青森公立大学 国際芸術センター青森×PARADISE AIR
アーティスト・イン・レジデンスといっても、場所や歴史、運営主体などによってその具体的なあり方はさまざまでしょう。首都圏の交通の要所にあり滞在を主な機能とするPARADISE AIRと、地方都市の自然の中にあり、企画・制作から発表・アーカイブまでをトータルに支援する 青森公立大学 国際芸術センター青森。松戸とは対照的な環境でアーティスト・イン・レジデンスを運営する慶野さんと村上さんとともに、市民との関わりの持ち方、運営組織の持続性などについて考えます。
レジデンスの立地、背景、プログラムの特徴
森:僕らがAIRをやっている松戸市は、成田と東京の間にある街です。もともと日本橋から水戸を繋ぐ水戸街道の最初の宿場町としてできた街で、逆に言うと北から来るときの最後の砦でもあった。近くに流れる江戸川には橋がなくて、「矢切の渡し」などが有名なのですが、それしか手段がなかったので、台風が来ると街に長い間、逗留しないといけなかったそうです。その時代のアーティストも現代同様お金がなかったらしく、作品を宿代の代わりに置いていったという町に残る話にちなんで「一宿一芸」というコンセプトで運営しています
レジデンスは3部屋です。ちなみに最初は1部屋からはじめたのですが、2人だと喧嘩すると面倒くさいけれど、3人ぐらいだとよい距離感でやるので、コーディネートが楽になることを経験的に学び、同時に3人くらいいる状態を作るようにしています。そうするとお互いに見たことをシェアしてくれるので、勝手に何かが生まれてくる。
プログラムはフルカバー型のLONGSTAYと「一宿一芸」のSHORTSTAYに分かれます。LONGSTAYは毎年テーマを設定して公募するので、続けることで、その瞬間の世界の時流がわかって面白いです。街の人と一緒に審査するのですが、作品をきっかけに街のことを考えるのはクリエイティブな作業です。SHORTSTAYは限定などせず公募して、なるべく来たことのない国やプロフェッションの人を呼ぶので、予想もしない活動が生まれて新しい客層が来てくれています。
滞在アーティストを街とつなげるプログラムを「LEARN」と呼んでいるのですが、この言葉は、アーティストと街の人が対等な関係で議論できるといいなという態度を共有するために謳っていますが、それ以上具体的な言葉にはまだしていません。
それから、事業評価に関することでは「LOOK BACK」というのをやっています。LONGSTAYの応募者数の推移を見ると最初は右肩上がりだったのですが、600件くらいになった先は、もうこれ以上増えるのは労力的に無理だなと思い、応募期間を短くするなど調整しています。そうすると成果という意味で数値的に増えていくものがなくなるのでどうしようと思うわけですが、視点を変えると累計応募者数は増えていて、つまり、PARADISE AIRに来たいと思ってまだ来れてない人たちがこれだけいるわけです。毎回新しい人を呼ばなきゃという考え方から発想を変えてみると、これまでの応募者たちはみんな、ひとこと声をかければコミュニケーションをとれる関係性になっているという強みに気づく。昨年はコロナ禍でダメになってはいるのですが、オンラインでLOOK BACKをいくつかやってみました。
もうひとつのキーワードとして、STRETCHと言っているのですが、アーティストの無茶振りに振り回されることで、体が柔らかくなって柔軟に動けるようになっていく。例えば、公園を利用するときに、最初は市にいろんな申請を出さないといけなかったのですが、何度もやっていくうちにルールをお互いにわかっていくから、「あの条件でいけばいいよ」ということがスムーズにできるようになっていく。こういうことができるのは、基本的に、アーティストはそこにいれば何かを創り始める、考え始める、そこへの信頼が大前提となっています。
青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)
慶野:青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)は青森市の市政100周年記念事業として計画され、2021年12月に開館しました。当時、県立美術館の計画はすでにありましたが、まだ開館しておらず(2006年開館)、外から来たアーティストだけでなく、青森のアーティストやゆかりの作品もみることができ、市民が参加できる施設をつくる必然性がありました。ACACの初代館長でありパフォーマンスアーティストだった浜田剛爾は、1970年代からヨーロッパの様々なレジデンスに滞在した経験があり、90年代後半には日本でレジデンスの研究会も行っていたようです。当時の青森市長・佐々木誠造氏が青森市にアート関係施設をつくる必要性を感じていたところ、弘前大学から東京大学総合研究博物館に転任したばかりの西野嘉章氏の助言を得て、アーティスト・イン・レジデンスを中心としたアートセンター(計画時は、芸術創作工房という名称)を建てることになりました。
青森市は県庁所在地になる前は、数軒の漁村しかない港町だったそうですが、明治の廃藩置県で津軽藩と南部藩の間をとって県庁が置かれ発展してきました。1894年に都市公園である合浦公園ができるなど、都市整備は古くから行われてきました。県立美術館もACACも、計画時には様々な候補地があがっていたそうです。青森市の中心市街地とACACがある八甲田山のふもとは距離が離れていますので、雄大な自然と対峙しながら落ち着いて新たな芸術表現を生み出す場として構想されました。
建物は指名コンペが行われ安藤忠雄さんの案に決定したのですが、展示棟、創作棟、宿泊棟の3棟があり、展示棟は一般の来場者も訪れやすいように、また創作棟・宿泊棟は創作活動に集中しやすいようにゾーニングされています。いまいる展示棟はここで作られた作品を展示する場所で、水のステージでもイベントやライブパフォーマンスを行っています。青森は舞踏、ダンス、演劇をされている方も多くて、初期は、地元の舞踏家やダンサーを招へいして単発のイベントを行ったこともありました。
美術館でないのでコレクションはなく、アーティストの制作活動がここで行われることにいちばん価値を置いているアートセンターですが、いつでも作品を見られると期待して観光に来る人もいるので、豊かな自然を楽しみながら作品も鑑賞してもらえるように、2002〜2005年には野外彫刻を毎年設置したり、青函トンネルの完成記念博覧会の野外彫刻コンペで受賞した彫刻が移設されてきたりしています。野外彫刻は制作するのにかなり予算がかかりますし、時代的にもバンバン野外彫刻を建てることは少なくなってきたと思っています。なので最近は新しく設置していないのですが、市民交流事業として市内およびACAC内に点在する野外/屋外彫刻、記念碑についての講演をゲストを招いて行ったり、これらに、現在の視点からどのような価値を付与できるのかといったことを考えるプロジェクト「表層/地層としての野外彫刻プロジェクト『ここにたつ』」もやっています。
数年前、青森公立大学の中期計画が切り替わる時期にACACの中期計画についても議論し、展覧会、アーティスト・イン・レジデンス、教育普及といった活動の大きな柱の関係を確認する機会になりました。アーティスト・イン・レジデンス事業は当館にとって活動の大切な柱です。その成果発表である展覧会も一般の人に広く見てもらうという点では重要ですが、何より制作過程でボランティアや学生に入ってもらい、参加者もアーティストも気づきを得る。なので、アーティストには滞在中にトークやワークショップなど、形態はなんでもよいので市民や学生との交流プログラムをやってくださいとお願いしていて、この活動には制作費とは別途、予算をつけています。
2019年度までは、夏は学芸員がアーティストを選ぶ指名型AIR、秋は学芸員がテーマを設定してグループ展での成果展示を目指す公募型AIRをやっていましたが、公募AIRに関して、2020年度からは自由度の高いプログラムを試みています。個展をしてもいいし展示はせずトークやワークショップを行ってもいい。以前の公募型だと、グループ展の開催を目指して参加してもらうので期間が決まっていたり、ひとりで大きな空間を使うプランは採択できなかったのですが、いまは最短2週間から最長3ヶ月半までの好きな期間を選択できるようにし、テーマは決して作品に影響を及ぼすものとしてあるのではなく、私たちACACのその時のAIRへの姿勢を打ち出している。何よりアーティストがやりたいプランでACACにアプローチして欲しいんです。滞在制作期間中も展示空間では、他の展覧会を実施していません。空けておくことで、ギャラリー空間をスタジオとして使って、自由に実験できる状況をできるだけ提供したいと思っています。実際、プロポーザルの時点では展覧会をする予定がなくてパフォーマンスだけのプランだったアーティストが、ここに来てみてもう少し何かしたいと思ってアーカイブ展示をしたり、音の作品を発表したアーティストが、ギャラリーで空間の響きを実験しながら展覧会までじっくり制作するといったことが起きています。
宿泊棟は1泊2,060円(創作棟利用料は別途)で自主滞在も受け入れています。ACACに滞在したことのあるアーティストが再調査や新しいプロジェクトのために来てくれたり、コロナ以前は青森独自の文化、例えばイタコや縄文土器について興味があるという海外のアーティストが、自国の助成金を取って来たりしていました。
村上:この2年間は海外のアーティストの来日がかなわず、リモートのレジデンスをやっているのですが、また次の機会に滞在してほしいという気持ちがあります。リモートのレジデンスについてどう思いますか。
森:僕らは現地に来ないと意味がないと思っているので、基本的にはまたの次の機会!にというスタンスですが、事前にコミュニケーションを取れるのは悪いことではないかもなとか。ただリサーチは日本のスタッフでできるかもしれないけれど、本人じゃないとあまり意味がない気がする。
慶野:リモートのレジデンスに関して感じているのは、リサーチで学芸員からこういうのもあるよと提案してアーティストがそれに乗らざるを得なくなったり、作品というよりもプロトタイプのような試みが多くなる傾向にあることそれは一概に悪いことではないのですが、こちらでアーティストが求める素材を集めて、海外に送って作品をつくってもらい、それを送り返してもらってインストールするといったことも実施しています。
村上:実感としてオンラインだと時間や手間が2倍かかる印象があります。こちらのコミュニケーションをとる作業がより必要な一方で、地域の人が享受するものが少ない。
石幡:ACACには展覧会というアウトプットがひとつの柱としてあるので、そこだけでも成立すればありだと思うのですが、PARADISE AIRの場合は、過ごすこと自体に主眼がある。だからこそ、リモートで作って作品があればいいかというと、そうじゃないという判断になるのでしょうね。
慶野:リモートで「ああ、伝わらない」という経験をするのは悪いことではない。伝わらなさが作品に反映されたりとか。プロトタイプでもいいかなとか。そういうところはあるけれど、実感として、例えばこれを5年続けるのは無理だなと思いますね。
市民との関わり
慶野:一般の方が美術に触れる機会は展覧会ベースになりがちですが、ここでは最初からボランティアに入ってもらって一緒に制作をすることが多くなっています。アーティスト・イン・レジデンス・サポーターズ(AIRS=エアーズ)といって、ACACとは独立した市民団体です。いちばん盛り上がったと伝説的に言われているのは、Nadegata Instant Partyの「24 OUR TELEVISION」のプロジェクトで、70〜80人の市民や関係者が来てお祭りみたいに24時間テレビとアーカイブ展の制作をしていたと。他にも、AIRSとACACの共催で、この施設にある機材を使ってワークショップを行ったり、AIRSが独自ネットワークから、アーティストを招へいして、ACACの展示室や街中のギャラリーを使って展覧会を開催したりもしています。
ACACが完成する前に、市の芸術創作工房計画とARIAというスペースがあって、そこでレジデンスの活動について街中でプロモーションをしていました。、AIRSメンバーの中にはまちづくりに関心が強くて、この計画に興味を持って参画した人が多く、いまも街への意識が強くあります。なので、私たちがACACの施設ばかりで山にこもって企画していると、当時の話を教えてもらったり「もう少し地域とのつながりが発生する企画を」と言ってくれる人もいます。AIRSは当初は30〜40代が中心で、20〜30人くらいメンバーがいたと聞いているのですが、組織されて20年くらい経つと年齢層も高くなっています。また、アーティストの制作に興味がある人の中にも、AIRSの独自の活動ではなくACACのボランティアとして登録して欲しい、ある程度管理してもらった方がありがたいという人もいます。また、青森公立大学には芸術サークルもあり、常時10人程度の学生が所属しています。授業や就職活動などで忙しそうですが、つながりを保っています。
教育普及プログラムとしては、春と秋にやっている創作系のワークショップのプログラムがいちばん大きなものです。青森市内の3分の2〜2分の1ほどの小学校2年生に来てもらって、以前アーティストと開発したワークショップや、野外彫刻をめぐるスタンプラリーなどをやっています。最近はなかなか学校で大きな作品をつくるとか自由につくるという経験が少ないのでニーズがあります。ワークショップは、様々なアーティストに入ってもらってプログラムを変えていきたいなと思っているんですけどね。あとは招へいアーティストの中で希望があれば、学校で特別授業をしてもらうこともあります。
石幡:先ほど創作棟を見せていただきましたが、いろんな機能を持った部屋や専門的な機材があって専門職員として技術員もいて。あの場所はAIRのアーティストだけでなく、一般市民も使えるのですか。
慶野:はい、市民にも貸し出ししています。
森:PARADISE AIRの建物自体は外の人は入って来づらい感じなのですが、逆に外がすぐ街なので、アーティストが出かけていっていますね。
運営体制
森:予算規模はどれくらいなのですか?
村上:前提としてACACは青森公立大学が運営しているので、青森市から大学に対する運営費交付金として入ってきます。そこには施設の維持管理費も含まれるので純粋な事業費というのは難しいのですが、、3,000万円弱ほどでしょうか。私たちは青森公立大学の職員なので、それとは別に人件費がついています。
五藤:僕らは人件費、事業費、施設管理費を合わせて3,000万円規模です。
森:学芸員がいまおふたりとのことですが、もうちょっと雇えばいいんじゃないですか。ゲストキュレーターとして外部委託するのでもいいですが。
慶野:ACACの大学内での位置付けは、図書館や地域連携センターなどの施設と同等の位置づけです。他の施設も専門職員は2人ずつくらいなので、そのバランスでいくと現状の規模(学芸員の定数は、通常時3人)です。ACACの企画や運営に関しては3人で回していますが、公募でキュレーターが応募してくれることもありますし、自分たちで閉じたいわけではないです。レジデンスのゲスト審査員もゲストキュレーター的な立ち位置で審査に入ってもらったり、一緒に議論しながらやっている部分も多くあります。
初代館長・浜田さんの昔のインタビュー記事によると、組織は立った瞬間がいちばん予算があって年々規模は小さくなっていく。でも最初から館長・学芸員・技術員・事務員が最小体制ならば、もうこれ以上は減らすことはできないのだからむしろサステナビリティがあるのではないかと。でも、その人数では作品は作れないですよね。だからこそ市民に関わってもらって制作プロセスを共有することができるのではないかというようなことを言っていて。
森:なるほど。PARADISE AIRの特徴は、いろんなメンバーが副業・兼業的に関わっていることです。僕はPARADISE AIRの仕事をするのは週1程度で、他は建築の仕事をしています。五藤くんは会計。他にも広報や、アーティストというふうにいろんなプロフェッションのスタッフがいることで、滞在アーティストも相談できるし、僕ら自身もARADISE AIRに来るたびにお互いの情報を教えあうことができる。1〜2人だとつらいけど、いっぱいいると誰かに任せられるというのもあります。
村上:少数精鋭すぎるつらさはありますよね。一方で一人の意見が大きく反映されるので、柔軟に動ける場合もありますし、上に話を通していくプロセスも見えて、自分たちで実現できていく面白さもあります。
慶野:毎年、青森市からの運営費交付金の金額は査定を受けるのですが、市からは展覧会の無料公開をやめてチケット収入を得てほしいと言われたこともあります。私たちとしては、実験的な表現を多くの人に見てもらえるように無料で公開したいですし、やはり一番の目的としてはアーティスト支援なので。また、学生も関わりやすく、いつでも何度でも来られるように、入場無料で展覧会を見せることを大事にしています。なので折衷案として、2021年度から寄付金や企業協賛を募ることになりました。でも、寄付金を集めるためには専門の職員や広報と一緒にやらないと厳しい。学芸員が広報もやるのにも限界を感じています。
評価とアーカイブ
慶野:展覧会は基本的に一般の人が偶然足を運んで、現代芸術に触れることのできる機会だと思っています。トークに来る、ワークショップに参加するといったことはハードルが高いことだと思うのです。そのハードルを下げていかなければならないのですが、ボランティアの人たちがこれだけACACに関わってきてくれたことは奇跡的で、それを守り続けながら、同時に世代交代もしていかないといけない。先ほど話した中長期計画も学芸員の中では共通認識として成立していても、最終的には大学ではACAC単体の中長期計画を作る必要はないと、非公式のものとなってしまいました。
村上:現在、館長は空席なのですが、行政に対する太いパイプがない状態でどう私たちの価値を伝えるかがいちばん課題になっています。青森市自体も文化事業に対する評価軸はあまりなく、広く支援することになっている。
慶野:でも、施設がこれだけ立派だからこそ市も継続的に予算をつけるわけだし、その中でベストなことをだましだまし行って、たまにヒットしたらいいかなと。青森市のアーティスト・イン・レジデンスがソフト事業でしかなかったら現在までは続いていなかったかもしれない。建物、ハードがあるからこそ今も続いているのだと思っています。滞在したアーティストの体験記は意識的にアーカイブするようにしていますし、口コミで全世界のアーティストにACACの存在が拡がっていったことなどはあるのですが、評価という視点だけで端的にまとめた報告書などは作成していません。この先10〜20年もACACを存続させることを考えると、本当はそれを意識して大学の事務方の人、そして青森市の職員たちとも一緒にやりたいなと。
五藤:そのだましだましスキルはすごく大事なんじゃないかな。建物も立派で維持管理費と人件費を払ってもらっている状況は、実はとても大事な気がします。
慶野:大学が掃除スタッフを入れてくれなかったら本当に維持管理できず廃墟になってしまうと思います。雪かきも業者の方に委託できているので、助かっています。プログラムをどうするかという以前の問題です。
森:中長期計画とはどういうビジョンなのですか。
慶野:10年以内に施設改修は必要になるだろうと思っているのですが、それが山から再び街に出ていく転機にもなればいいなと考えています。ここにこもって制作できるのもメリットだけれど、人が集まる場所に興味があるアーティストもいるだろうし、いろんな方向性の活動をもっとサポートしたいのと、もうちょっと職員がいれば自主滞在にもサポートを入れたり、リサーチを一部助成するなど出来るだろうと思っています。
村上:評価軸をつくるときに、誰に向けてなのかという問題があると思いますが、PARADISE AIRでは誰に向けて評価軸を設定しているのですか。
森:体系的に評価しているわけではないのですが、松戸市や文化庁、それから建物のオーナーさんに対して説明することになりますよね。LEARNとかLOOK BACKというのは文化政策をつくる人たちに対するメッセージです。担当者が文化予算を確保するために、持続するために、新しい視点でレジデンスの価値を示すなどの武器をつくっていかないといけないと思う。
慶野:レジデンスで取れる助成は少ないし、アーティストにとっては重要な経験となっているはずなのに、記録にしないと残らない。自分たちの言葉では残しているのですが、他者の言葉にされていないような気もします。アーティストに来てもらっていちばん楽しいのって、学芸員とかスタッフなんですよね。それをどう残していくか。
展覧会は残らないので、アーティストの活動をどう記録するかということには時間もお金も割いています。以前から展覧会ごとに1冊のカタログを作ってきたのですが、最近はデザイナーやアーティストとかなり打ち合わせして編集するようになっています。それから、年報でもある機関誌『AC2(エー・シー・ドゥ―)』を発行していて専門家や市民の方にレビューを書いてもらっています。あとは、アーティストに滞在した体験記、もしくはインタビューを記録に残しています。
村上:活動の細かいことについての速報的な手段としてはFacebookやTwitterなどのSNSにレポートや写真をあげたりなどしています。
森:PARADISE AIRにはギャラリーなどがあるわけでもなく、アーティストが来て滞在するという日常しか見ていない。それを伝えるのは難しいのでドキュメンテーションに力を入れています。その形式はリーフレットもあれば日常を捉えたドキュメントビデオもあります。この動画は思い出として制作したのですが、とてもよかったので公式のものとして使っています。
慶野:昨年、ACACが20周年を迎えることを見据えてウェブサイトをリニューアルしたのですが、以前のウェブサイトはアーティスト・イン・レジデンスの中に展覧会が入っていたり、公演・ワークショップや青森の地元作家紹介はそれとは別に載っていたりして、わかりづらかったので、トークやパフォーマンス等のイベントも展覧会も等価に扱えるようなデザインに変えました。
森:海外連携のページの地図にピンが打ってありますが、これは滞在したアーティストが自動でマッピングされるんですか?
慶野:国名を入れるとマッピングされます。いま載っているのは2019年からのアーティストです。時間があったら、過去のアーティストに関しても情報を移行していきたいです。
慶野:ヒアリングしていただいて感じたと思うのですが、ACACってそれなりにアーティストの登竜門として認知されてきた施設なのに、ずっと少数のスタッフの総意でプログラムが成り立っていて、自転車操業で、大きな評価軸がないまま動いてきたのです。
石幡:評価というと大きく2つの役割があって、ひとつはステークホルダーに対する説明責任を果たすことと、現場をマイナーチェンジしていくことがあると思うんです。後者は、現場を運営していて「これ面白いな」とか「行き詰まっているな」という感覚で、これが現場レベルでは大事じゃないですか。さっき「今後は街に出て行きたい」とおっしゃっていたのもそうですよね。一方で、前者はもちろん考えなきゃいけないのだけれども、評価軸をつくったからどうという話ではなく、もうちょっと政治的な動き方も考えないといけないんですよね。
慶野:そうなんですよね。私たちがそれを言語化する必要もあるし、無意識のうちに戦略的に動いている部分もあるのだけれど、実施したことの純粋なアーカイブを残していくことに流されて、明確に評価としては検証できていないところがあります。
他館とのネットワーク
森:青森県内の他の美術館との連携はどうですか。
慶野:展覧会の中で鑑賞者を育成していくとか、学芸員同士も学び合うようなことが五館連携でできたらいいなと前から言ってるんですが、政策としては観光が重視されているため、なかなか実現できていません。
森:他の施設などとの連携もできるのですか。
慶野:国内外のAIR実施施設などとのネットワークに関しては、学芸員が主体的に決められます。もっといろんな地域のレジデンスやアートセンターの中にあるレジデンスプログラムを知りたいなと思っています。
森:PARADISE AIRとACACで連携しあうのはどうですか。
慶野:もちろん。海外から青森に呼ぶとみんな東京や京都に寄ってから帰ることが多いので、部屋があるなら紹介したいですし、ぜひ泊めてください。
森:慶野さんや村上さんも、ゲストキュレーターして来てくれたら楽しい!半年くらいどこかへ行ける仕組みをつくったらどうでしょうか。
村上:4人くらい学芸員がいたらできそうですけどね。
森:半年くらいなら僕もここで働いてもみたい!そのほうが楽しい。
石幡:いまフルタイムで2人という体制を半年で4人にするとか。
村上:学芸員とアーティストを丸ごと巡回させるじゃないですけど、そういうことができると評価も上がるし、私たちのスキルアップも実現できそうですよね。黄金町では、キュレーターを公募して日当と滞在場所を提供してあげて、アーティストのコーディネートをさせる仕組みがありますが、ああいうのは悪くない。
森:ぜひ松戸にも遊びに来てください。
プロフィール
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