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何もなくても普通に幸せだって思う勇気

Bonjour!

みなさんこんにちは!pariskeitoです!

何か特別なことをしようって、特別な人になりたいってそう思っているといつまでたっても目的地にたどり着かないこともあります。

『私は普通は嫌なの。』とそうやっていう人に出会ったことがあります。私も昔そうでした。

特別なことが素晴らしくて幸せだってどこかで勘違いをしていました。

今は普通も特別もどちらだって自分が自分のことを認められているならどちらもいいなって思えるようになりました。

普通が不幸とか特別なことが幸せとかそういうのではないなって。

そこにたどり着くまでに自分のプライドや他人と比べてしまう過去の自分、嫉妬、妬み、嫌悪感など、様々な感情がそこにはあって結局その答えは人それぞれで何が幸せと呼ぶのかも人それぞれ、結論はそれなんですよね。

だから誰かの人生をあなたはこうだからだなんて決めつける権利もなければ、正解もないっていう答えなのですが日本の世の中ではそれに対して答えが決めつけられてて、普通に会社員とかで仕事をしている人を悪い例に例えて、フリーランスがいいとかなんとか変な正解が日本には植え付けられています。

自由な時間とお金を手に入れるための仕事なんて文言を見ると少しぞっとしてしまうのですが、本当に心からそれが欲しいと思っている人がいたとしたらただの怠け者だと思います。でもそういう言葉につられて騙される人が今も昔も多いのは人間が本来は楽をしたい生き物だから。

人とは本来そういう生き物らしいです。

だからさぼりたい自分だって自分だし、常に頑張るフリをする必要なんてないって思っています。

無理をして特別なんかにならなくてもいい。

ただ自分がいいなって思う生き方をしていけばいいんじゃないかなって思います。

普通だってすごく幸せですよ。

だから頑張って普通である必要もなく、特別である必要もないということを私は言いたいです。

どちらかになろうとしてなるという感じではなくありのまま生きていたらそういう自分が完成していたみたいな。

それが自分なんだって、受け入れる。ただそれだけのこと。

それ以下でもそれ以上でもなく。


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