地震学「だけ」の研究者、やめます

アメリカでの博士課程1年目が終わって夏休みになりました。地震がほとんど起こらない東海岸に拠点を移してからもうすぐ1年が経ちます。ちなみに留学を始めてから地震の揺れはまだ一度も経験していません。社会的に意義があると言われる日本の地震学の研究。その恵まれた研究環境から飛び出して太平洋を渡り、さらには西海岸を飛び越えて東まで来たことは果たして正解だったのでしょうか。

私が地震学を専攻しようと決意したのは高校2年生の時でした。東北大学のグローバルサイエンスキャンパス「科学者の卵養成講座」に参加し、毎月新幹線で実家のある東京から仙台に通いながら講義を受けていました。その時、初めて研究者から東北地方太平洋沖地震に関する講義を聞きました。それを真剣に聴講する東北各地から集まった高校生たち、そして大切な家族や友人を震災で失った東北に住む人々、そんな人たちに出会った自分は無力ながらも「自分ができることを通じて何か力になりたい」と思いました。そこで、当時地学オリンピックの勉強に勤しんでいた私は、自分の得意科目である地学の知識を活かして将来は地震学の研究者になろう、と決意しました。

大学入学以降、全国各地でたくさんの地震学者と出会いつつ、東北にも頻繁に足を運びながら、地震学という学問の必要性、社会的な研究意義を自分の目で確かめては研究のモチベーションに変えていました。大学受験の面接で「自分は大学で地震学をやりたい」という思いを伝えたら、面接官から「まぁ入学したら興味もいろいろ変わるだろうからね」とぼやかれながらも、地学しかまともにできない私を入学させてくれた東工大、私の人生の目標を教えてくれた研究者の人たち、私のキャリアの道標を示してくれた人たち、新しい人と出会うチャンスをくれた人たちに、私が地震学の研究をすることで何とかして恩返しをしたい、それが日本で6年ほど地震学の研究に従事していた私の根本的なモチベーションでした。

そんな思いを胸に走り続けた東工大生活の中では、特に留学を通じて、自分の研究を応援してくれる人に出会う機会がどんどん増えていきました。短期留学で出会った地震が起きない国から来た参加者は、普段の生活では見ることのない私の研究内容にとても興味を持ってくれました。その時に自分の言葉で日本の地震学の研究を伝えれば、海外の人に日本についてもっと知ってもらえる、そういった経験を繰り返すことで、地震学の研究者であることが日本人の私にとってひとつの大切な「アイデンティティ」になっていきました。

そんなアイデンティティをもってアメリカの大学院に留学しました。地震がほとんど起こらない東海岸を選んだのは、特定の地域の地震活動ではなく、世界中の地震活動を解析している多様性に富んだ人々のアイデアをもとに地震発生の物理に関する基礎理論を発展させることで、将来的に日本の活発な地震活動の解析に応用できるのではないかと期待したからです。その目論みは案外予想通りで、地表の浅いところから地球深部まで、さらには氷河から他の惑星まで幅広い地震活動を対象にした多くの研究者に出会い、今まで知らなかった観測事例やモデリング研究をたくさん知ることができ、一般的な地震の発生過程に関する理解がぐっと深まりました。

少し話が変わりますが、私が地学分野で昔から興味を抱いていたのは「惑星の表層において短いタイムスケールで生じるダイナミックな物理現象」です。地震に限らず火山噴火、(惑星)気象学、隕石の衝突過程、土石流など、そのメカニズムを解明することで(将来的に月や火星など他の惑星に引っ越すことも見据えた上で)私たち人類が惑星表面で安心して生活し、平和に発展していくための研究がしたい、というビジョンを実は中学の頃から思い描いていました。ちなみに中学の自主研究のテーマは「地球外空間へお引越し大作戦」と「火星のテラフォーミング計画」でした。

博士課程1年目では、地震学というこれまでの枠組みを超えて、地形学や惑星科学のプロジェクトにも従事し始めました。弊学科の独自カリキュラムである2nd project制度(分野の異なる2名の教授とそれぞれ独立したプロジェクトを進める制度)のためです。2nd projectでは土星の衛星であるタイタンの研究をしています。タイタンの表層に存在する液体メタンの湖では、川から流れ込んだ堆積物が存在していると考えられていますが、なぜか実際の衛星画像上ではその堆積物がほとんど観測できません。そこで、地球の環境条件で開発された三角州の形成モデルをタイタンの環境に応用し、河口付近における堆積物の形成過程を解明するという取り組みを進めています。

地震学と惑星地形学という2つの異なる研究を同時に進めていく中で、自分自身の中にある本当の興味・関心が次第に明確になってきました。ちょうど中学2年生の時に東北地方太平洋沖地震が発生し、そこからいろんな人のご縁に恵まれて10年間地震学に関心を持ち続けてきた私が、この地震が起こらない東海岸に来たことでもう一度、自分が将来描きたい夢の原点に立ち返ることになりました。今は、地震学で培った地球物理に関する知識と経験をもとに、地球の深部という特殊な条件下で起こる地震、違う惑星で起こる地震(月震や火震などと呼びます)、そして表層で起こる土石流や濁流など流体によって引き起こされる地球物理学的な現象のメカニズムを解明し、それらが発生する条件を突き止めたいと思っています。現在の地球の表層環境においてより安心して生活できるよう科学的な知見を提供するのは当たり前として、もし万が一チャンスがあるのなら、もし人類がお隣の星々に移住することを本気で検討することになるのであれば、その表層で新たな文明を築けるようにサポートする科学者になりたいというのが、博士課程1年目を終えた私の現時点での夢です。ちなみにこれは米国の大学院を受験した時の志望理由書に書いた夢とは全然違います。アメリカの博士課程なんてそんなもんです、知らんけど。

これから5年ほどかけて、どんな研究内容で博士論文を仕上げていくのかはわかりません。就きたい職業もどこの国で働きたいのかもよくわかりません。それでも未来の地球で暮らす人々の生活が少しでも豊かになればいいなと思いながら日々研究に従事するのが、私の責務なんじゃないかなと勝手に思っています。ということで、夏休みも研究がんばるます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?