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第14回 映画「52ヘルツのクジラたち」(成島出監督)

どうも。自家焙煎珈琲パイデイアです。
今回の書き留めは映画「52ヘルツのクジラたち」です。

南洋諸島のさかなクンみたいな帽子を被った本作の関係者から、「映画が転けて早めに終わりそう」という連絡をもらって急いで翌日のレイトショーで観てきました。

端的な結論から言えば、どうしてこの映画が転けているのか、分からないくらい、いい作品でした。
登場人物の抱えるものが重たすぎるから、流行らないのでしょうか。
頭を空っぽにして見れるような映画では決してありませんでした。でも、映画を観るということは、つまり、他者の物語を覗き見る、ということは時として、自分のコンテクストにはない、ある種の異物を取り込むことである側面も必要だと思うのです。
そういう意味で、今作も含める、娯楽としては観れない作品、はかなり重要だと思います。
もし、頭を空っぽにしては見れない、という点が作用して、転けているんだとしたら、映画のこの先がちょっと不安。

さて、これは長くなりそうです。箇条書き的に挙げていきます。

まずは、キナコの拒絶に関して。
劇中、杉咲花さん演じる主人公の三島貴瑚を縛り付ける人物が二人現れます。
義父の介護のために縛りつける母親(真飛聖さん)、愛人として縛り付ける新名専務(宮沢氷魚さん)です。
二人に共通するのは、アンさん(志尊淳さん)が名付けた「キナコ」という名前を拒否しているところです。
千と千尋的というか、自分がよく認知している存在に違う記号が当てがわれることへの拒絶、というのは自分へのテリトリーから離れていくキナコへの拒絶そのものでしょう。
新名に関しては「僕の大切な人をそんな名前で呼んでほしくないな」という趣旨のことまで言っています。どんな名前で呼ぶかは、キナコとアンさんの関係性の話で新名が、自分が介入する隙があると思っている時点で、おかしな感覚じゃないでしょうか。
母親と新名の二人にとって、キナコは自由にはさせない所有物という、精神的拘束を端的に描写したシーンだったように思います。
二人がキナコへ暴力を振るシーンで視覚的に、「キナコ」という自分以外の人間がつけた名前を拒絶することで精神的に、という2点でキナコを支配していく二人が重ねわせられていたのは非常に効果的だったと思います。

冒頭のキナコ元風俗嬢疑惑。
まだ、観客にもキナコが何者なのか物語が始まる前に最初に与えられる情報として、キナコが元風俗嬢だった、という噂はかなり印象的です。
しかも、当初キナコはそれに対して「半分当たっている」と答えるので、なお印象を強めます。
結果的には当たっているのはおばあさんとの関係で、風俗嬢であることは否定されます。
このエピソード必要かしら、と思うのです。なんかここで風俗嬢って都会でうまく行かなかった人間の記号はとしてはかなり安っぽい気がするからです。
しかし、今となってみては倍賞美津子さん演じる村中のお婆さんのためにあるのではないかと思いました。
早送りして、最後のシーン。街の集会で村中のおばあちゃんがキナコのおばあちゃんの迷いクジラの話をします。
このシーンで初めてキナコの元芸者だというお婆ちゃんが島のコミュニティに溶け込んでいたことを知ります。
それまでは島の住民は間接的に閉鎖的なコミュニティの中で描かれ、キナコも52(桑名桃李さん)も、そして、過去のキナコのお婆ちゃんも浮いた存在として描かれています。
遡ると、その閉鎖的なコミュニティを最初に印象付けるのが、冒頭の元風俗嬢の噂だったようにも思います。
この噂で島の閉鎖的な印象を与えて、ちょっと息苦しく描いておいて、だからこそ、仕事を辞めてまで島にきた親友の美晴(小野花梨さん)の寄り添う感じなんかが映えると思うのですが、最後の村中のお婆ちゃんが解放させる、という緩急がついて良かったと思うのです。

役者陣が申し分なく、特に池谷のぶえさんと余貴美子さん。
池谷のぶえさんのちょっと世話焼きなおばさん、余貴美子さんの田舎のお袋の感じ、どちらも出演時間は短いものの、出演シーンは印象的で、ターニングポイントとなるシーンに奥行きを広げるような演技。
池谷のぶえさんってブルースカイさん、ケラさんみたいなナンセンスでのコメディも最高ですけど、ああいうシーンでの緊張感は張りつつでも、肩肘張らないというか、力が抜けている演技も素晴らしい。
余貴美子さんも力のある強い女、を抜群にやることもあるし、今作みたいに祈りにすがるような演技も本当にいいです。
こうも手練が集まると、宮沢氷魚さんの激情のシーンがもっと欲しかったような気もしていきます。感情の動くベクトルがどんな感情でも同じ方向な気がして、うーん、伝わりづらい表現ですね、怒りも悲しみも大きくなる表現方法が同じやり口で物足りなさを感じたのが少し残念でした。周りがもうかなりの手練だったからですよ。

なんか横パンが多い気がしたのは気のせいかしら。
多いな、と思っただけで特にこれについて考えたわけではありません。

あとはテーマの扱い方です。
今や、介護、ジェンダー、虐待といった社会問題は扱うことそれ自体だけでは意味を見いだせなくなってきています。どう扱うか、が問われるフェーズに入っているということです。
一昔前は社会問題を題材として扱って、世間に投げかることだけで、問題の認知に一役買った、と評価されましたが、これだけ問題が世間に浸透した昨今においては、適切な扱い方であるかどうか、までが問われてしまいます。
これは作り手にしてみたら、かなり厳しいでしょうね。
今作はこういった問題をプロットの説得力のための道具だけで消費されず、登場人物の立体感を作るために、とても効果的でした。
誰にも聞こえない、というのは物理的な孤独以上に孤独です。物理的な孤独であれば、もはや発信することにも諦めがつきます。でも、誰かに発信して届くかもしれない、という希望が打ち砕かれるのが、聞こえない、なのです。
キナコ、アンさん、52は孤独よりも孤独な中にいる、その絶望がそれぞれが抱えている社会問題を通して、より強く響きました。

兎にも角にも、話題作にならないのが不思議なくらいいい作品でした。
同時期公開に強者が多かったからでしょうか。
これは別に知人が関わったらしい作品だからいうわけではありませんけど。

ただ、レイトショーで見るのはお勧めしません。映画館を出たら、陽の光を浴びたいかも。
関係ないですけど、鑑賞後に陽の光を浴びたい映画ってありますよね。今作も然りですが、私の中ではダントツで「すばらしき世界」です。

というわけで、今週は長々と書きました。
映画「52ヘルツのクジラたち」でした。

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