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意味を考えるのには、もう飽きました

1年に1度、訳もなく落ち込む瞬間がある。
そんなときは決まって冬だから、季節特有の憂鬱さから来ているのかもしれない。
でも、落ち込んでいるときに脳内を駆け回っている言葉自体は、おそらくこうやって落ち込むことがあたりまえになった高校時代から、まったく変わっていない。

「こんなことして、なんの意味があるんだ」

好きなゲームをしているときも
部活動にまい進しているときも
就職活動でエントリーシートを書いているときも

友達と、他愛ない会話で、笑い合っているときも

あの頃からずっとこの言葉は僕の脳髄の片隅に居座っていて、僕が精神的に不安定になると途端に頭の中で騒ぎだす。

「こんなことして、なんの意味があるんだ」
「お前が今やっていることが、この先なんの役に立つっていうんだ」
「お前がやることなすこと、全ては無意味なんじゃないのか?なのにどうしてそうやって無駄な努力を続けるんだ?」

これが騒ぎ出すと、それまであんなに好きだった色んなものが、急に陳腐に感じられてしまい、何も出来なくなってしまう。

確かに、有象無象の中のたった一人に過ぎない自分が行う行為に意味なんぞなくて
だとしたら、僕がやることはすべからくエネルギーの浪費でしかなくて
だったら、寝ていたほうがよくて


ふて寝ですらないよ。
ふて寝は何か思い通りにならないことがあって、それに対する反発っていうキチンとした感情が伴うから。
いうなればパソコンをスリープモードにするみたいに、体が省エネモードになる感じ。

そうして意味のない感情をオミットして
そうやって僕は、今日も床に就く。


コロナが流行る直前だから、多分2019年の夏だったと思う。
妻と一緒に僕の実家に帰省したときのこと。
実家の隣にある家の前を通ると、玄関にトタン板が打ち付けてあるのが目に付いた。
「隣の家、ずいぶん長いこと誰も住んでなかったけど、最近なんかあったの?」
祖母に聞くと祖母はちょっとだけ笑みを浮かべて、
「あぁ~、隣の家のお祖母ちゃんね、長いこと施設に入ってたんだけど、今年の春に亡くなってねぇ」
と言った。
諦めと亡くなった人に対する哀悼とが入り混じった、例えようのない笑みだった。
これで隣の家は本当の意味で「空き家」になった。

僕は一人っ子だった。
なので小さいころは遊び相手もおらず寂しい毎日だった、というわけでは一切なく、毎日のように隣の家に遊びにいってはそこの女の子姉妹(といってもどちらも僕より3歳以上年上だったけど)に遊んでもらっていた。
 男の子向けの玩具でしか遊んでこなかった僕にとっては、おねえちゃんのいるお家の玩具というのは新鮮で、リカちゃん人形やセーラームーンの変身ステッキのような女の子が好きそうな玩具がたくさんあった。
中でも僕はシルバニアファミリーで遊ぶのに嵌り、男友達と遊ぶ予定がない日は必ずといっていいほど隣の家の居間でシルバニア遊びに興じていた。今でもドールハウスが好きだったりするのは子どものころのシルバニア趣味があると思う。これが小学校低学年頃の僕の日々のルーティーンだった。
 小学校も高学年になってくるとお姉ちゃん二人もシルバニアファミリーからテレビゲームで遊ぶようになり、僕もそこに混ぜてもらって遊んだけれど、今にして思うと持っていたハードが変わっていた。

持っていたのがプレイステーションと

セガサターンと

ゲームギア



ゲームギア!!!!?
皆さんご存じだろうか、かの任天堂がその昔鳴り物入りで作った自立ゴーグル式家庭用ゲームハードの存在を。
家庭用ハードとして世界に先駆けてゲーム画面の3D立体映像化に取り組んだ革新的コンシューマであり、しかもそれをテレビ画面ではなく未来感あふれるデザインのゴーグル型機器としてリリース!!!それだけでなく今や任天堂スポーツゲームの一翼を担う初代マリオテニスやワリオランドなどの有名タイトルがラインナップされ、大ヒット間違いなし!!!

と勇んで発売したものの、黒い画面に赤字で映像が出力されるという見づらさ(+ちょっぴり怖い)に携帯ハードとして見ても大きすぎかつ重すぎるデザイン、友達と一緒にやろうと思っても一人が画面を覗いていると他の子が画面を見れず面白さを共有できない……etc
という諸々の理由でそれほど売れず、今や一部のゲームマニアが「あの頃は良かった……」という枕詞と共に話題にあげるくらいしかない、あの伝説のハード!!!

その伝説のハードが、何故か当時中2と小6の姉妹のいた家にあった。謎である。
恐らくお父さんがパチンコで勝って、その景品で取ってきたとかだと思うけど、それにしてもチョイスが絶妙すぎゃしないかい?
僕もやらせてもらったけど、ゴーグルと目の高さを合わせづらく結局自分がちょっと屈んだりしないといけないので変な姿勢でやるから疲れやすかったな……という思い出しかない。ゲームはたしかマリオだったと思う。

とまあ、ゲーム好きが持っていそうなハードが多かった隣の家で僕はFFやワイルドアームズ①をやらせてもらったり、一緒にパラッパラッパー②をやらせてもらったりした。

こんな感じで僕は隣の家に足しげく通い、そこのお姉ちゃん二人によく遊んでもらった。それにお祖母ちゃんやお母さん、お父さんもすごく親切にしてくれて、すっごく居心地が良かったのを覚えている。

隣の家は兼業農家で、お父さんが中心になって米を育てていた。3月の中頃になると納屋からトラクターを出してきて田んぼの田起しを始めて、5月に田植え機を出して田植え、10月にコンバインを出して稲刈り、それ以外は草刈りや除草剤を撒いたりと年中農作業に追われて、その合間にサラリーマンとして仕事もしていた。兼業農家として頑張りながら毎日仕事に出かけ、話しかけると豪快に笑う体の大きいその人のことを、頼りがいのある大人だなぁ~と子ども心に感じていた。
大人っていうのは、内面の動揺を隠すのが結構上手い。


ちょうど僕が中学に入ったくらいだったろうか。
隣の家の農機具が使われなくなった。
『田んぼを売ったらしいよ』と、夕食のときに祖父が噂していた。

同じころ、隣の家のお母さんが娘二人を連れて出て行った。
お父さんが不倫してたんだって。
2-3年経ってから、これも夕飯の席で祖母が話していた。
田舎の家の食卓での話題なんて、地域のゴシップぐらいのものだ。

そんな話をした2年後に、隣の家のお爺ちゃんが亡くなって。
隣の家に住むのは、年取ったおばあちゃんと、妻と娘が出て行ったことで鬱病になって引きこもるようになったお父さんだけになった。

畑仕事をしているお祖母ちゃんとお母さんの傍で姉妹二人がバトミントンしてて、その横でお父さんとお爺ちゃんが農機具の手入れをしてる。
そんな光景が当たり前だったのがほんの数年前。
たった4-5年で隣の家はひと気のない、空き家みたいな家になった。


そこから10数年。
空き家のようにひっそりとしていた隣の家は、
長年引きこもっていたお父さんが糖尿病に掛かって先に亡くなり、
その数年後にお祖母ちゃんも老衰で亡くなって。
本当の意味で、『空き家』になった。


隣家のお父さんが亡くなったころ、僕の親父が

「あの人な、勤め先の会社でひどくイジメられてたみたいでよ」

「その辛いのを忘れたくてキャバクラ通いしてたんだと。そんでそこで知り合ったキャバ嬢と不倫しちゃって、それが奥さんにバレて、それで離婚したんだよ」

と、事の次第を話してくれた。

『不倫したんだから、まぁしょうがないよね』って、隣家の出来事を自分の頭から締め出して笑っていた自分にとっては、10年越しで自分の罪を咎められているような気持になった。


空き家になる10年以上前から空き家みたいだった隣家。
臭い物に蓋をするように、誰も話題にしなくなった隣家。
でもそこには、逃れられない記憶と向き合いつづけて病んでいった人がずっと住んでいて、そこから抜け出せないままに亡くなっていった。
そして、本当は家を出ることなんてしたくなかっただろう、家族だった人たちの残り香も、その空き家に染みついている。

それが人生なんだって
理不尽から抜け出せるなんて稀なんだって
今辛くてもいつかは報われるなんて、そんなの嘘なんだって
それが人の一生なんだって

歳を経るとそうやって自分を納得させられるようになる。
でも、今度はそうやって納得してる自分に腹が立つようになる。
『理不尽に中指を立てろよ』と僕が僕の胸倉を掴んで問いかける。
けど、僕は動かない。

なぜかって、人のやる行為に意味なんてないから。

僕の頭の中に居座る諦念がここぞとばかりに顔を出して。
気付くと僕はいつも、自分に都合よく納得して、それを変えたくないから無気力になる。

理不尽な人生を過ごした人を供養することで、理不尽に反抗したい。
ここ数年、頭の片隅に潜んでいた衝動の正体。
僕が文章を書きたいと思う、衝動の正体。

自分のことをどれだけ書いても、イマイチしっくりこないなと思っていた。
意味のない僕の人生を書いたところで、魅力がないからだ。
でも
理不尽な人生と向き合ってきた人のことを、それを肯定したいと思っている僕が書くこと。

これには、なんだかよく分からないけど、意味がある気がするし。
何より、おもしろそうだ。

この先何十年後か分からないけど
理不尽な人生の終わりが見えたころに、僕自身がこれを読み返して。
『自分も含めてだけど、やっぱり人生なんて誰も彼も禄でもないもんだわ』と思えるなら。
そうして禄でもない人生を生きた人のことを思い返すことが出来るなら。
そのときようやく、僕は自分自身の禄でもない人生を受け入れることが出来るはずだ。
僕の身の回りにいる誰かの、理不尽で禄でもない人生を書きたい。
それが僕の、こうやって駄文を書きなぐる意味なんだと、今はそうやって納得しておく。



最近、2冊ほど本を読みまして。

1冊は、学校に居場所のないタコの男の子が、出会ったヤドカリのオジさんから自分の日々の生活を日記に記すことで自分の生活を物語のように味わう楽しさを教えてもらうという、発売されたばかりの本。
もう1冊は、古代ローマの皇帝が日々感じた悩みや恐怖を克服するために、その悩みを書き出し、かつそれに反論するという形式で綴られた覚書です。

かたや2023年発売の最新刊と、かたや2000年近く前の古代ローマに書かれた皇帝の覚書。

凄まじい時代の隔たりを感じるこの2冊にある共通点は

『自分にとっての最高の読者であり理解者は、自分しかいない』

ということ。

『文章を書く行為なんぞに意味なんかないんだ』なんて虚無主義みたいなこといって落ち込むいつもの僕のことを
”そんなことないんだ”と。
”今苦心している様を受け入れて叱咤してくれるもう一人の自分と、物語になった自分の生活を面白いと言ってくれる未来の自分のために、君が文章を書くことは素晴らしい”と
”そうして苦しんで生きる生活そのものが、意味がある営みなんだ”と。
そうやって今の僕の行いを全力で肯定してくれたこの2冊は、今の僕にとってはすごくありがたかったです。

もしまた何か行き詰ることがあったら、そのたびにこの2冊を読み返したいと思います。











去年の春ごろだったか、実家に帰省してみると、空き家になった隣家にタヌキが住み着いていた。
「畑を荒らされそうでなぁ、困るんだよなぁ」なんて伯父さんはぼやいてたけど。

子どもを連れてポテポテ歩くタヌキの親子が隣家にいついているのを、何故か憎みきれない自分がいるのだった。

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