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up-tempo work 第2章 「辞令」No.1

「どうしよう」
諦めるにも諦められない、ため息ばかりが出る。天国から地獄へ突き落とされた気分で私はコーヒーカップを前にしていた。『思い出すのも嫌だ』
......


 入社が決まり会社へ向かう、
目の前に開かれる新しい世界。
希望に満ち、清々しい朝に軽快に歩く、
新しい社会のはず、
夢と希望の門出のはず.......
そのはずだったのに、何かから突き落とされたような気持ちで私は馴染みの店のコーヒーを前にして、口もつけられず俯いていた。


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  店のマスターも心配そうにチラチラと見る。
その視線は入るものの、いつものようにマスターに「ねえ、聞いて聞いて〜」とは言えないのだ。

それもそのはずだ。
この間は、採用通知が届いて喜び勇んでマスターに伝えに来ていたばかりなのだから。

 落ち込んでも、普段の私ならあれやこれやとマスターに全部ぶちまけては愚痴を言い、マスターがにこやかに「そうか、そうか」と聞いてくれて、時には「そりゃぁ、りこちゃんも悪いよ」とやんわり言ってくれたりもした。

どうも、今日はいつもの私とは違う様子を察知したのか、マスターから声をかけてくることもない。

辞令がおりた。

私の入社採用通知から事務員として配属部署が最初知らされたのに、何故か、実際に言い渡されたのは営業部署への配属だった。そこからすでに私の夢は崩れたのかもしれない。
ため息がでる。
  事務部署にはキラキラした女性たち。
「先輩たちのようになりたい」
  一目で憧れを抱いた生き生きと煌びやかに輝いて見える女性たちが目の前にいる。

 女の子らしさに欠けるこんな私にでも(女性らしさの欠如は自覚していた)普通のOL生活が始まって、お洒落して好きな靴を履いて通勤してランチには時々はお洒落なランチタイムもあるよね、仕事の愚痴や彼氏の話に華が咲いて.....
キラキラした女の子らしい夢が目の前に広がる。

私もきっと目の前にいる女性たちのように女性らしくなれるよね。

夢はどんどん広がっていた。

 ところがだ、
「わぁ、苦手なタイプ」「何だろう、この威圧感たっぷりの人」
その男性を見た時、瞬時に心が呟いた。
 営業部署からたまたまだろう、事務へ尋ねてきていた男性が一人の女性の後方でふんぞりかえって足を組んで座り、
「それでね、君......」と話かけている。

その光景いる男性を見た瞬間、
『わぁ、関わりたくないタイプ。でも、営業の人ようだから部署も違うし、会社に行っても話すこともそうそう無いだろうから・・・
それに、私みたいな新人には用事もないだろうから、気にしない、気にしない』
また、心が呟いて自分を立て直す。

 人付き合いも割合いい方で、特に嫌がることもなく、分け隔てなく(多分)付き合うタイプの方であったはずの今までの自分分析。
それほど、極端に人を嫌う性格ではなかったはずなのに、何故なのか自分でもわからないけれど、その男性を見た瞬間から苦手と私の中で極端な分別した。

ところがだ、
ところがである。

予想外の、部署への配属。
部長のデスク前にいる私『りこ』に部長が
「間宮さん、君は明日から大竹さんの直属の部下として仕事頑張ってね」とにこやかな笑顔を向けた。

「大竹くん、ちょっと来てくれる?」手をおいでおいでをして呼んでいる。

『大竹さん?誰だろう』部長が手招きする方へ視線を向けた。

視線の先、部長に呼ばれた大竹という男性は、デスクに向かうわけでもなく、ただ自分の席で腕を組み椅子の背にもたれて目を瞑っている。
部長に声をかけらても、なお、大竹という男性は一度では目を開けもせず、椅子にもたれかかり目を閉じたままである。


再び部長が「大竹くん、大竹くん」三度ほど大きな声で呼ぶと、ようやく、その大竹という男性は目を開け、取り立てて急ぐわけでもなく、首のこりでも解しているのか、頭を真横左右に動かし、ゆっくりと立ち上がりスーツのポケットに手を入れて部長の前に立つ私の横へやってきた。


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続く


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