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保守点検

「こんな単調な仕事、やってられるか!」
ダムの壁にハンマーが当たるたび、若者の心は沈んでいった。作家志望の彼にとって、この保守点検の仕事は苦痛でしかなかった。完成式での華やかな拍手は、ダムを作った技術者たちだけのもの。点検員の仕事は、見落としがあれば始末書、終わりなきチェックの繰り返し。まるで報われることのない、虚無感に苛まれる日々だった。

ある蒸し暑い午後、若者はいつものようにハンマーを振るっていた。いつものように、苛立ちと諦観が心を支配しようとしていた。その時、彼の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。

「あれ、これって、もしかして…」

彼は作業の手を止め、ダムを見上げた。巨大なコンクリートの塊は、静かに水を湛え、人々の生活を守っている。それは、無数の点検と修繕によって支えられている。そして、それは決して終わることのない、終わりなき営みだ。

「これって、まるで創作活動じゃないか?」

彼はハッとした。作家もまた、作品を完成させても終わりはない。常に推敲を重ね、読者の反応を分析し、次の作品へと繋げていく。それは、終わりなき自己点検の繰り返しだ。

「だとしたら、この仕事も…」

若者はハンマーを握り直した。今度は、ただ惰性的に叩くのではなく、ダムの鼓動を感じ取るように、丁寧に、そして集中して叩き始めた。いつもの無機質な音が、次第に音楽のように聞こえてくる。

「見落としは許されない。俺の点検は、このダムを守るための、最高の物語だ!」

彼は、ダムの安全を守るという使命感に燃え、誇りを持ってハンマーを振るい続けた。それは、作家が最高の作品を生み出すためにペンを走らせるのと同じ情熱だった。

ダムに響くハンマーの音は、次第に力強さを増していった。それは、若者が自分の仕事に新たな意味を見出し、誇りを持って取り組むようになった証だった。そして、その音は、ダムの安全を守るという、終わりなき物語の、新たな章の始まりを告げるファンファーレでもあった。

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