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【短編小説】幽体離脱を経験した友達とお喋りする「私」の話

『稀によくあるありふれた日々』


「風邪をひいたときにみる、変な夢ってあるじゃん」
 放課後。
 なんとなく家に真っ直ぐ帰る気になれなかった私たちは、学校の教室に残り、雑談に興じていた。
 中学三年生の秋。
 部活は春先に引退し、受験に本腰を入れなければならない時期。しかしそれ故に、どこかで肩の力を抜きたい衝動に駆られる。今日のこの時間は、お互い明確に言葉にはしていないが、息抜きの意味合いが強かった。先へ進む為には、こういう時間も必要なのだ。
 それに、今日中に彼女に伝えておきたいこともある。
「なに、なんか変な夢でもみたの?」
 机を挟んだ正面に座る麻佑まゆに、私は前のめりになって尋ねる。
 この際、伝えたいこと云々については、あと回しだ。
 なにせ、麻佑は昨日まで風邪で休んでいた。麻佑が時折話してくれる夢の話は、どれも非常に面白い。普段でも面白いのに、高熱に魘されたときの夢となると、一体どんな夢物語が展開されていくのだろう。私はわくわくしながら、続きを待つ。
「なんかねえ、ふわふわ浮いてたんだ」
「羽根でも生えたの?」
「ううん。幽霊とかみたいな感じ。なにか触ろうとしても、すり抜けちゃってさ」
「幽体離脱したってこと?」
「ああ、そうかもしれない。わたし、寝てるわたしを見たもん」
 それは夢ではなく、超常現象というのではないか、という突っ込みを、ぐっと堪える。
 麻佑はマイペースに夢の内容を思い出しながら、話を続ける。
「壁をすり抜けて、家を出てさ。電柱くらいの高さを維持しながら、ふよふよ進んでいくの。散歩してる近所のおにーさんとか、日向ぼっこしてる猫とかを、普段よりも高い目線から見るのが楽しくってさ。町を一周したいくらいだった」
「しなかったの?」
「うん。途中で第二役場の菊ちゃんに出くわしちゃって」
 第二役場の菊ちゃん。
 本名は志塚菊といって、この透目町すきめちょうで起こる摩訶不思議に対応してくれる第二役場に勤めている幽霊さんだ。以前、麻佑と二人で小さな雨雲に追いかけられ、屋内でも土砂降りに遭うというトラブルに巻き込まれた際、解決への道筋を立ててくれたのが、菊ちゃんだったのだ。あれ以来、菊ちゃんとは時折雑談をする仲になっていた。
「珍しいね、菊ちゃんが第二役場の外に出てるの」
「ねー。なんか野暮用で出てきてたらしいんだけど。お喋りもそこそこに、早く身体に戻りなって言われちゃってさ」
「まあ、幽体離脱してたら身体に戻れなくなった、みたいな怪談ってよく聞くもんね」
「わたしもそれを思い出して、慌てて家に帰ったよねっていう。で、目が覚めたら喉がカラカラでさ。幽体離脱中にすっごい汗かいてたみたい。でも、おかげでばっちり風邪は治ったってわけ」
「そうだったんだ」
 良いなあ、幽体離脱。私もやってみたいんだよなあ。
 そんな風に思うが、如何せん私は平々凡々な人間だ。麻佑のように不思議な夢をみたり幽体離脱をする素質は、恐らく、いや、絶対にない。だからこそ麻佑の話は、羨望半分、関心半分といった感じで楽しんでいた。
 が、しかし。
「あのね、麻佑」
 そろそろ事実を伝えるべきだろう、と私は口を開く。
「麻佑さ、また幽体離脱しちゃってるっぽいんだよね」
「えっ?!」
 指摘されて初めて、麻佑は自身の身に起きていることに気づいたと言わんばかりに、両手で頬に触れた。そのあと、机に触れようとして、その手がすり抜けていく。
「えー?! うわ、うわうわうわ、えーっ?!」
 動転した麻佑は、そのままふわふわと浮き上がり、くるくると回り始めた。
「今日一日、普通に授業を受けてたからさ。いつ気づくかなーと思って様子見してたんだけど。案外気づかないものなんだね」
「えええ、だって咲月さつきはもちろん、他の子とも普通に話せてたもん。気づきようがないよー」
「そりゃあ、ここは透目町だからねえ」
 この町においては、幽霊が視える人の比率は存外に多い。そして、クラスメイトが霊体で授業を受けていようと微動だにしない程度には、不思議なことに慣れ親しんでいる。本当、奇妙で奇特で、愛おしい町だ。
「ど、どうしよう咲月。わたし、もう身体に戻れないのかな。一生霊体のままなのかな」
「どうどう、落ち着いて。昨日一度は戻れたんだから、またちゃんと戻れるはずだよ。ほら、菊ちゃんのところに行こう」
 菊ちゃんは普段、第二役場の受付をしている。
 そんな彼女が持ち場を離れていたのであれば、イレギュラーなできごとがあった――たとえば、町内で中学生が一人幽体離脱していることに気がついた――と考えるのが妥当だ。
「菊ちゃんなら、きっと元に戻る方法を知ってるよ。麻佑、行こ」
 菊ちゃんは町内で起こる奇々怪々なできごとの全てに、迅速に対応し適材適所に案内できる。
 町役場で働く私のお父さんは、そう評価していた。
 だから大丈夫だ。
 私は席を立ち、霊体の友達の手を取ろうとして、空振りに終わり。
 二人して声を上げて笑いながら、透目町第二役場へと向かったのだった。

 


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