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監督インタビュー【音声ガイド制作者の視点から】映画「夜を走る」佐向大監督へ

5月13日公開の映画『夜を走る』は『UDCast』方式による視覚障害者用音声ガイド、聴覚障害者用日本語字幕に対応したバリアフリー版の上映を実施します。Palabraは、この音声ガイドと字幕を制作しました。

今回、初めてご自身の作品のバリアフリー版を制作された佐向大(さこう・だい)監督に、音声ガイドの原稿を書いた松田高加子(まつだ・たかこ)がインタビューをしました。
初めての経験の中で様々な葛藤を抱きつつも、モニター会や収録を通してどのような発見があったのか、作品の話も含めてお聞きしました。

映画の「音声ガイド」って何?と思った方はこちらのnoteもチェックしてみてください。


松田:音声ガイドの初稿をご覧になった時、どう思われましたか?
 
佐向監督:自分の中で言語化できないものを映像化しているので、文字が羅列されたものがバッと来た時、言葉で説明するのはどうなんだろうと少し戸惑いました。視覚に障害がある方に言葉で感じてもらうしかないのは頭では理解しつつ、それが正解かどうか、どうしてもそこは、今でも確信が持てないのが正直なところです。
 
松田:私自身、映像で見せたいと思っていることを敢えて言葉にする、という作業をしているわけなので、常々疑問を持っているので、その言葉はとても納得できます。
ただ、映画は芸術であり、作品である一方で、商業であり、人々を癒したり楽しませたりする娯楽なので、観客なくしては成り立たないものでもあります。
Palabraでは映画を諦める人をなくすことを標榜して日々作業にあたっています。

監督:この映画自体が健常者にとっても、とてもあいまいな要素がたくさんあって、物語もそうだし描写においてもどっちともとれる、物事を確定させない描き方をしているので、伝わるのか不安を感じていましたが、実際にモニター会で視覚障害のある方に観てもらったらびっくりするくらい把握して理解してくれていて、見える人以上に気づいてくれる部分もあって感激しました。
字幕と音声ガイドがあることでよりクリアに届くこともあると感じましたね。


インタビュー前にお話していた時に、昨今では、聴覚障害のあるなしに関わらず、字幕付きの上映が好まれる傾向もありますよ、とお伝えすると、その点はそうなんだろうと思う、と前置きをしながら、観てもらうために必要だということと同時に、作品を作り出す人として「どうなのか?」と感じているジレンマのようなものをご自身の体験と重ねた以下のようなことも話してくださいました。


監督:僕もネットフリックスなど動画配信サービスで古い映画、小津や溝口を観るときに何を話しているのか分かりづらいので、字幕があるととてもわかりやすいと感じます。
ただ、字幕付きだと作り手の立場としては、映像100%より、知覚の部分でおろそかになってしまう気がする、そういうところは望むところではないんですね。

松田:「夜を走る」は余白の多い作品でしたし、おっしゃるように映像で語っていると感じる部分が多かったので、言葉にすることに少しばかり罪悪感がありました。
なので、インタビューをさせてもらおうと思ったりしたのですが。

監督:あ、でも、松田さんの原稿をズレてるなとは思わなかったですよ。
モニター会やスタジオでの収録作業のやり取りを見ていて、説明するタイミング、起点をどこにもってくるか、こっちとしても勉強になる点がありました。最大限の効果をみせるにはどうしたらいいか、映画を作るのと一緒だな、と思いました。

松田:アプリが本格稼働して約6年、日本の映画史が約120年です。
まだまだ歴史は短いと言えるので、なるべく決めつけずに広い視野でいたいとは思っています。今はまだ人生の途中で見えなくなって、音声ガイド付きで観に行こうとは思わない人が多いかもしれない。でもそのうち、(既にいるかもしれませんが) 映画オタクみたいな人が生まれるのではないかと思っています。見えている人と同じように観られる、ということに価値を置くのではなくて、視覚障害ならではの鑑賞法での映画オタク。
その時に、音声ガイドがオフィシャルで監督もちゃんと監修しながら作ったことがすごく重要だなと思っています。今やっていることが視覚障害ならではの映画鑑賞文化を構築する上での一歩になったらいいな、僭越ながら思っています。

監督:今、どんどん技術が進歩していますよね。VRや実際にはその物はないのに、触感を作り出したり。もしかすると目も見えないし、耳も聞こえないけどイメージを共有できたり、SFみたいに脳に直接送り込んで、同じものを体感できる、という可能性もありますよね。

松田:これは、生まれつき視覚がなかったり、幼いころに視力を失った人に多いのかもしれませんが、そもそもの鑑賞方法において、自分自身が映画の中に入る感覚で、という人もいます。四角いスクリーンの中で何かが行われているということが実体験としてないので、そうなるというか。もしVRで自分が主人公になれる鑑賞方法みたいなのができたら境界線がなくなるということに繋がるかもしれませんね。


松田:「夜を走る」の中で、ご自身が気に入っているシーンはどこですか

監督:気に入っている、というシーンを上げるのは難しいですが、うまくいったと思うのは、主人公の秋本がはじめて自己啓発の施設に行って、いきなり頬を叩かれるシーンです。
 
松田:あのシーンは初見の時に声が出ました。

監督:あからさまな暴力、こんなことしてますよ、すごいでしょ、というのは好きじゃなくて。
突発的に起こること、普段の生活の中でいきなり外れたことが起きたときって、暴力か笑いかどちらかになると思うんです。その両方を同時に描くのが理想ですね。ものすごく暴力的だけど何故かおかしい、というような。そのせいで、観た人からは笑っていいのかどうかわからないとよく言われるのですが・・・(笑)
 
松田:ああいうシーンは間が大切だから音声ガイド的にはすごく難しいんですよね。
なるべく同じタイミングで笑ったりびっくりしたりしたいと思っているので。うまくはまっているといいですけど…。

監督:うまくいってると感じましたよ。他にうまくいったのはフィリピンパブで秋本が鏡に映って二人いるように見えるところです。秋本という人間が前半と後半で違う人のようになったり、秋本ともうひとりの主人公、谷口が同じ人間のようにも見える。一人しかいないけど二人、二人だけど一人、というのは常に考えていました。

松田:うう…あのフィリピンパブのシーン、迷ったんですよ、鏡のことを入れるかどうか。でも、秋本の態度の違いの方を優先させてしまいました。そういうことは、是非、次回からは言うだけ言っていただきたいです。(笑)反映するかどうかは別として知った上で書くのとでは全然違いますから。

監督:結局、目が見えてる人でも意識の中で切り捨ててる部分はたくさんあり、把握しているのは60%くらいなんじゃないでしょうか。言葉でああやって展開させて説明すると全部見せることになるから、
どこを捨てていいのかわからなくならないのかな、と思ったんですよね。

松田:音声しか聞いていない人も、目が見えている人と同じだとは思います。皆さんそれぞれ聞いていない音声ガイドってあるし、聞きたいガイドだけが印象に残っていたり。私が初見で気づかなかった情報があったとしても、だから原稿にも書かないようにしよう、というのは「私の主観」になってしまうので、勝手な判断はしないように意識しています。私が落とした箇所に対して、むしろそこしか見てない人もいるかもしれないですし。


佐向監督は、バリアフリー日本語字幕のモニター会にも参加されました。
そこで音声ガイドモニター会との差異を聞いてみました。


監督:こちらは聴こえているので、特に意識せずにスルーしていた部分がありました。
例えば、冒頭の洗車機のシーン。聴覚障害のあるモニターさんには、大きな音がしていると思わなかったと言われた。その当然のことに気づかされましたね。

松田:先程と同じように、どうしても難しい部分は残しつつですが、
いずれにせよ作品は伝わったと思いましたか?

監督:それは思いました。あ、そうだ。谷口が恋人の部屋でトイレに行くシーン。
恋人が、「座ってやってよ」って言った時に、座ってやってないことが何故分かるのですか?
と訊かれました。高低差による音の違いがあることに驚かれていました。
その後、そのことにまつわる話で盛り上がりました。


私は、映画から派生してその場が盛り上がる、といったエピソードが大好きなので、字幕のモニター会にも参加すればよかったと思いながらお聞きしていました。
インタビューに立ち会ったPalabraスタッフが音声ガイド付きでも是非観てみたいと思ったとお伝えすると、佐向監督から、松田さんの音声ガイドは意図をせばめることなくフラットに説明しているので、是非そちらも楽しんでみてください。という言葉を頂きましたことを自慢させてもらってインタビューの〆といたします。


インタビュー後の松田の呟き


佐向監督がご自身の作品に対して真摯な気持ちで向き合っているからこその音声ガイドへの戸惑いの言葉をお聞きしましたが、だからこそ、監督ご自身の答えが出るまで、とことん作品のバリアフリー制作をやっていただきたいと思いました。そして、作品性を大切にしているPalabraにとっても無視できない映画製作側の気持ちであると共に、やはりとことんバリアフリー制作をお手伝いさせてもらわなければと思いを強くしました。そして、個人的には映画を介して考えや感想を交わすということがやはり好きだ、と呑気に考えたりもしておりました。
映画「夜を走る」 5月公開 お楽しみに!

夜を走るタイトルロゴ画像

5/13(金)よりテアトル新宿、5/27(金)よりユーロスペースほか全国順次公開

音声ガイド
『UDCast』アプリをインストールしたスマートフォン等の携帯端末に、作品のデータをダウンロードして、イヤホンを接続してお持ちいただければ、全ての上映劇場、上映回でご利用いただけます。
日本語字幕
『UDCast』アプリをインストールした字幕表示用のメガネ型端末に、作品のデータをダウンロードして、専用マイクを付けてお持ちいただければ、全ての上映劇場、上映回でご利用いただけます。
また、スマートフォン等の携帯端末用にも字幕を提供しております。対応劇場を事前にご確認のうえご利用ください。
ご利用の際は、画面の点灯等により、他のお客さまの鑑賞の妨げにならないようにご注意ください。


【キャスト・スタッフ】
監督・脚本:佐向大
キャスト:足立智充(あだち・ともみつ)、玉置玲央(たまおき・れお)、菜葉菜(なはな)、高橋努(たかはし・つとむ)、玉井らん(たまい・らん)、宇野祥平(うの・しょうへい)、松重豊(まつしげ・ゆたか)

【イントロダクション】
使いものにならなくなった部品はいとも簡単に交換され、何事もなかったようにぐるぐる廻り続ける社会。悪が悪を生み、嘘に嘘が塗り重なり、弱いものがさらに弱いものを叩く。そんな無情の世界に真正面から立ち向かい、救済の可能性、解放への道標を探る映画が誕生。興奮に満ちたサスペンス、一寸先は予想もつかぬ怒涛の展開、そのあいまに漲る切々たるリリシズムと無骨なユーモア──観る者を異次元へと連れ去る怪物的傑作、それがこの『夜を走る』である。
キャストには日本映画界を代表する実力派俳優が集結。主演の秋本に『きみの鳥はうたえる』など数々の作品で幅広く活躍する足立智充。絶望と希望の狭間でもがく男を変幻自在に体現。谷口に『教誨師』の死刑囚役で毎日映画コンクール新人賞を受賞、NHKドラマ「おかえりモネ」などでも印象的な姿を見せる玉置玲央。他に『夕方のおともだち』の菜葉菜、『新聞記者』の高橋努、『罪の声』の宇野祥平、本格的な映画初出演の玉井らん、そして松重豊など個性豊かな面々が顔を揃える。監督は、死刑囚たちと対峙する聖職者を描いた大杉漣最後の主演作『教誨師』で高く評価された佐向大。構想9年、本来なら大杉初のプロデュース作となるはずだった渾身の一作を、練りに練られたオリジナル脚本で完全映画化。

【ストーリー】
郊外のスクラップ工場で働くふたりの男。ひとりは40歳を過ぎて独身、不器用な性格が災いして嫌味な上司から目の敵にされている秋本。ひとりは妻子との暮らしに飽き足らず、気ままに楽しみながら要領よく世の中を渡ってきた谷口。退屈な、それでいて平穏な毎日を過ごしてきたふたりだったが、ある夜をきっかけに、彼らの運命は大きく揺らぎ始める・・・・・・。

(C)2021『夜を走る』製作委員会
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム

佐向監督の画像
佐向 大 Sako Dai
1971 年、神奈川県出身。自主制作のロードムービー『まだ楽園』(06)が各方面から絶賛され劇場公開を果たす。死刑に立ち会う刑務官の姿を描いた吉村昭原作の『休暇』(08・門井肇監督)では脚本を担当、ドバイ国際映画祭審査員特別賞、ヨコハマ映画祭主演男優賞(小林薫)、助演男優賞(西島秀俊)を受賞するなど国内外で高く評価された。10 年に『ランニング・オン・エンプティ』で商業監督デビュー。同年、芥川賞作家・⽞侑宗久原作『アブラクサスの祭』(加藤直樹監督)の脚本を手掛ける。18 年には大杉漣最後の主演作『教誨師』の監督・脚本・原案を務め、大杉に日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞をもたらした。
松田 高加子 Matsuda Takako
2001年に視覚障害のある人と映画を観るグループ「シティライツ」に参加。 音声ガイドを当たり前のものにしたいと活動を続ける。配給会社勤務を経て、現在は、Palabraでの映画の音声ガイド制作を中心に、映画だけに留まらない制作にも挑戦中。映画の持つ<人と人を繋げる力>にあやかって日々邁進。

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