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up-tempo work  3章 No.2

  ドアを開けると取り付けられた鈴が『カランコロン』と心地よく鳴った。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは〜、昨日はごめんなさい」

頭を下げながら、会計を後回しにしたことを謝ると、「ガラテア」のマスター後藤寿史は笑顔を浮かべて目で合図をする。

視線の先を見ると、カウンターに神崎美寿江が座っている。
白いスーツの彼女のその姿は、百合の花でも飾られているかのような華やかさだ。

「久しぶり」
私は美寿江の隣の椅子に座った。

「あゝ、りこ。『久しぶり』ってそうね。
言われてみると1週間ぶりくらいかしら」

「そうよ。ここの所、何の連絡もくれないからさ、どうしているかと思ってた。
何かいいことでもあったのですか〜?」

少しふくれっつらをしながら、マスターにエスプレッソを頼んだ。


Ryo Mashiro

※ Photo B y 涼

 美寿江との付き合いは、学生の頃と何も変わらない。

美寿江は、日常が好調に進んでいる時は......、
特にご主人『啓介』との時間がバラ色の時ほど連絡が無い。

「や〜ね。嫌味?」
クスクスと笑っている。
どうやら順調のようだ。

「まぁね、この間一人事務の女性が入ってくれて、とっても、いい人なの。長く働いてくれるといいなぁ」
「そりゃ、あなたがきついその口調で、あれこれ言わなかったら、大丈夫じゃない」

微笑みながら私たちを見ると、マスターがエスプレッソをカウンターへ置いた。

「りこちゃん、こらこら、言い過ぎ」
マスターが嗜めながら、笑っている。

 美寿江は薬科大を卒業した後、大学に残るのかと思ったら、あっさり、ご主人である、啓介さんの病院で調剤薬局の手伝いをしている。

「ねぇ、りこはその後、どうしたのよ」
「それがねぇ.....」

すると、マスターの手も止まり、微かにピクリとしてこちらを見る。

また、ため息が出てしまった。

「何よ〜、りこらしくないじゃない。ため息なんて薄気味悪い」
「薄気味悪いなんて失礼でしょう!もぉ〜」
思わず口が尖る。

「ごめん、ごめん。だって、
あなたがそんなしょげることなんてないじゃない」

「そうね、そうよね......」

また、しんみり肩を落とすと、
美寿江が心配そうに顔を覗き込んだ。

「ほ〜ら、言っちゃいなさいよ。スッキリするわよ」

また、ため息をついてから、いきさつを話した。

「そう、そんなことがあったの.....。でも、桜樹君も知ってるんだ。
良かったじゃない。それだけでもラッキーじゃない?
彼元気?随分会ってないけど」

「桜樹は元気なんじゃないかな......?忙しそうだったけど」

 桜樹に子供扱いされたことは言わなかった。
それだけは、子供の頃から一緒だったのに、
先を越されたようで、どうもシャクに触る。
自分の沽券に関わるような気がしたのだ。

「どうなのかなぁ、同じ営業でも一緒に仕事しているわけじゃないし、
よくわかんないや」
「そう」

美寿江は心配そうに私を見ながらコーヒーカップを撫でていた。

 沈黙したままゆっくり時が過ぎていく。

すると、美寿江の携帯が鳴った。
画面を確認した美寿江。

「ちょっと、ごめね。啓介からだわ」

「もしもし〜。うんうん......はい、わかった。
じゃぁ、また、あとでね」

電話を切ると、美寿江は私を見て、困惑顔をしたものの、
そこは、姉御肌のような美寿江である。
一緒に塞ぎ込んでは、意味がないとでも言いたげに笑顔にかわった。

「これから、啓介と待ち合わせて食事することにしたわ。りこ、元気出しなさいよ」
そう言って肩をポンと叩いて店を出て行った。

マスターは黙ってコーヒーを淹れている。

ーー1人残っていても仕方ない。
今日は帰ろう『明日は明日の風がふく』そんな言葉があった、
どうにかなるさ。

「マスター会計お願いします」
「今日は払って帰るんだね」

マスターが軽くウィンクして微笑んだ。

(つづく)


(今回の写真は六本木 )


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