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金沢小風景

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金沢ハ美シイダケニ非ズ。不思議ナ街デアル。
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2019年5月の記事一覧

本日は天気雷雨のち風強し4

市の職員に石の場所を伝え終え、電話を切ると私を拉致した男は「御苦労だったな」と労い、永安町まで送ると言った。私は少しイラッとしたが、もう関わり合いたくなかった。男の提案を断り、近江町市場で安い豚コマでも買って帰ろうとぼんやり考えていた。

「おぉーい大野君。本当に私、行かなくてもいいんですか?」

離れの引き戸が開き、月夜さんが手を振った。

「大丈夫です。もう解決しましたから」

「たぶん、たぶ

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本日は天気晴朗なり6

石と意志はなかなか動かないものである。筆者はもし、生まれ変わったらというお決まりの質問には「人になんかなりたくない。石にでもなりたい」と答えるようにしている。意味はない。人の世界より疲れないと思うからだ。

丸澤圭一郎は一抱え程の石を動かすのに全力を出しているのにも関わらず全く動かすことができなかった。

「なんで…どうして…く、くそぉ」

石はびくともしない。丸澤圭一郎は自分の非力に情けなさでい

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本日は天気晴朗なり5

休日の静まり返った庁舎に足音が響いた。足音は陸上選手が走るようなスマートで小気味よい音では決して無く、ドタドタとへっぽこで間抜けな音である。へっぽこな足音の主はご存知丸澤圭一郎である。

丸澤圭一郎は大将首を獲った足軽の気持ちだった。先程、大野陽太より電話があり、天気悪化の原因が石浦神社裏にある石がズレているだとわかり、一目散に駆けだした。俺はツイている。石浦神社は金沢市役所から近い。走れば10分

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本日は天気雷雨のち風強し3

家の離れにある茶室のような小部屋に私はまた戻って来た。溜息をつき

「お邪魔します」と木の引き戸を開ける。月夜さんは赤い鮮やかな振袖を着て文机に頬杖をついていた。

「あら、お久しぶりですね」

「お久しぶりじゃないですよ。なんでわけのわからないことに巻き込むんですか」

月夜さんは悪戯をした子供みたくクックッと笑った。笑いごとじゃあ無いよまったく。

「あなたは本当に良い人だから何をしていようが

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本日は天気晴朗なり4

テレビ局が天に昇る龍を天狗が鷲掴みにして一緒に遊泳飛行している映像を流そうと市に許可を求めるため何度も電話を掛けてよこした。やれ「報道の自由だ」やれ「我々は権力の圧力には屈するつもりはない!」と電話を取ると喚き散らされた。うっさい黙れ。と言いたい気持ちを何とか堪えて丸澤圭一郎は平謝りをして断った。

先程、電話で無事大野陽太を金城月夜の元に届けたと加賀尋ね人探索方から連絡を受けて、この苦しみもあと

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本日は天気雷雨のち風強し2

私は金沢市役所の地下の一室に幽閉されている。私が麗しの乙女だったら誰かが助けに来てくれるのだろうが、残念ながら私は冴えない大学4年生だ。誰も気にかけてくれるはずもなかった。

ドアが開いた。目が血走った男が1人入って来た。

「君が大野陽太君か。手荒な真似をしてすまなかったね。僕は金沢市役所 市民生活課の丸澤圭一郎と言います」

「違いますって。私は石坂勉三です」

男は「は?」と驚いた顔をした。

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本日は天気雷雨のち風強し1

私は着慣れないリクルートスーツに身を包み永安町のバス停でバスを待っていた。天気予報では雨雨足が強まる恐れがあると言っていたので傘を鞄と共に握りしめ決戦に備えていた。何の決戦かって?これから企業面接なのだ。就活学生に土曜も日曜も無い。来いと言われれば雨が降ろうが龍が空を舞い火を吹こうが面接会場に行かねばならない。そう言えば、今朝のテレビで金沢の上空に龍のようなものが見えたと言ってたな。嫌な予感がする

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