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静寂から解き放つ、決勝ゴール

 ブラインドサッカー(5人制サッカー)の特徴を挙げる時、観客席に求められる「静寂」を忘れてはならない。
 11人制のサッカー、例えばJリーグやFIFAワールドカップの試合を見る時、観客席には音が溢れている。応援している選手がドリブルで相手陣地に切り込んでいけば、「ウォー」という歓声が地鳴りのように響いて聞こえてくる。サポーターたちが太鼓や笛を鳴らすようなこともあるだろう。新型コロナウイルス(COVID-19)対策のため、静かに応援することを求められていた期間はあったが、今後はCOID-19以前の応援スタイルに戻りそうだ。

 これに対し、ブラインドサッカーの試合を見る時、観客は口もとをキュッと結んでいる。試合が進行している間は足を踏み鳴らしたり、拍手したりもしない。プレーヤーの動きやボールの行方を、静かに見守り続けなくてはならない。
 ブラインドサッカーは、フィールドプレーヤーがアイマスクを着用し、音の鳴るボールを使用する。このため、観客席の物音や声は、ピッチを転がるボールの音を妨げることになり、プレーに影響するからだ。
 観客席の静寂は、単に物音や声がしないということに留まらない。
そこにある静寂には、観客たちが物音や声になるのを抑えた感情が詰まっている。両チームの力が拮抗し、攻守が激しく入れ替わる手に汗握る対戦であれば、よりいっそう静寂は意識的に保たれ、そこに詰まった感情の密度が濃くなる気がする。

川村怜(パペレシアル品川)

 2023年2月11日。
町田市立総合体育館のフロアに、40m×20mのピッチが広がっていた。左右の端にはゴールポスト、サイドラインには腰上の高さのパネルで壁が設置されている。そのパネルから2~3m離れたところに観客席が階段状に作られていた。
 アクサ ブレイブカップ ブラインドサッカー日本選手権は、全国各地にあるブラインドサッカーチームの頂点を決める大会だ。第20回の節目となった大会は計22チームが出場。2022年12月から始まり、予選ラウンド、準決勝ラウンドを経て、ついにファイナルラウンドを迎えた。

 決勝は、パペレシアル品川 対 たまハッサーズの対戦。パペレシアル品川のエース川村怜と、たまハッサーズのエース黒田智成は、共に日本代表の強化指定選手だ。川村、黒田にボールが渡らないように防ぎ、彼らのシュートをいかに阻むかが、勝敗を分けるポイントだった。

 パペレシアル品川の川村は、前半開始早々から積極的にゴールを狙った。味方からのパスでボールを受け取ると、右に走って切り返し、今度は左に走り、サイドラインの壁際で切り返す。ピッチを幅広く使って走りながら前進することで、迫ってくる相手プレーヤーを一人、交わした。しかし、右足で放ったシュートはキーパーの正面で、得点には至らない。
 一方、たまハッサーズの黒田はピッチの中央付近でボールを奪うと、ゴールに向かって真っすぐ切り込むようにドリブルで前進していく。これは、シュートを放つ前に、相手ディフェンスに阻まれた。


黒田智成(たまハッサーズ)

 前半13分。
 たまハッサーズの選手が左に蹴りだしたボールが壁にぶつかって跳ね返り、転がっている。黒田がそれを拾いにいくが、近づいてきた川村の足のほうが早かった。
 観客席からピッチに注がれていた視線が一気に、川村に集まる。
 川村の両足は左右、左右と交互に、小刻みなリズムでボールに触れている。シャカ、シャ、シャカ、シャカ…。ボールが揺れることで鳴る音は、黒田の耳に届いているはずだ。おそらく、ボールを持っている川村と自分との間が1メートルほど開いていることも分かっているに違いない。黒田は、川村の背中を追いかけて走り出したが間に合わない。ドリブルで上がっていく川村の前には、ディフェンスが一人、待ち受けている。

 川村はディフェンスを完全に交わし、キーパーと1対1になってから蹴るのか。それとも、体を張って壁になろうとしているディフェンスの手前から蹴るのか。
 右足か。それとも左足か。刻一刻と、静寂に詰まった感情の密度が凝縮されていくのを感じる。
 川村が左足を振り抜いた。
 キーパーが伸ばした手は届かない。ボールは、ゴールの左端に突き刺さった。

 審判が時計の針を止めた。
「うぁーっ」。
 静寂から解き放たれた感情が、場内に溢れ出た。

(取材・執筆:河原レイカ)
(写真提供:小川和行)

パペレシアル品川 対 たまハッサーズ 1対0

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