見出し画像

短編小説『闇喰み蝶』

「はぁ……」
『…ふふ、今日も絶好調ね?』
「あぁ…今日も絶不調だよ…」

身体がだるい、重い
この数ヶ月ずっとこの調子だ…


いつ寝ていつ起きるかも定まらなくなったころ
彼女はいつの間にかそこにいた
……そう、俺の後ろに


『…やっぱり、あなたの背中は居心地がいいわ』


彼女は俺を抱きかかえながら言う

俺は彼女をおんぶした状態で毎日過ごしているが
彼女自身の重さは感じない…彼女の体温も…



『あら、また考え事?
 ふふ…どんどん考え込んで頂戴…
 わたしはその方が居心地が良いもの』
「なぁ…君は一体なんなんだ…?」


何度も尋ねた問い


『さあ?わたしにもわからないわ』


何度も聞いた答え


「君はいつ…俺から離れていくんだ?」


これも何度も聞いた


『あなたの背中の居心地が悪くなったら』


ーーーーー

ドンドン!

日曜日の朝10時

俺は4時間前に眠ったところだったんだが…

「おい!生きてるかー!?」

『来客なんて、わたしが来てから初めてね』
「…ねむい………」

ドンドン!

…ガチャ

「お!よかった、生きてた!」
「お前…」


都会に出たんじゃ?


「こっちに出張行けって言われて来たら
 最近お前と連絡取れないって聞いてさ!
 あーもー、ヒゲも髪も生えっぱなしじゃねぇか!
 ほら、服着ろ服!美容室行くぞ!」


有無を言わさず連れ出されてしまった…

その日は美容室、服屋を回って
……手持ちのない俺の代わりに、色々と買ってくれた

「出世払いな!」

俺とは正反対の、表情で笑いながら


『………』

ーーーーー

それからコイツは休みの度に遊びに来るようになった

「はー…俺はな、心配だったんだよ
 引きこもったお前が、咳止め薬ガブ飲みとかしてねーかとかさぁ」
「咳止め薬?」
「依存性があるんだと
 ウチの会社の支社で、それで入院したやつがいるらしくて」


…たまたま俺は知らなかっただけだが
そういう可能性もあったんだろうな

…俺は………



「はー遊んだ遊んだ!
 じゃ、帰るわ」

「なぁ…」
「ん?」

「なんで、ウチに来てくれるんだ?
 付き合いとか…あるんだろ?」
「なんでって…」

少し悩んだ後、どこか照れ臭そうに

「…俺、お前と仕事したいんだよ」


俺は、何も返せなかった



ーーーーー

『……なんだか楽しそうね?』
「あぁ、君か…
 なんだろうな…前ほど辛くないんだ」


アイツが来る度、少しずつ気持ちが押し上げられている気がする

とても、気を遣ってくれているのもわかるから
少し心苦しくなることもあるけど


「前より、働くことが怖くないんだ」


アイツとは幼馴染で、互いのことは嫌というほど知っていた

都会に出てバリバリ働きたいとも聞いていたから
連絡があまりないのも、頑張ってるんだと思えて
俺も、心配かけたくなかったから連絡しなかった


俺は迷惑をかけてしまうだろうが
アイツはきっと、笑って許すだろう


……俺も、アイツと一緒に働いてみたい


『…そう、よかったわね』


ーーーーー

「おはようございます!」


俺は短い時間から働かせてもらうことになった

ステップアップして、アイツと同じ立場になることを目指していく


怖いところはあるけど、知ってる奴がいるだけで少し気が楽になる


それからは仕事を覚えていくことで
毎日が慌ただしく過ぎ去っていった


ーーーーー
「……」
『………まぁ、それなりには休めたかしら?』

安らかな寝息を聞きながら

わたしは背中の、蝶のような羽根を大きく広げる


居心地の悪くなった背中を、思いっきり押し出して
空高くへと飛び立つ


もう、止まり木にならないでね


『さて……何処かに居心地のいいところはないかしら?』



仄暗い、ジメジメとした空気を求めて
わたしは次の止まり木を探し始めた



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?