見出し画像

データ分析のマネジメント論2:アナリスト育成への向き合い方

この記事について

以下の記事に続く2本目の記事です。

前記事では、データ分析組織の役割や成長フェーズについて概観しました。この記事では、実際にマネジメントとしてどのようにアナリストメンバーに向き合っていくかを考えていきます。前提として、ある程度段階が進んだ(前記事との対応でいうと、効率化がある程度進んだ後半のフェーズの)分析組織を想定します。

Disclaimer
● 所属組織における評価や採用基準についての言及ではありません。
● toCのモバイルサービス(ゲーム、タクシー配車、オンラインデーティング)での著者の経験をもとにまとめています。なるべく一般化できることを意識したつもりですが、当てはまらないドメインや組織もあると思います。
● ある程度成熟した分析組織の話になります。データ基盤が運用されていて、KPIのモニタリングやアドホック分析が周っているフェーズの組織を念頭に置いています。
● データサイエンティストや機械学習エンジニアについての言及ではありません。「社内の意思決定のためにデータを使うアナリスト」にスコープを限定し、DSやMLについてはまた別の機会にまとめられたらと思います。
● 同様にデータマネジメントについても言及は少ないです。
● どちらかというとマネージャー向けの内容になります。

ここでは話を単純化して、アナリストの成長を「ジュニア」「ミドル」「シニア」の3つの区分として整理し、それぞれの境界にどのような壁があるのか整理します。

画像5


ジュニアアナリストのマネジメント

データアナリストである以上、まずは分析依頼を安心して任せられる状態になることが大前提です。分析タスクは一般的に「要件の定義」「データの加工」「相手に伝わるようにまとめる(レポート)」といった一連のプロセスとして定義されます。

画像2

一見すると単純なフローに見えますが、このタスクブロックを進める際には様々な落とし穴があります。
● 依頼の内容を正しく理解できているか(「誰の」「どんな」課題を解決するための分析か、足りない情報を取りに行けているか)
● データ集計は問題なくできているか(テーブルの不整合、クエリミスはないか)
● 依頼者にちゃんと伝わるレポートになっているか(数字の定義はされているか、誤解されないグラフを作れているか)
など、気をつけないといけないことは多いでしょう。

どこかで躓きやすい状態だと、マネジメントコストがかかったり、チームの信頼感に影響してしまったりします。例えば、検算をせずに集計ミスが多い場合であれば、結論が本当に正しいのか確認する工数が必要になりますし、ふわっとした要件のまま作業に着手してしまう場合であれば、結果が本当に求められているものなのか確認するコミュニケーションコストが発生します。分析は正しくても上手く伝えられていなければ誰かが伝達をフォローしにいく必要があります。安心して任せれる状況を作るために、躓いてほしくない観点を言語化しましょう。

具体的にどのような観点に気をつけて分析するべきかは、例えば以下の「価値のある意思決定」で紹介した項目や、「正しさ」「正確さ」「納得感」のフレーム(『「意思決定のROI」という考え方』より)が参考になると思います。

ジュニアなメンバーが次のフェーズに成長するには、分析タスクを「大きな失点なく」完了できることが必要になってきます。この「大きな失点がない」というところがポイントで、全ての工程をきちんとこなすには相当の経験を積まないと難しい(ので、完璧を前提にしてはいけない)のと、分析アウトプットの水準は一番パフォーマンスの悪い工程で決まる(ので、大きな失敗を避ける必要がある)のが理由です。特にミスをしやすいのは、入り口(要件定義)と出口(レポーティング)です。メンバーのドメイン知識や組織の背景知識が薄い場合には「なぜ依頼者はこのような依頼をしているのか」という背景を共有したり、レポートが伝わる内容になっているか依頼者視点でレビューしたり、しっかりと付き添ってあげてください。

まとめると、マネジメントとしては以下のようなケアをしていくべきでしょう。

1. 分析プロセスを並走して、型を身につけてもらう
特に、入り口と出口のレビューは丁寧に、妥協しない。

2. チェックリストを作成して、適切にフィードバックする
分析プロセスごとの気をつけるべき項目リストがあることで、フィードバックにも納得感が生まれ、メンバーも次のフェーズを目指しやすい状態が作れます。チェック項目はドメインや組織によっても変わってきます。


ミドルアナリストのマネジメント

ジュニアを超えた頃には、要件が整理された(簡単な)分析タスクは安心して任せられる状態になっています。分析依頼のチケットをどんどん消化して、チームとしても頼もしい存在になっているでしょう。では、このアナリストが次に目指すべき状態はどこでしょうか。「分析組織の役割は不確実性を減らすことである」という前記事の議論を踏まえると「分析によってより多くの不確実性を減らすことができる」というのがひとまずの答えになりそうです。

もう少し詳しく書きます。ジュニアアナリストのパートで出てきた分析タスクのブロックは、要件が定義しやすく、分析難易度もさほど高くないものを意図していました。しかし、実際の業務ではそのような単純な依頼はあまりないでしょう。なんらかしら難易度が高かったり、抽象度の高い課題に答えていかないといけない場面も多いはずです。

画像5

「難易度の高い分析タスク」にも様々な種類があります。

ステークホルダーが複雑
● 依頼の背後に様々な議論があり、そのコンテクストを知らないと正しいアウトプットが出せないような場合
● 分析に際し、他のステークホルダーを巻き込む必要がある場合(例えば、事業インパクトが見込まれる場合はファイナンス部門も最初から巻き込むべき、分析内容によってはプライバシー担当者への確認が必要、など)

解き方が複雑
● 単純なクロス集計では対応できない課題(統計学やデータサイエンスの知識を必要とする分析)
● アンケート分析など、定性調査の技術が必要になってくる課題
● データ基盤に手を加えたり、クラウドやミドルウェアの知識を要求される課題
● マーケティングやファイナンスといった専門知識がないと対応が難しい課題

伝え方が複雑
● 数字が伝言ゲームによって独り歩きする可能性を考慮した、部分最適にならないメッセージング
● 統計学的検定の解釈や、機械学習モデルの指標など、(正確さを失わずに)噛み砕いて伝えた方がいいレポーティング

解き方が複雑なタスクは、アナリストとしてどのような武器を伸ばすかというスペシャリティの観点で評価され、ステークホルダーや伝え方にまつわる複雑さのあるタスクはコミュニケーション(通信不確実性)の観点で評価されます。

組織課題とアナリスト

ここで注意しなければならないのは、上述のような複雑な課題を解決するのは、当然アナリストだけの職責ではないということです。

縦割り組織という構造によってコミュニケーションの質が落ちているのであれば、組織のコミュニケーション設計を見直すべきですし(例えば、意思決定のデリゲーションや、ティール組織やホラクラシー組織への移行など)、データ不整合や基盤のパフォーマンスをアナリストが逐次気にしないといけない状態になっているのであれば基盤整備に注力すべきです。

これらはあくまでも組織課題、マネジメント課題であって、ここに向き合わないで「アナリストのフォロー力」だけに頼るのはマネジメントの怠慢です。その上で、このような例を出しているのは、どんな組織でも程度の差こそあれコミュニケーション上の問題がなくなることはないからです。最近は特に組織がフラット化していく流れもあり、チームが自律的に情報を共有しながら物事を進めていく場面も多いかと思います。そうした背景から、アナリストが分析依頼の背後にあるコンテキストについて理解した上で動く重要性はより高まっているのかもしれません。

データ分析部門を「意思決定をサポートする組織」と位置づけるのであれば、コミュニケーション課題に対しても(あくまで職責の範囲で)関与することになりますし、実際にデータアナリストがこの領域で貢献できるインパクトは大きいと感じます。

ミドルアナリストのマネジメント方針をまとめます。

1. チャレンジができる環境を守る
分析技術を磨いたり、新しい知識を取り入れて引き出しを広げるためには、安心してチャレンジができる土台が必要です。多少の失敗リスクを許容して、メンバーの「これやってみたい(このスキルを伸ばしたい)」というウィルに応えて適切にガイドしてください。現在私のいるエウレカでも試行錯誤があり、上手くいったこと・上手くいかなかったことをいずれ整理したいと思っています。

2. 視野を広げる・視座を高める手助けをする
ステークホルダーがたくさんいたり、コミュニケーションパスが多い問題に対応しようとすると、自分の見えている範囲・想像の及ぶ範囲を広げる必要があります。これは一朝一夕で身につけるというよりは、継続的な経験の蓄積やマネージャーとの会話の中で気づいていくものです。マネジメントとしては、メンバーが取り組んでいることに対して少しだけ抽象度の高い会話をしていったり(例えば、現在取り組んでいる分析が、事業戦略上どのような意味を持つか伝える、など)、さらに裁量を増やして長期プロジェクトを任せていったりするのがいいかもしれません。

3. 状態目標としての Must と Better を定義・管理する
細かいプロセスレベルでのフィードバックは必要ないので、チェックリストというよりは、状態目標によって評価することになります。全てを完璧にこなせるスーパーマンを目指さない限り、どこかの分野に強みを持っていく時期になるので、最低限クリアして欲しい共通項目(Must)と、メンバーの特性に合わせた加点対象(Better)、を分けて目標設計していきましょう。

画像5

アナリストキャリアの踊り場

私個人の経験を振り返っても、この「ミドル」という状態は長くなりやすいなと感じています。分析タスクはこなせているから仕事は進捗しているように見えていても、そこから幅が広がっていかない(やることが変わらない)ので伸び悩みを感じているメンバーもいるかもしれません。また、シニアに上がるために必要な要件も定義されづらく、仮に定義されていても習得に時間がかかったり、曖昧で目指しにくいものであったりします。この状態が続くと「頑張っているのに成長実感はなく、評価も上がっていかない」という悪循環に陥りがちです。

これは典型的なマネジメント課題で、
● 適度にストレッチした課題を渡せていない
● プロジェクトの意味や意義を説明できていない
● 視野を広げたり、視座を高めたりするコミュニケーションを取っていない
● フィードバックのタイミングが遅い
● 評価観点を言語化できていない
● キャリアの悩みに答えていない
など、いくつかの要因があると思っています。メンバーによっても悩み方はそれぞれでしょう。ミドルアナリストをキャリアの踊り場にしないためにも重要なのは「問題を曖昧にしないこと」「向き合うこと」になります。


シニアアナリストのマネジメント

ここまでくると、抽象的な分析課題でも完全に任せられていて、特定領域でスペシャリティを持った状態になっているでしょう。多くの人に頼りにされて、組織内でも重要なメンバーになっているはずです。マネージャーよりもはるかに優秀なメンバーに向き合うことにもなりますが、とはいえここで大事なのは「どこまで行っても成長余地はなくならない」ということです。

マネジメントスタイルに共通解はなく、個別にサポートすることになります。例えば、以下のような軸があるでしょう。

1. 専門性を伸ばしてスペシャリストになる
一番分かりやすいのは、本人が持っている専門性や得意分野をさらに追求してスペシャリストになってもらう道です。この方向性は、以前の記事でも紹介しました。アナリストは、専門性を身につける過程でそのドメインに特化していって、最終的にはアナリストではない別の役割になっていくこともある、というストーリーです。

画像4

例えば、サービスの数字を日常的に観察・分析することで解像度が高まると、自分から問いを立てて、(企画職と同じ目線で)施策を立案することができるようになるかもしれません。マーケティングのオペレーションを並走し続けることで、アナリストというよりもマーケターとしての動きの方が大きくなるかもしれません。本人が分析以外の領域で価値を発揮したいと思うのであれば、「分析ができるPM」や「分析ができるマーケター」といったように、アナリストとは別の役割に鞍替えできるようサポートする必要が出てきます。

ここで注意するべきは、このポジションはもはや「アナリスト」と呼ばないほうがいいことです。アナリストはあくまでもデータ分析を主軸に活動する役割であって、他の役割で主体的に価値を出すのであれば、例えばプランナーやマーケターといった、その分野の役割に切り替える、ということです。「なんでもできるジェネラリスト」と「アナリスト」のイメージが近づきすぎると、無用な混乱を生んでしまう可能性があります。

2. より抽象的な課題に向き合って解決する

イメージとしては「どんな分析課題でも、この人にボールを渡せばそれなりの着地点をちゃんと返してくれる」「それが経営課題や組織課題だったとしても、組織目線、長期目線で数字を根拠に回答できる」、という分析を深めた人物像です。分析を武器に組織課題や社内プロセスに介入して、状況を変えられる・組織を変えられるリーダーを育成することになります。

3. キャリアの出口を作る
こうしたシニアな人材は、もはや分析チームのメンバーには収まらないかもしれません。成長に足りない部分を自分で発見して埋めていける自己成長能力もあるはずなので、仕事の進め方やキャリアについてフィードバックする機会も減るでしょう。進みたい方向性に応じて、社内でのトランスファーを手伝う、マネジメントトラックを考える、など出口を作っていくことがマネージャーの主な役割になっていきます。

成人発達理論とシニアリティ

成人発達理論という学習心理学の分野があります。成人になってからの成長・発達のプロセスとメカニズムについて研究されているもので、スキル面の成長(水平的成長)だけでなく、意識面での成長(垂直的成長)をどのように手助けできるか、様々なヒントがあります。

スキルの成長は分かりやすい一方で、データアナリストを続けていると、不確実なことに向き合うメンタリティや学習して自分を変えることができる能力が本質的・長期的な観点で大切だなと感じることもあります。

意思決定という重要かつ困難なものを扱うからこそ、データの扱いだけでなく、ビジネスや組織といった枠組みについても積極的に関与することになりますし、そうした領域で活動するメンバーをサポートするために、組織論やコミュニケーションについて悩むことも増えてくるでしょう。

組織論の文脈では、『なぜ人と組織は変われないのか』や『学習する組織』、マネジメント文脈では『なぜ部下とうまくいかないのか』など、様々な書籍があるので参考にしてみてください。分析組織が成熟しているからこそ直面する課題かもしれませんが、こうした組織・マネジメントに関する外部知識は必要なタイミングできっと役に立つはずです。


意思決定に納得できる未来のために

データ分析を意思決定のために使うチームに焦点をあてて、チームとしての成長フェーズやメンバーのマネジメントについて書いてきました。想定以上に長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださった方はありがとうございます。

ここに書かれていることは、理想論にも近く、私自身実践できているかと言われるとまだ道半ばで、反省することも多いです。その上で、不十分ながらも考えていることをちゃんと言語化しないといけないな、という気持ちからこの文章を書きました。1年後には考えもアップデートされているかもしれませんが、定期的に振り返りながら、メンバーの成長に応えられるチームになっていきたいと思います。

事業に関わらず、合理的でない・納得感がない意思決定に対してモヤモヤを抱えた経験は皆あると思います。多くは組織構造やコミュニケーションに由来するものですが、こうした課題に「数字」や「サイエンス」といった客観的な事実やフレームに基づいて対処できるデータ分析職はとても価値があると感じています。もちろん、数字だけで何か素晴らしいプロダクトが生まれる訳ではないですが、数字によって前提知識や方針が統一された組織の力は強いです。

合理的な意思決定を助けるデータアナリストという役割に、もっと注目が集まり、多くの知見が共有されることを願っています。何か相談事があれば Twitter: @pacocat までご連絡ください。感想やコメントもお待ちしています。

謝辞

いつも刺激や学びを与えてくれている株式会社エウレカの皆さん、本記事では特にBIチームに対して感謝しています。同じフィールドで活躍している他社の先輩方にも日々たくさんのアドバイスをもらっています。また、本稿を書くに辺り、以下のような投稿をしたのですが、想定以上の方から長文レビューをいただきました。

いただいたのは有益なコメントばかりで、新しい視点に気付かされることも多かったです。レビューいただいた、ウィル-Sho Maekawa / データアナリストさん、マエスさん、しんゆう@データ分析とインテリジェンスさん、M. Katsuseさん、waksaさん、Sato Shuntaroさん、こにぞーさん、Il n'y a personne.さん、本当にありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?