パキスタンのトランスジェンダー女性の映画『ジョイランド(Joyland)』【日本の映画との比較】
当noteのテーマは「イスラーム地域でもトランスジェンダーが生きていけるんだ」です。これまで、日本のメディアで全く取り上げられない、主にイスラーム圏のトランスジェンダーの様子を紹介していました。(しかし、最近、時事問題から離れてしまっておりました汗)
さて、2022年11月中旬に「物議」をかもした、パキスタンの映画『ジョイランド(Joyland)』についてです。
トランスジェンダー女性を扱った映画なのですが、まずはトレーラーを見てください。「あ、これはふつうに(?)絶対いい映画だ!」と分かるはずです。
1.パキスタンと映画『ジョイランド(Joyland)』
パキスタンといえば、インド系のイスラーム圏ですね。パキスタンの公用語のウルドゥー語は、インドでも公用語であり、同じくインドの公用語のヒンディー語とは、かなり共通しています。
よって、ヒンディー語の映画をパキスタンの人はだいたい理解できますし、逆もまたしかりということはよく知られています。一方で、日本でも7年ほど前に、『Om Shanti Om(恋する輪廻)』(2007年)など、インド映画が大流行しましたが、パキスタン映画はマイナーというイメージがぬぐえませんでした。
そんな中、パキスタンの映画『ジョイランド(Joyland)』が、初めてカンヌ国際映画祭でプレミア上映(2022年5月27日)され、「ある視点」部門審査員賞と、クィア・パルム(La Queer Palm)を受賞したと話題になりました。(その後、メルボルンのインド映画祭など、多数の映画祭で受賞。)
この映画『ジョイランド(Joyland)』で使われているのはパンジャーブ語(パンジャービー)です。ヒンディー・ウルドゥー語とは違います。同じインド系の言語ですが。スィク教の聖地アムリトサルを擁すパンジャーブ州に多く見られる言語であり、スィク教の聖典『グル・グラント・サーヒブ』の言語として知られます。スィク教はヒンドゥー教とイスラームを折衷した宗教とも言われますから、そうした雰囲気を念頭に置いて映画を見てもよさそうです。もっとも、本作品はスィク教徒の物語ではありません。登場人物たちはイスラーム教徒のようです。パンジャーブ地方は1947年の印パ分離の際に、分割され、イスラーム教徒の多くはパキスタンに移住し、ヒンドゥー教徒・スィク教徒の多くはインドに移住したとされています。
日本語のニュースも1つ見つかりました。
どうやら、イスラーム系のジャマアテ・イスラーミーなどの団体が抗議活動を行っていたようですが、無事、上映されているようですね。
(なお、私はクルアーンとイスラーム法学(フィクフ)を1年間集中して勉強しましたが、トランスジェンダーをイスラームの名のもとに裁くのは、かなり無理があると考えております。もちろん、部分的に立法を抜き出して拡大解釈をすれば、イスラームの名のもとにトランス排除のロジックをつくるのも可能ですが、他の法規定との兼ね合いを検証したり、その解釈が社会的に妥当なのかが検証されるべきとなります。その点、パキスタンは良心的なイスラーム教徒が多かったということでしょう。)
CNN.co.jp【カンヌ受賞のパキスタン映画、国内で上映禁止に 性解放の物語
2022.11.16 Wed posted at 20:29 JST】
2.「ヒジュラ」や「第三の性」ではなく、「トランスジェンダー」
さて、映画の本編をまだ見れていないのですが、紹介文や評判を読む限り、この映画は「トランスジェンダー」を扱っているようです。
ん?どういうこと?
インドには、「第三の性」などと呼ばれ、欧米や日本の人類学者やジャーナリストにもてはやされた人々がいました。インドではヒジュラ、パキスタンではハワジャシーラなどと呼称されます。セックスワークや冠婚葬祭の踊りや宗教儀礼に従事する人々です。
この映画に現れるトランスジェンダー女性も、職能としてはハワジャシーラなどとあまり変わらないようにも見えるのですが、どうやら映画の中では「トランスジェンダー女性」、あるいは、「端的に女性」として描いているように見えます。
つまり、「第三の性」としての位置づけではないようなんですね。この点に、この映画の新しさを感じます。
3.トランスジェンダー女性を演じる俳優が、トランスジェンダー女性
次にこの映画『ジョイランド』のすごいところは、トランスジェンダー女性役(助演)を、Alina Khan(アリーナ・カーン)さんというトランスジェンダー女性が演じているところです。
彼女は、1998年10月26日パキスタンのラホール生まれ。イスラム教徒の家庭に生まれたようです。2019年に映画Darlingにてデビュー(ベネチア国際映画祭で受賞)されました。インスタグラム(→https://www.instagram.com/onlyalinakhan/)
トランスジェンダー女性をトランスジェンダー女性が演じるのは、普通では?
いえ、日本では普通じゃないんですね。
日本で有名なトランスジェンダー関連の映画に、『ミッドナイトスワン』(2020年)という映画がありました。元SMAPの草彅剛さんが主演されており、彼の独特の演技力もあってか、世間的には評判がよかったようです。が、トランスの当事者からは「全然リアリティがない。とくに、あんな死に方はしない!」と、評判は芳しくありませんでした。
そもそも、トランスジェンダー女性をトランスジェンダー女性(あるいはシス女性)ではなく男性が演じる、というのが、自分たちの尊厳を傷つけられたように感じた人も多かったようです。男性が演じるということは、「トランスジェンダー女性は男だ」と言っているようなものですからね。(「そんなつもりはない」と言われるかもしれませんが、実際にそのように受け止められるというのは、頭に入れておいていただきたいところです。)
その後も、映画ではありませんが、『総務部長はトランスジェンダー』(2020年)や『女子的生活』(2018年)なども、トランスジェンダー女性を男性が演じておりました。(まあ、『女子的生活』は、ぎりぎりOKな気もしましたが。『総務部長はトランスジェンダー』がひどすぎましたので⋯。)
最近になって、ようやく、若林佑真さんなど、当事者が演じているのを目にする機会が増えました。(この方はトランス男性ですが)。
トランスジェンダーへの理解は、日本よりもパキスタンの方が進んでいるかもしれないですね。そうした視点を持っておくことも大事かと存じます。
4.インド・パキスタンに注目しましょう
実はかねてより、インドやパキスタンにおいて、トランスジェンダーの権利運動が盛んになっていることは知っていました。たとえば、下記のツイッターアカウントなどを参照ください。
しかし、こうして映画賞を受賞されたことまで考えると、インド・パキスタン勢力の力強さを感じます。最近、イギリス首相がインド系のスナク氏になったり、アメリカの大手IT企業のCEOにインド系が増えていますが、これと平行した現象とも考えられるかもしれません。
そのうち、トランスジェンダーの権利運動の中心も、インド・パキスタンになるかもしれませんね。日本の研究者は、英米のトランス理論の紹介・研究に偏りがちです。それも重要ですし、リソース的にも仕方ないのですが、もう少し、インド・パキスタンにも目を向けると、違った見方が生まれるかもしれませんね。
とりあえず私もウルドゥー語の勉強を続けたいと思います。(それにしてもイスラーム圏はおろか、キリスト教圏のトランスジェンダー問題にすら、関心がある人が絶望的に少ないのは、どうにかならないかなと思うばかりです。「宗教」&「トランスジェンダー」って、マイナー×マイナーなのでしょうか。。)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?