接しています。1991年ソビエト連邦からの独立を機に、日本では2015年にロシア語読みの「グルジア」から、英語読みの「ジョージア」に変更になりました。

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さて、この地でワイン造りが始まったのは、紀元前6000年頃(今からおよそ8000年前)。ジョージアのコーカサス山脈から黒海にかけての地域でワインが造られていたことが、様々な考古学者の研究や文献によってわかっています。また一説によると「wine」の語源はジョージア語の「ghvivili(グヴィヴイリ)」にあるといわれています。ワイン造りの長い歴史、そして「wine」の語源がジョージア語であるということから、ジョージアは「ワインの発祥の地」といわれているのです。

ユネスコ無形文化遺産に登録された、独自の製法

ジョージアワインは古来、他にはない独自の製法でワイン造りが行われてきた、ということが大きな特徴として挙げられます。

それが「クヴェヴリ製法」と呼ばれるもの。
この製法は、ジョージアでワイン造りが始まって以来、今日に至るまで脈々と受け継がれてきた伝統製法であることが評価され、2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。そしてこれを機に、ジョージアワインが世界中で一気に注目を集めることになったのです。

では、このクヴェヴリ製法とは一体、どのような製法なのでしょうか。

まず、丸い大きな素焼きの壷=クヴェヴリを使ってブドウを発酵させていくのが、これがクヴェヴリ製法の最大の特徴となります。

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市場に流通しているワインは通常、ステンレス製の大型タンクに入れて発酵させていきますが、対するクヴェヴリ製法では、それよりもずっと小さな素焼きの壷を使って発酵させるため、どうしても少量の生産にとどまります。

発酵に続く熟成のプロセスでは、「マラニ」という石造りのセラーでクヴェヴリを地中に埋め込み、一定の温度でブドウをじっくりと熟成させていきます。クヴェヴリの形状は先端が尖っているため、しっかりと安定させるように埋めるのがポイントなのだそう。マラニでは、およそ6ヶ月間の熟成期間を経て、果肉、果皮、種子、果梗を取り除いたのち瓶詰めへ。いよいよ完成となります。

ちなみに、クヴェヴリ製法によるワイン造りは非常に手間と時間を要するため19世紀には減少し、現在行なわれているのは、ジョージア全体の10〜20%に過ぎないそうです。(ジョージアワインの生産量のおよそ80%以上は、「ヨーロピアンスタイル」と呼ばれるモダンな醸造方法で造られているのが現状です)

しかしそのような状況にありながらも、大量生産の可能ないわゆる一般的な製法には一切頼らずに、今なお伝統的な製法でワイン造りを守り続けている人々がいるーーそのような独自の文化の保存と継承のあり方が再評価され、今世界中でワイン愛好家たちの注目が高まっているのです。

◆ジョージアワインの魅力 

クヴェヴリ製法で使用されるブドウは、ジョージア固有のブドウ品種のみ。またブドウは、農薬や化学合成肥料を極力使わない健全な土壌で栽培されることに加え、収穫も手摘みによって行われます。さらに発酵・熟成の過程も、野生酵母のみのプリミティブな醸造法で行われるため、近年の自然派ワインブームの流れで一躍脚光を浴びているのです。またこの昔ながらの製法が再評価を受けるなかで、クヴェヴリ製法によるワイン造りを始めている畑も増えているのだそう。(とくにドイツ・オーストリア。甲州でもすでにこの製法を取り入れているワイナリーが存在します)

またクヴェヴリでは、白ワインと赤ワインの両方がつくられますが、とくに人気が高いのは、白ワイン。こちらは通常のいわゆる白ワインとは異なり、白ブドウを赤ワインのように果皮や種とともに発酵するため、琥珀色の濃い色調が特徴で、別名「オレンジワイン」といわれています。

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さらに、オレンジワインは、茶葉やスパイスなどの独自のアロマを備えていることも大きな特徴の一つ。さらにブドウの果皮や種から抽出されるタンニンにはポリフェノールが多く含まれているため、健康にも良い効果が期待できるといわれています。

(※上記はエノテカさんの資料を参考にさせていただきました)

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いかがでしょうか。
ジョージアワインならではの固有の魅力が、少しずつ見えてきたのではないでしょうか。

それではここからは、映画『ジョージア、ワインが生まれたところ』の劇中でとくに印象的だったシーンについて、私見を交えながら振り返ってみたいと思います。

◆クヴェヴリ製法による、ひたむきなワイン造りに感動!

まず、この映画を見て最も衝撃を受けたのは、まるで日本の土器を思わせるような!?茶色く大きな壺「クヴェヴリ」を使って、ワイン造りが行なわれていたということです。

私もジョージアワインには少し前から注目していて、一応「クヴェヴリ製法」という単語は耳にはしていたものの実際には見たことがなかったので、事前情報では「古くから続いている伝統的な製法」というくらいの知識で、具体的なイメージは殆どありませんでした。

しかし、どうでしょう。
映画の世界だとはいえ、まさに百聞は一見に如かず。

クヴェヴリの登場シーンでは一瞬、縄文時代にタイムトリップ!?と錯覚してしまうほどの、驚きのシーンが続出だったのです。

それらのシーンを目にした時、まずワインの製造の機械化がこれほどまでに進み世界各国で効率的かつ大量にワイン生産ができる今の時代において、ある種の古めかしささえ感じられる伝統製法を頑なに守り続けているということ自体、奇跡に等しいと驚嘆し、心を打たれました。

ともすれば、時代に時代に逆行しているという印象さえあったのです。

しかし、だからこそ、強烈に興味を掻き立てられる何かがありました。

「なぜ今の時代にあって、これほどまでにプリミティブな製法にこだわり続けるのだろう?」と。

映画では、畑づくりからワインの栽培、手摘みによるブドウの収穫、それからクヴェヴリでの発酵、マラニでの熟成に至るまで、ワイン造りの工程の一部始終を見せていただいたのですが、いずれも驚くほど手間がかかる、まさに気の遠くなるような作業の連続なんですね。

しかしそれほど地道で、いくつも手間も時間もかかる工程があるにも関わらず、ワインの造り手たちは皆とても楽しそうで、一様にイキイキとした非常に良い表情を浮かべていたのです。

そこで、こう思いました。
「ジョージアの人々は、時代に流されることなく、伝統的な製法でワイン造りを続けていることを、心から誇りに思っているのだ」と。

このことは、このドキュメンタリーに登場した造り手の

「ワインを造ること。それは私たちにとって、アイデンティティであり、それを守り続けることは民族の歴史・文化を継承することでもある」

というフレーズからも、十分に読み取ることができました。

そして、このような製法を守り続けているからこそ、決して均一の味わいを担保することができないかわりに、大地のあたたかさを感じられる土の温もりと、一つ一つがたしかな個性と魅力を放つ、唯一無二のワインが出来上がるのだと確信しました。

◆美しいポリフォニーとともに、行われるスプラ

この映画の中でもう一つ非常に印象的だったのは、精魂込めてつくったワインの完成を祝して、饗宴が行われるというシーンでした。

この饗宴は「スプラ」と呼ばれており、ジョージアの人々にとってはすっかりおなじみ。ワイン造りと同様に、彼らにとって人生に欠かせない愉楽であり、彼らの誇るべき文化でもあるのです。

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しかし、それだけではありません。

さらに驚くことに、スプラに集まった人々がワイングラスを片手に、突然歌を歌い始めたのです。一人が歌を歌い始めると、それに続く様にしてまた次の声が重なるといった具合に...。そうこうするうちに、音と音とが響き合いその場が共鳴・調和して、あっという間に多声の美しいハーモニーがそこに誕生しました。

こちら気になって早速調べてみたところ、ジョージアでは多声音楽(ポリフォニー)が伝統音楽として知られており、2001年にユネスコ世界無形文化財に登録にされていることがわかりました。さらにポリフォニーはスプラにとって欠かせない存在であり、丹精込めて醸したワインの完成を祝す宴会の席では、特別なものとして歌唱が織り成されるそうです。

もともとコーカサスの山岳音楽として始まったポリフォニーですが、おそらくジョージアのワイン造りのはじまりのときから、おそらく歌というものが、すでに存在していたのでしょう。

人間は言葉を獲得する前に、まず声があり、その声を音にして「歌に想いを込め、互いに気持ちを伝え合った」といわれていますが、まさにその起源を想起させるような、貴重なワンシーンでした。

また伝統的な製法ではとくに、よい音楽を聴かせるとワインや日本酒の出来にも良い変化が生まれるといわれており、実際に音楽を取り入れた製造方法を採用している蔵も多くありますが、そういった自国の文化に思いを馳せ、ときに比較したり、また類似点を探りながら鑑賞ができたことも、この映画を鑑賞する上での醍醐味。よい音が発せられるとそのエネルギーで場の周波数が変わり、ブドウの発酵・熟成にも良い影響を与える 、ということがいえそうです。

世界最古のワイン造りとともに、歌があった。

そんなふうに想像を膨らませてみると、なんともロマンのあるお話ですね。

◆大国の侵略の危機に、決して屈することなく

そういえばもう一つ、ジョージアワインの歴史について触れられていた場面がありました。そちらについても、最後に触れておかなければなりません。

ジョージアという国は、四方を、ロシア、トルコ、アルメニア、アゼルヴァイジャンなどの国々に囲まれ、さらにカスピ海と黒海に挟まれている国であるということは、すでに前半で述べました。

そのジョージはかつてシルクロードの要所であった一方で、他民族の侵攻や支配に、幾度となく苦しめられてきたという歴史があったのです。

とりわけ旧ソ連による占領と、大量生産による品種削減の影響、さらに代々守りつづけてきた大切な畑を奪われるなど、数え切れないほど多くの危機に晒され続けてきたのです。

しかしジョージアの人々はそのような厳しい逆境にも決して屈することなく、先祖の想いを受け継ぎ、その文化遺伝子を後世へと大切に伝えてきました。ジョージアのワイン造りの伝統は、こうして地下脈々と受け継がれ、何度も途絶えそうになりながらも、その都度、息を吹き返してきたのでした。

映画の中でも、侵略の危機にさらされるジョージアの人々の民族としての悲しみや苦悩が切々と織り成され、そうしたシーンを目にするたび、私も本当に、何度も胸が締めつけられる思いがしました。

しかし、度重なる大国の大資本の侵略に幾度となく負けそうになりながらも、何度でも立ち上がり、わずかに残された土壌を死守し、今にも途絶えそうな文化をなんとか後世につなげようとしている、ジョージアの人々の底知れぬ民族意識の強さと努力には、感服させられます。

そしてその姿からは、ワインに対する情熱というようなありきたりな言葉では到底言い表すことができない、民族の血であったりアイデンティティへの誇りというようなもの、非常に強く気高い精神性を感じることができました。

ワインの世界にもれっきとした資本主義の原理が働いていることは例外ではなく、今こうして私たちが世界中のありとあらゆるワインを楽しめるのも、そうした恩恵があるからこそ、ではあります。

ただ、そのような時代にあっても自分たちの土地を守り、伝統的な製法にこだわり続けることで、守るべき何かがある。また守るに値するだけのはかり知れない文化的価値や遺伝子があるのだということを、この映画の最も重要なメッセージとして受け取ったように思います。

さて映画をもとに、ジョージアワインの魅力を紐解いてみましたが、いかがでしたでしょうか。

次回はこちらの続編として、私自身もとても気になった壺「クヴェヴリ」の秘密に、一歩踏み込んで考察を試みたいと思います。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

ワインを巡る冒険 vol.02はこちら

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【小池沙輝 プロフィール】

Paroleの編集担当。
のろまの亀で生きてた人生ですが、Paroleスタートに伴い、最近は「瞬息」で思いを言葉にできるよう、日々修行中です。

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