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写真論

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論考編。周辺も含めた写真全般。
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表現の本質

表現の本質

久しぶりにnoteを開いて、流れてくる他人の文章を読んでいて、ハタと気づきました。

「全然読めない」(笑)

面白くなさ過ぎて、5行と読めない感じです。

もちろん全部ではありません。面白い記事もたくさんあります。

しかし同じくらいの多くの記事が、面白くなさ過ぎて全然読み進めることができませんでした。

「あれ、これって自分の記事にもいえること?」

自分の記事も、他人からしたら面白くなさ過ぎ

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写真の今後と世界の今後

写真の今後と世界の今後

最近写真を撮ってない。

「飽きた」ということは、ありますね。

逆によくもまあ同じことを何十年と続けてきたなと、そっちのほうがびっくりです。(笑)

一通りやり尽くした感はありますね。

「写真ってこういう感じ」みたいな、どこをどう探索しても、すでに知ってる場所、みたいな。

何にどう触れても、「ああね、はいはい」みたいな。すでに知ってる感。

もちろん見た目は確かに新しい。技術の進歩も素晴らし

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「いいね問題」に終止符を打つ

「いいね問題」に終止符を打つ

インスタで「いいね」の数が見れない仕様になったりもしましたが、いかにも我々は、いいねの数が気になって仕方がないですね、ハイ。

いいねの数はつまり他人からの評価であり、その写真の価値を裏付ける客観的な指標とも言えます。

そんな大事な数字を見れなくしてしまった意図は、「数値に左右されることなくコンテンツそのものを楽しんでほしい」とか、「過剰ないいね獲得競争抑制のため」などとされています。

いいね

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「表現」を超えてゆけ

「表現」を超えてゆけ

写真は「表現」だと言いますね。

つまり、伝えているわけです、何かを。

何も伝わらなかったら表現じゃない。

いい写真とは「伝わる写真」。

そんなふうにも言われます。

そういう意味で、写真はどれも一緒です。

フォロワーが何百万人もいる人から、つい昨日始めたばかりの人まで。

全員「表現」という土俵の上で、相撲を取っている力士です。

幕下から横綱まで、番付はいろいろありましょうが、表現とい

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一番見たい写真、そして一番撮りたい写真

一番見たい写真、そして一番撮りたい写真

ネット上に日々洪水のようにあふれる写真たち。

それらの写真は、みんな何かを目指している。

「ただの写真」ではない。

全部みんな、何かを目指している。

それはカッコイイだったり、カワイイだったり、キレイだったり。

あるいは面白いだったり、スゴイだったり、オシャレだったり。

そして、大抵それらは十分達成されている。

十分カッコイイし、十分カワイイし、十分キレイ。

十分面白いし、十分スゴ

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写真集から得るもの【森栄喜「intimacy」評】

写真集から得るもの【森栄喜「intimacy」評】

ずっと気になっていた森栄喜の「intimacy」を手に入れた。

今さらだけど。(笑)

2013年度(第39回)の、木村伊兵衛賞受賞作です。

この写真集は、今ではすっかり一手法として定着した、いわゆるグランジっぽい撮り方で撮った、日常のスナップ。

ウィリアム・クラインあたりを始祖とするならば、1950年代からある特別真新しくもない手法であり、昨今これ系の写真は巷に溢れかえっている。

そして

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写真生態系論

写真生態系論

いろんな人のいろんな写真を見ていると、つくづく思う。

全部いい。

どんな写真にも、それを撮った人の意図と工夫があって、写りのバリエーションが様々にあって、写真への取り組み方も様々にあって、全部いい。

これはもう、プロもアマチュアも関係ない。

本当にもう、全部が同列に見える。

フラット化する写真。

凸凹としていた写真は、徐々にならされて、フラットになってきた。

昔は高峰のような存在もい

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選ばれない者たち

選ばれない者たち

選ばれる人たちがいる一方で、選ばれない人がいる。

生まれてこの方、一度も選ばれたことのない人たち。

選ばれることなく、人生を終えていく人たち。

選ばれるってなんだ。

どうしてあの人が選ばれて、僕が選ばれないのか。

選ばれた人たちは嬉しそうだ。

選ばれなかった僕はくやしい。



あなた。

そこのあなたです。

選ばれなかったことを嘆いているあなたです。

あなたは選ばれる必要のない

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