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気持ちが溢れかえった時、その零れ落ちるもの達にことばを与えられたら。願わくば、こころ躍…

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気持ちが溢れかえった時、その零れ落ちるもの達にことばを与えられたら。願わくば、こころ躍るもの達であります様に。こころの落とし蓋であります様に。

記事一覧

惹きつけられるものにとことん喰らいつく経験をしなくては。
喰らいつくことで初めて見ることのできる景色があることを知る様になって、
そしてこれまで英語で言うならfew experiencesだ。
生きていられる時間は限られている。
フジコさんの人生の中で語ってくれた言葉が刺さる。

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2週間前
2

久しぶりです。

長く住み慣れた家も、形あるものだからところどころ朽ちてきて、今大修繕中。 いっそコンパクトな住まいに移り住むなど早めに決断をすることも、目上の友達から進言された…

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4か月前
2

生きとし生けるものはみな支えて支えられて生きている。知ってか知らずかのまま。それは精神的なものというより、殺生な世界での意味。生かされていることに感謝し、生きているか生かしているか、常に問う感性を養う。そしてそれらをことばによって表わす。人として一人前になる為の道程に漸く気づく。

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1年前
2

「結実させるということ」昨日の大きな気づき。キーワード。至らなかった理由。前進出来るだろうか。前進するしかない。何かみちが見えてきた。自分で切り拓くしかないみちが。

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1年前
3

砂時計の砂地を歩んでいるのだ。そんなことに漸く気づいた。仲良しのよっちゃんと裏の林山に入り蟻地獄を探しあて、蟻が砂に埋もれゆく様子をじっと二人で観察していた。否、今、恐怖と希望の視野が広がったのだ。誰かは成熟の過程だと囁き心落ち着かせてくれるかもしれない。紡いでゆく。未来よ。

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1年前
2

私は何で出来ているのだろう。経年の凡ゆる接触でできたシミ、傷、剥がれ落ちた皮ふ。それらが形成される交換条件に密かに棲まう私の化身たち。出会うべくして出会った正体不明の過去たち。そのおかげでどうにか前に進むことができ、少しずつ心身に厚みが加わる。どうかすべてに喜びがありますように。

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2年前

喜怒哀楽を家族と共に経験するって人生の醍醐味。でも最近二番目が出入りして疲れ気味。心ない人間に対する荒れた感情が飛び交ってしまう。時間も意識も限りあるもの。大切に豊かに人生費やしたい。けど見て見ぬふりで通り過ぎてもいけない。守らなきゃいけない人がいるから。でもほんとは守られたい〜

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2年前
4

怒りや悲しみといった負の感情。まるで荒波に揺さぶる船のデッキにしがみつき、ただ標灯を見失わぬ様にと必死なだけ。過去と未来をちゃんと繋ぐ為の試練だと、何かを学ぶ為ってわかっている。発露する怒りの感情の稚拙さに呆れ、やり場のない悲しみと得体のしれない後悔の波にまた呑み込まれながらも。

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2年前
2

最近、果物のコンポートづくりにハマって日常に。丁寧に包丁入れて種出し後、シュガーをふりかけ、自然の雫石が滲みてるのをじっと眺めて楽しむのだ。その後には自然の実りを頂くのだ。最高のご馳走。頭の中煮詰まって心が不安に苛まれるときの避難場所になっている。でも、本当は人に会いたいのだな。

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2年前
6

よっこらしょ。小さな労働、次々と順番待ちでどっこらしょ。よっこらしょ、どっこらしょ。誰かさんの声が無性に聞きたくなる。自分勝手だよね。少しじんわりきちゃってさ。僅かな、諦め切れない瞬く星の光を信じているから、いたいから。身体を、ロボットみたい動かして、よっこらしょ。どっこらしょ。

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2年前
3

現代の私たちの消費社会生活がどれだけこんがらがったグローバリゼーション経済で構成されてるのか?細かい毛細血管にがんじがらめ。人間ってイノシシより猪突猛進🐗だな。後ろ振り返ってみることに気づくのが遅いんだ。自分の事てんで棚に上げた発言だけど。この正体不明な息苦しさから解放されたい。

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2年前
3

知らず知らず私の心を育て形成してくれたもの。人生の折り返し地点を過ぎて漸く、その立役者たちのことをわかり始めている。けれど一方で、それらは他人にはちっぽけな影法師の絵にしか映らない。消えては立ち現れる淡彩の記憶たち。だから人は記すのだろう。いのちが健やかで充ちたものである様にと。

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2年前
3

何処に流れつくのだろう。信じるものが掻き消される様な意識に占有される。それでも必死に目前のいのちを尊ぶ。だからだろうか昨晩の夢は鮮やかだった。そこには会いたいひとがいて、それこそ夢のようなストーリーの中でときめき、そして語らえた。豊かな時間をもたらせよ。何かを自らを強く信じる事。

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2年前
3

ひとりの人に、まるでピアノの音階と同じ位の、めくるめく感情を抱ける事って生きている間にどれ位あるのだろう。喜怒哀楽とその間に生まれる感情の醜くも美しい揺らぎ。愛情って、だから容易に語れる訳がない。そして、何よりの人生の宝物の様にも思えてくる。良い思い出のしくみが少しわかってきた。

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2年前
5

今日も無事に一日が終わったと就寝前に思うこの頃。頭より身体なのだ。それから何かを書き残す事の面白さを知って短い日記をつけてみたり。好きなものにどんどん傾倒して、自分を知ってもっと自分を好きになる。憧れの人にはなれないが、その感性を懸命に抱きしめる。手元の小さなページが頼りなのだ。

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3年前
3

Tabacalera, Fragmento de “Carmen” (「カルメン」タバコ工場のシーン)

懐かしい。スペイン、カルロス・サウラ監督の映画「カルメン」。 対抗心や挑発といったあからさまに激しく揺さぶる感情の有り様を、フラメンコの歌と踊りで見事に昇華させ…

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3年前
3

惹きつけられるものにとことん喰らいつく経験をしなくては。
喰らいつくことで初めて見ることのできる景色があることを知る様になって、
そしてこれまで英語で言うならfew experiencesだ。
生きていられる時間は限られている。
フジコさんの人生の中で語ってくれた言葉が刺さる。

久しぶりです。

長く住み慣れた家も、形あるものだからところどころ朽ちてきて、今大修繕中。

いっそコンパクトな住まいに移り住むなど早めに決断をすることも、目上の友達から進言されたけれど、床も軋んだ音を立てるけれど、愛着のある家を労って、もうしばらく住もうと思う。

そんな中、誰の仕業かわからないけれど、家の大支柱の中でシロアリたちが大行進している夢を見た。みんなみんな生きているんだとはいえ、焦った。

これからど

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生きとし生けるものはみな支えて支えられて生きている。知ってか知らずかのまま。それは精神的なものというより、殺生な世界での意味。生かされていることに感謝し、生きているか生かしているか、常に問う感性を養う。そしてそれらをことばによって表わす。人として一人前になる為の道程に漸く気づく。

「結実させるということ」昨日の大きな気づき。キーワード。至らなかった理由。前進出来るだろうか。前進するしかない。何かみちが見えてきた。自分で切り拓くしかないみちが。

砂時計の砂地を歩んでいるのだ。そんなことに漸く気づいた。仲良しのよっちゃんと裏の林山に入り蟻地獄を探しあて、蟻が砂に埋もれゆく様子をじっと二人で観察していた。否、今、恐怖と希望の視野が広がったのだ。誰かは成熟の過程だと囁き心落ち着かせてくれるかもしれない。紡いでゆく。未来よ。

私は何で出来ているのだろう。経年の凡ゆる接触でできたシミ、傷、剥がれ落ちた皮ふ。それらが形成される交換条件に密かに棲まう私の化身たち。出会うべくして出会った正体不明の過去たち。そのおかげでどうにか前に進むことができ、少しずつ心身に厚みが加わる。どうかすべてに喜びがありますように。

喜怒哀楽を家族と共に経験するって人生の醍醐味。でも最近二番目が出入りして疲れ気味。心ない人間に対する荒れた感情が飛び交ってしまう。時間も意識も限りあるもの。大切に豊かに人生費やしたい。けど見て見ぬふりで通り過ぎてもいけない。守らなきゃいけない人がいるから。でもほんとは守られたい〜

怒りや悲しみといった負の感情。まるで荒波に揺さぶる船のデッキにしがみつき、ただ標灯を見失わぬ様にと必死なだけ。過去と未来をちゃんと繋ぐ為の試練だと、何かを学ぶ為ってわかっている。発露する怒りの感情の稚拙さに呆れ、やり場のない悲しみと得体のしれない後悔の波にまた呑み込まれながらも。

最近、果物のコンポートづくりにハマって日常に。丁寧に包丁入れて種出し後、シュガーをふりかけ、自然の雫石が滲みてるのをじっと眺めて楽しむのだ。その後には自然の実りを頂くのだ。最高のご馳走。頭の中煮詰まって心が不安に苛まれるときの避難場所になっている。でも、本当は人に会いたいのだな。

よっこらしょ。小さな労働、次々と順番待ちでどっこらしょ。よっこらしょ、どっこらしょ。誰かさんの声が無性に聞きたくなる。自分勝手だよね。少しじんわりきちゃってさ。僅かな、諦め切れない瞬く星の光を信じているから、いたいから。身体を、ロボットみたい動かして、よっこらしょ。どっこらしょ。

現代の私たちの消費社会生活がどれだけこんがらがったグローバリゼーション経済で構成されてるのか?細かい毛細血管にがんじがらめ。人間ってイノシシより猪突猛進🐗だな。後ろ振り返ってみることに気づくのが遅いんだ。自分の事てんで棚に上げた発言だけど。この正体不明な息苦しさから解放されたい。

知らず知らず私の心を育て形成してくれたもの。人生の折り返し地点を過ぎて漸く、その立役者たちのことをわかり始めている。けれど一方で、それらは他人にはちっぽけな影法師の絵にしか映らない。消えては立ち現れる淡彩の記憶たち。だから人は記すのだろう。いのちが健やかで充ちたものである様にと。

何処に流れつくのだろう。信じるものが掻き消される様な意識に占有される。それでも必死に目前のいのちを尊ぶ。だからだろうか昨晩の夢は鮮やかだった。そこには会いたいひとがいて、それこそ夢のようなストーリーの中でときめき、そして語らえた。豊かな時間をもたらせよ。何かを自らを強く信じる事。

ひとりの人に、まるでピアノの音階と同じ位の、めくるめく感情を抱ける事って生きている間にどれ位あるのだろう。喜怒哀楽とその間に生まれる感情の醜くも美しい揺らぎ。愛情って、だから容易に語れる訳がない。そして、何よりの人生の宝物の様にも思えてくる。良い思い出のしくみが少しわかってきた。

今日も無事に一日が終わったと就寝前に思うこの頃。頭より身体なのだ。それから何かを書き残す事の面白さを知って短い日記をつけてみたり。好きなものにどんどん傾倒して、自分を知ってもっと自分を好きになる。憧れの人にはなれないが、その感性を懸命に抱きしめる。手元の小さなページが頼りなのだ。

Tabacalera, Fragmento de “Carmen” (「カルメン」タバコ工場のシーン)

懐かしい。スペイン、カルロス・サウラ監督の映画「カルメン」。
対抗心や挑発といったあからさまに激しく揺さぶる感情の有り様を、フラメンコの歌と踊りで見事に昇華させてる「カルメン」の中で最も強く記憶に残る、タバコ工場の群舞のシーン。

Noteのお仲間、Konekoしゃんのおかげで、久しぶりの感動味わいました。

ちょこっと登場する、舞台の隅でミシン縫いしてるおじちゃんの存在が何とも気になる。
「また
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