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古文・個人ゼミ(第1回)

最近パラリアでは、生徒がそれぞれ英語や現代文・古文などをどういう風に読んでいるかを確認しつつ、修正していくため、毎週問題を渡して、解いてきた人に個別で解説・確認をしています。ゼミというには余りにささやかなものですので、表題は大仰ですが、今回古文を扱ったので、その報告を載せます。


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今回は扱ったのは、世阿弥の『風姿花伝』の最も有名な箇所「秘する花を知ること」です。「花」の概念に関連して、現代文として、加藤周一「世阿弥の戦術または能楽論」の一部も配布しました。「秘すれば花」は誤解されがちなので、原文を紹介したかったのと、その豊かさと射程を伝える解説を並べて読むのが面白いのではないかと思った次第です。

受験の視点でも、共通テストでは異なるテクスト間の繋がりが問われるので、このようにいくつか並行して読む練習になったかと思います。兵法の例え(たとえば、弓矢の道の手立にも……)のような具体例があり、内容的にも一貫していたので、入試問題としては評論的で取り組みやすい問題だったと思います。

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【ポイント】

ここでは、実際に答案を見て、それについて生徒と話した結果、気になった点をまとめます。

①扱う文章の主題を大雑把に理解する
この話が能楽論だと気付かず、「花」が比喩だと気づかない誤答がありました。今回リード文はありませんでしたが、教科書にも載っている著作なので、著者と著作名で当たりをつけられたらよかったかと思います。
また、ある程度ジャンルや、どういうことが議論になりうるのかは知っていると良いです。評論を読むとき、何が論じられているか(つまり、論点)にある程度あたりがつくと、話の流れがわかりやすいです。また、筆者(と作問者)が想定しながら書いているような前提事項がある程度わかるので、内容の理解も深まります。さしあたり、現代文キーワード集などを読むといいと思います。

②助動詞、接続助詞の前では立ち止まる
接続助詞の「ば」は、未然形に接続すると仮定の意味になり、已然形に接続すると原因・理由の意味になります。曖昧に済ませて先に進んでしまうのが間々見られました。
例えば、正しくは仮定のところを原因で取り間違えてしまうと、仮定しているはずなのに、既に起こったことだと考えてしまうことになります(極端な例ですが、「世の中にたえて桜のなかりせば……」の「ば」を原因でとると、世界中に桜が全くないという事実があるということになるので、整合的に読むためには、桜が全くない季節である秋に桜の木を見ているとか、変な解釈をすることになってしまいます)。「ば」は割に認識に関わってくるので、おざなりにしないようにしたほうがいいです。
助動詞も意味が豊富な分、このような小さなズレを招く恐れが大きい単語なので、注意が必要です。「いちいち考えていると時間がなくなる」などと理由をつけて、無視しないようにしましょう。

③読んでいる箇所と文脈との関係を考える
古文の場合平仮名が続く箇所が少なくないので、単語の切れ目を間違えて変な意味にとってしまうことがあります(今回もありました)。相当古文に慣れていない限り、切れ目がそう見えてしまうのは仕方がないので、後で修正できるかどうかが重要です。そこで、文脈からしてなんだか意味のわからない物が出てきたり、変なことが起こってしまったりした時は、切れ目を考え直す必要があります。
問題になっていない箇所の助動詞などは無視されがちですが、文脈の理解に関わってきて、結局問題に絡んできます。演習を解く際は、荒っぽく読み飛ばさず、意味の判断の速度を上げることを意識するべきだと思います。


大要このようなところです。ありがとうございました。

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