日常生活に入り込む疑似科学
2022年3月千葉県浦安市で、数年来市当局が市の施設の給水系に導入しようとしていた赤さび除去装置(以下「活水器」)について、担当者が正式に導入中止を宣言しました。
何が問題だったのか?
科学的根拠を問う
活水器の販売業者によればこれは、配管内の赤さびを黒さび化して固定化し、赤さびが水に混入しないようにし、配管の更新を不要にする装置だとのこと。
業者のホームページ(HP)を見ると、一応理論めいたものが動画で解説されています。
しかし正直言ってかなーり怪しい(笑)。
やっぱり批判は多かったようで、HPにはわざわざ「製品に対する誤った見解について」というページが設けられ、「反論」がつづられています。
しかし私からすれば、残念ながらこの「反論」を見るにつけ疑惑がさらに深まる一方と言わざるを得ません。
例えばこの活水器、説明によれば水分子に何らかの電磁波を照射し「水素原子核を回転させる」(ママ)らしい。
これは「核磁気共鳴(NMR)」現象を説明しているようです。
NMRは、磁場をかけると原子の中の原子核にある特定の周波数の電磁波が効率よく吸収される(共鳴)現象。
これ自体はよく知られた現象であり、分子の構造解析にも応用されています。
磁場をかけるのがポイントなんですが、残念ながらその説明動画ではそのことがすっぽり落ちています。
本当にNMRを分かっているのだろうか??
外部から照射する電磁波のエネルギーがどのくらいの時にその原子核に共鳴するか、はどのくらいの強度の磁場を物質にかけたか、によって決まります。
ところでこの活水器、電磁波を照射すると言いますが電源など外部からのエネルギー供給が存在しない。
これに対しある科学雑誌から(当然ながら)、「外部電源なくして電磁波は発生しない」と批判が向けられました。
これに対し業者はHP内で、「すべての物質は温度の四乗に比例して電磁波を出している事は物理学の常識です(シュテファン=ボルツマンの法則)」、と「反論」しています(※1)。
この「反論」はこれだけ切り取れば正解で、専門的には「黒体放射」のことを言っていますね。
電球のフィラメント、温度が高くなるほど最初は赤っぽく、徐々に白く明るく輝きます。
あれを想像していただければ、大きくは間違っていません。
そして電源が入ってなくても、冷たいフィラメントから目には見えない低エネルギー・低強度の放射が出てはいます。
黒体放射は人間が冷たいと感じるような温度でもなくなったりしません。
簡単に言うと黒体放射自体は、この活水器だけでなく配管全体からも放出されています。
これで本当に、「NMRの原理で水素原子核が回転し」、なんだかんだで赤さびが除去されるのか?
黒体放射で核磁気共鳴?
ポイントは磁場ですね。
どれだけの磁場がこの活水器内で発生しているのでしょう?
この活水器を分解すると、確かに中に磁石が入っているようです(※2)
NMRでは、磁場が強いほどよりエネルギーの高い電磁波が共鳴します。
ここがポイント!
現在世界最強のNMR装置では非常に強力な高温超電導磁石が用いられています(※3)。
その強度約28テスラ。
この磁石で到達する電磁波の共鳴エネルギーは極超短波、要はテレビの電波の領域です。
それに対して黒体放射。
件の配管の温度では遠赤外線の領域となります。
なんとエネルギーが5ケタ違う。
世界最強のNMR装置の場合より10万倍エネルギーが高い!
しかもこれは超強力な超電導磁石を用いた世界一強力なNMRでの話。
件の活水器の磁石は、手のひらサイズの装置に内蔵された小さな永久磁石で、もっともっとはるかに差が広がります。
要するに彼らの言うメカニズムではエネルギーが違い過ぎて、核磁気共鳴現象など起きえないのです。
業者は、磁石の中に空いた穴を黒体放射が通ることでマイクロ波(極超短波含む)になると説明しますが、科学的にはそのようなことはありません。
更に、仮にマイクロ波が発生しても金属の配管の内部に透過できない、という批判に対しては、「極超長波は金属を透過することが知られており、本製品はこれを使っている」と。
極超長波が出てきました!(笑)
極超長波ですよ!先ほどの極超短波とは一字違いですが大違い。
極超短波からはまたまた5ケタ、今度は低エネルギー。
やはりこれでは核磁気共鳴現象は生じません!
マイクロ波を生じていると言いながら、批判に対しては「極超長波を利用している」、と。
マイクロ波から極超長波をどうやって発生させているのでしょう??
「外部電源がないのに電磁波が発生するわけがない」という批判に対し、苦し紛れに黒体放射を持ってきましたが、語るに落ちたとはこのこと。
ツギハギの科学知識を持ち出してもう支離滅裂。
科学的根拠がないことを自ら証明してしまいました。
疑似科学にはよくあることですが、定量的視座が抜けているのです。
まだまだある疑似科学の魔の手
浦安市の事例は疑似科学に税金が投入されることを防いだ好事例ですが、他にも多種多様な疑似科学が社会にはびこり、利権をむさぼろうとしています。
例えば「EM菌」。
ご存じの方も多いと思います。
EM菌関係者によれば、この正体不明の菌は大変「有能」で、これを放射能汚染された土壌にまくとEM菌の光合成により放射線が消費され、年に5,6回もまけばセシウム137(半減期30年)はほとんど消滅する、と。
菌が放射能を消す!?
これもエネルギー領域の極端な違いに帰着されます。
しかし、別に放射線や物理学の専門家でなくとも、怪しいと思えるのではないかと思うのですがどうでしょうか。
でも過去には国内いたるところで、放射能対策のみならず湖沼や河川の水質改善に役立つなどと、子供たちを集めてEM菌をそこら中にばらまく「社会活動」が行われたりしています。
また、水が人の言葉を理解・記憶し、「ありがとう」という文字を見せるときれいな結晶を、「ばかやろう」を見せると結晶ができない、などという「水の記憶」は実際に義務教育の現場で、特に道徳教育で広く使われました。
疑似科学を許さない広範な運動によりさすがに現在は学校現場では下火ですが、今でも業者は「活躍中」、信者は少なからずいるようです。
疑似科学の個人や社会への影響は今でも見過ごせないものがあります。
まずは日頃から、SNSその他の情報に接するときは興味や関心だけで一つの情報に捉われず、できるだけ公共の情報に当たり、自分自身で冷静に考えるようにしたいものです。
(※1)「『外部電源なくして電磁波は発生しない』は誤りです」(業者HPより)
(※2)「浦安市の疑似科学問題」
(※3)(株)フジクラ
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