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ショートショートバトルVol.6〜「まつげボーン」南軍(緑川聖司、尼野ゆたか、延野正行)

(お題:ほんま本)(ムード:キュンキュン)

【第1章 緑川聖司】

 20回目のコールを聞いて、わたしは電話を切った。メールもラインも返事がないし、電話もどうせ居留守に決まっている。一応の締切はとっくに過ぎ、本気の締切も過ぎ、本気の本気の締切も過ぎようとしているというのに。

 わたしは大きくため息をついて、栄養ドリンクを一気に飲んだ。

 憧れの出版社に就職して五年。念願叶って文芸部に配属され、男子高校生があべのハルカスと恋に落ちる話で大阪ほんま本大賞を狙っているのだが、いっこうに原稿があがってこないのだ。

 こうなったら、家に押しかけるしかないか-ーわたしが立ち上がろうとしたとき、机の上の電話が鳴った。反射的に伸ばしかけた手を、直前で止める。電話のランプは、電話が内線ーーそれも、同じ部署内からかかってきていることを示していた。

 わたしは真っ暗なフロアを見渡した。この残業代削減のご時世、フロアに残っているのは、わたしひとりだけだった。

 そういえば、先輩に聞いたことがある。夜、女性がひとりで遅くまで残業をしていると、失恋で自殺した女性編集者の霊が電話をかけてくるというのだ。


【第2章 尼野ゆたか】

 「もしもし」

 わたしは、電話を取った。

「こんばんは。まだいたんですね」

 深い悩みを感じさせる声が聞こえてきた。

「いいです。答えなくて、聞くだけで。ーー聞いてくれる、だけで」

 相手は、一方的に話し始める。

「やっぱり、つらいです。胸が、痛いです。死んでしまいたいくらい」
 わたしは息を飲む。

「失恋、しちゃうのかなって。彼ったら、ほんま本大賞を口実に作家と何度も連絡して。何度も何度もかけなくていいのに。きっと、できてるんです。そういう話、よく聞きますし」

 相手は、話し続ける。

「だったら、もう終わりにしようかなって。今もSNSでまつげをぼーんと盛りまくる動画をみて勉強してたんですけど、全然ダメ」

 そこまで言って、相手はため息をついた。

「聞いてくれてありがとうございました、先輩」

 そう言って笑うと、相手は内線を切った。

 わたしはーー伊藤雅彦は、受話器を持ったまま固まる。

 わたしの務める出版社・春巻(しゅんかん)社は、この出版不況の時代に大ヒットを飛ばし、事業を拡大し続けている。たとえば看板タイトル「株式会社フレンドリーシリーズ」は、十ヶ国語に訳され累計七千五百万部を記録している。実用書「いいねがついたら連絡終了にすれば、仕事は百倍早くなる」は、重版を重ね現在は520版を記録している。

 なので、文芸部は三フロアにわたる大きさを有している。今のは多分、下の階ーー第一文芸部からのものだ。

 なぜそんなことが断言できるのか? それは、声の主を知っているからだ。

 島野夏絵。わたしの先輩編集で、担当した恋愛小説「緑川君はまたきてくれる」はハリウッドでティムバートンを監督に起用して映画化され、世界で3000億ドルの興行収入を叩き出した。切れ長の瞳に輝く知性に、わたしは人知れず憧れていた。

 彼女は、ほかの誰かと間違えて、あんな恋の話をしてきた。対象は、多分、わたしだ。

 どうしよう、きゅんきゅんする。


【第3章 延野正行】

  それは僕ーー延野正行に降りてきた声だった。

 緑川先生がはじめに書いたところまではよかった。問題は尼野ゆたかである。あいつは、先日僕がtwitterに「猫庵」の感想を送ると、リプに「お礼にショートショートでめちゃくちゃにしてやりますよ」と宣戦布告してきた。

 まるで最東対地が乗りうつったかのようだ。

 で、悪い予感は当たった。見事に投げっぱなしである。何も話が進んでいない。せめて結末を予感させるような伏線を張ってほしい。

「尼野ゆたかのまつげボーンになれ!!」

 密かに呪いながら、僕はMacの前で頭を抱えた。

 そして冒頭に戻る。声が聞こえてきたのだ。

『まつげボーンか。。。俺やったら、どう書こうかな?』

「え? その声は。。。もしかして誉田先生」

『ああ。延野くん。なんで俺の声が聞こえてるの?』

「いや、それは僕のセリフですよ。いや、でも本当にパームトーンにいるとは思いませんでした。見てたんですね」

『見てたよ。ずっと。いやー、我孫子先生にあの時めっちゃ怒られるし、最東先生には出禁食らったけど、こうやってまた来れてよかったわ』

「そうですね。こうやって参加することができて、それと……また声が聞けてよかったです」

 15分前でーす。

 やばい。

 もう15分経ってしまった。

「誉田先生、色々とお話はしたいのですが、今はショートショートを書かなければならないので……。申し訳ないですけど、なんかアイディアないですか?」

『まつげボーンやろ。それじゃあ、次はしりげボーンやろ』

「…………」

『いや、そのどうしようもねぇなあ、この人ーーみたいな顔をせんといてよ』

「相変わらずだなって思っただけです。まあ、しりげはともかくとして、〈キュンキュン〉なんですよね。割とラブコメ的なオチが必要だと思うんですよ。で、実は僕のデビュー作がラブコメでーー」

『最後にヒロインのまつ毛をボーンと抜いて、、、。そしたら、「この人、私のまつ毛をボーンするなんてす・て・き!」ってなるやん』

「ならねぇよ! 先輩だけど、突っ込むわ! ヒロインがまつ毛を抜かれて始まるラブコメなんてあるか!!!!!」

『延野くん、我孫子先生みたいに怒るようになったな』

「どこ、感心してるんですか! いっそ我孫子先生に失礼やわ。もうちょっとラブコメによってください」

『俺、ラブコメ書いたことないからなあ……』

 そうか。そういうことか。主に時代小説を書いてたから、そこら辺の経験がないんだな。

「わかりました。やはり自分で考えてみます」

 ……。

 あれ、返事が返って来ない。

 もう聞こえなくなったのか。それとも、もうどこかへ行ってしまったのか。

 5分前でーす。

 やば! 全然書いてないんだけど。どうしようかな。これも誉田……いや、尼野ゆたかのせいだ。

 絶対あいつのまつげをあとで、ボーン! してやる。

 俺はポツポツと書き始める。無難な最後しか思いつかなかった。


 また私の元に電話がかかってきた。おそらく島野からだろう。

 あの敏腕編集に私は今手がけている本のアドバイスをもらおうとした。

「阿倍野ハルカスというヒロインのまつげを、主人公がボーンってさせた後に、ヒロインが『素敵!』って言って惚れる話なんですけど、ほんま本大賞が取れるんでしょうか?」

 私はきゅんきゅんしながら、島野からの返答を待った。

(完) 

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6月20日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第16回定例会〜ショートショートバトルVol.6」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、今村昌弘、水沢秋生、尼野ゆたか、稲羽白菟、遠野九重、延野正行、最東対地、円城寺正市、天花寺さやか、大友青、緑川聖司

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。

タイトルになった「まつげボーン」はこんな曲です。


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