23.02.18 手離すからこそ価値が増す

おはようございます。
今日は『手離すからこそ価値が増す』について書いてみようと思います。

1.「負かす」のではなく「任せる」

少し前、職場の先輩から
「藤輪さんは引き算で仕事が出来ているから大丈夫ですね」と言われました。最初は何のことかわかりませんでしたが、少し時間をおいて「あー、そうですね」と答えました。

職場では課長という立場でマネジメントをしています。もちろんリーダーシップも大事ですが・・・。

僕には苦い経験があります・・・

5年前、僕は昇進して課長となりました。課長として課員の指導に燃えていた僕でしたが、その気持ちが空回りし一時的に課内を混乱させてしまいました。

橋梁点検に関して他団体に出向していた僕は、出向から戻り課長となりました。その経験を課員に伝えなければと使命感にかられ、僕は課員が作ってくる資料に対してよく指摘をしていました。

基礎知識のない職員ならそれでもよかったのですが、ある程度知識を持っている職員にはこれまで自分が学んだことが否定されていくので面白くありません。

どちらが正解というわけでもなく、どちらも正解と言える部類の事ですが、自分の枠にハメようとする僕の圧が数名の職員に混乱を与えました。その結果、関係性は悪くなりお互い腫れ物にでも触るかのように会話がギクシャクしてしまいました。

課長になって8カ月が経ち、ギクシャクしながらも相変わらず指摘をしまくっていた僕は仕事に時間がかかり、残業を良くするようになりました。そんな状況に疲れた僕は「あれ?これだけ指摘をしまくっているんなら、僕が全部した方がよくない?」と思いました。

そうすると、これまで僕の中に絡まっていた変な糸がするすると解けるように思考が回り始めました。

 僕が全ての仕事をする
 →それはムリ
 →だからこそ課員に任せている
 →任せているなら課員の裁量にある程度任せるべきではないか
 →僕が任せるレンジを広くして仕事を手離さないと前に進まない

僕は職員の自主性に任せようと思っていましたが、やっていることは職員の気持ちを負かしていただけでした。それでは主体的に業務に取り組んでくれません。

そう思った僕はそれ以来、細かな指摘を控えるようにしました。もちろん、言いたいことはいろいろありましたが、我慢していました。

2.引き算が掛け算になる

細かな指摘を控え、職員の自主性に任せつつ、本当にマズい部分だけ指摘をするように指導方法を変えました。

ある程度経験のある職員には細かな指導をせず、経験の少ない職員には一度指導をして、そのあとはくどくど指摘することを控えました。

そうすると、僕の作業は減り残業は少なくなりました。業務のクオリティに関しては目標としているものには届いていませんが、でも十分なモノにはなっていました。

あれから5年が経ち、いま職場はどんな状況になっているかというと、それぞれが独自の環境で学び、色々な知識がたまり始めました。僕の知らない範囲の知識も結構あり、業務の質は格段に上がりました。

しかも、複数の課員が切磋琢磨しながらクオリティをあげていったのです。

5年前、僕は足し算の仕事をしていました。

自分がしなければという使命感にかられ、色々なことを引き受けるようになり、自分のスペック以上の仕事をすることで自分自身が疲弊しました。また、今思うとロボットのように扱われていた課員は自主性を発揮できず、課員のクオリティは伸びませんでした。結果的に生まれたものは本来発揮できるだけのクオリティに到達出来ていなかったように思えます。

その後、僕は引き算の仕事をしました。

与えられるものは課員に任せ、僕は出来るだけマネジメントをし、技術的に足りない部分に関して少しアドバイスを送る程度にしました。すると、課員は主体的に考え、色々な工夫を自分なりに行い、僕が想像できなかったものを創造し始めました。

3.まとめ

引き算の仕事は結果的に掛け算になる。
足し算の仕事は結果的に割り算となる。

任せることは難しいですが、勇気をもって任せることで、チームの価値が高まることを僕は身をもって学びました。

チームビルドはなかなか難しく、日々考えながら過ごしていますが、上手くいった時は僕ではなく僕の仲間たちが結果を出してくれるので、より喜びが大きいです。

手離す部分とホールドする部分、そのチューニングは難しいですが、仲間の振舞いや言葉を受け取ることでチームの価値が高まると思います。

日日是好日

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