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しあわせってなに?②


この記事の続きです。

つまり、一般的にしあわせというものは固定化されたものではなくその時々の自分の環境や心境によって変化する流動的なものでもあると思うのです。

目の前に現出している現象や現実から、自分がどう感じるのかということではないかと思います。

パートナーがいても、いろいろ意見が合わなくて衝突ばかりしていて不幸だと思うこともできるし、

逆にいろいろ相手にも欠点はたくさんあるけど、自分自身も完璧ではないし、わたしとしては一人でいるよりもパートナーがいてくれた方がやっぱり幸せだなと思うこともできます。

まったくの自由です。

そして、しあわせだということは、『しあわせだと感じている自分の心が在る』ということだと思うのです。

〇〇だから=しあわせ。
△△だから=不幸。

などという万人向けの公式のようなものではなく、また頭で考えるものではなく、『これがしあわせだと感じている、わたしの心が在る』ということだと思うのです。 


その基準というのは人それぞれであり、モノを買ったり所有するものが多いほどしあわせを感じる人もいれば、
自分の成績がよいことや役職や立場が他の人より上だということにしあわせを感じる人もいると思います。

または、目には見えないけれど、他の人の優しい気持ちに触れたとき、両親の深い愛情に気づいたとき、さわやかな風に吹かれる瞬間、美しい夕日や星空を眺めるときなどに、最高のしあわせを感じる人もいると思うのです。

✴︎

だから、しあわせというのは自分の心の感じかた次第だということなら、ずっと不幸でいる必要はないし、ずっと幸福でいることもできるということではないかと思います。


つまり、『わたしのしあわせは、今のわたしの心の感じかたのあらわれ』だということですよね。だから、自分の心はどんなときにしあわせを感じるのか?どんなときに不幸だなと感じるのかを、まずは、自分自身をよく知ることが大切なのではと思います。

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頭で考えるのではなく、自分の心の奥深くに問いかけてみる。繰り返し、繰り返し、繰り返し…。ノートなどに書いて文字にしてみると少しは俯瞰して客観的にみることができるのでおすすめです。

そうしてみると自分が気づいていなかったしあわせにいっぱい出会えるかもしれません。でも、逆に自分が無理をしていたことに気づくことも、あるかもしれません。

それがわかったら、自分のなかでしあわせの基準を自分の心とすり合わせていくと、だんだん本当の自分が望んでいたとした幸福というものがみえてくるのだと思います。


それをせずに、常に他の人と比べたりばかりしていると、なかなか本当のしみじみした幸福感を味わうことはできないと思います。

だから、あのひとはしあわせそうなのに、何でわたしはしあわせになれないんだろう…。という気持ちになる。
これは自分自身に対して失礼だし、不幸のスパイラルに陥ってしまう。

そこから抜けだしてみませんか?

続きます。


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