本日は天気雷雨のち風強し1

私は着慣れないリクルートスーツに身を包み永安町のバス停でバスを待っていた。天気予報では雨雨足が強まる恐れがあると言っていたので傘を鞄と共に握りしめ決戦に備えていた。何の決戦かって?これから企業面接なのだ。就活学生に土曜も日曜も無い。来いと言われれば雨が降ろうが龍が空を舞い火を吹こうが面接会場に行かねばならない。そう言えば、今朝のテレビで金沢の上空に龍のようなものが見えたと言ってたな。嫌な予感がするが私にはもう関係ない。そういうのとはこの間の卒業式で縁を切ったのだ。私はいたって普通の大学4年生なのだ。普通の企業に就職し、普通の恋愛をして、普通の家庭を持つ。これが望みだ。

「失礼ですが、大野陽太様ですか?」

「違います」

立派なスーツを着た背の高くガタイの良い見知らぬお兄さんが私の名を呼んだ。私の危機アンテナが反応した。イエスと答えると面倒なことに巻き込まれるに決まっている。巻き込まれると面接に遅れる。というか下手したら行けなくなる。約束を破るというのは社会人としてあるまじき行為だ。

「大野陽太様、ですよね」

「誰でしょうその人は。私の名前は石坂勉三ですが」

「大野陽太様であるはずだ。でなければ私の問いに反応しないでしょう。私は金沢市役所の者です。緊急事態です。市役所まで来て下さい」

「すいません。おっしゃっている意味が分かりません。バス停には私とあなたしかいないし、あなたが知らない名を呼んだので私に言っていると思うじゃないですか。失礼します。バスが来ました」

雨が急に降って来た。天気予報が当たったみたいだ。金沢駅行きのバスが停まりドアが開いた。私はバスに乗り込んだ。お兄さんはバスに乗らず私を見送った。よかった。ばれなかったみたいだ。

「ご乗車ありがとうございます。このバスは金沢駅行き…でしたが金沢市役所行きへ変更になりました。途中他のバス停へ停車することはございませんご了承ください」

私は唖然として揺れる車内の通路を歩いて乗務員へどういうことか問いただした。

「すいません。市からの命令なんです。危険ですのでお座りください」

やられた!どうなってるんだこれは!バスはスピードを上げ大道割口、涌波2丁目と次々と通り過ぎて行った。雨は次第に強くなり雷が何度も轟いた。


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