見出し画像

にがうりの人 #28 (世界線の継続)

 私は話し終えると、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。
「ついてないねえ」
 目の前の男はおよそファミリーレストランには不似合いな言葉を発した。私にはまるで感情がなく聞こえる。
「あんた、家族に何かあったのか?」
「それは今回のお取り引きには関係のない話ですので」
 私は一取引に一つのエピソードしか話さない主義だ。たとえ話の中に疑問点があったとしてもそれを明かす事はしない。
「まあいいよ。なかなか興味深い話だった。参考にさせてもらうよ。それにしてもあんたも相当な馬鹿だね。俺は話の途中で榊って野郎が怪しいって気づいたぜ。だいたいこの世の中に本当の善人なんていないんだ。話だけ聞いてればあんただってお人好しに見えるが、そんなことはない。現にこんな阿漕な商売しているじゃないか。不幸な事があったって人間は何も学ばないんだよ。二の轍を踏まないように今度は他人を踏みにじるようになる。まあ、簡単に言えばそれが幸せな人生を送る方法だけどな。そう思わないか?」
 私は目を伏せて無言を貫く。私にとってそんな事は無関係であるし、考える必要も無い。なぜなら今話した過去は私の身体を精神を離れ、目の前の男の所有となったからだ。いや、そもそも感情をもって考える事など今の私には無用であり、不毛であるのだ。
 したがって私は答えなかった。
「そうだんまり決め込むなって。あんたのおかげでいい仕事が出来そうだしな。聞いてくれよ。今、話題のあいつ知っているか?俺、あいつの会社の」
「そろそろお引き取り願えますか」
 見知らぬ相手に自らの過去を売りさばく商売をしていても、私には他人の話など全て戯言に聞こえる。すべき事をしたら、直ちに別れなければならない。私は彼の話を断ち切った。
「聞いてはいたけれど、本当に冷たい野郎だな」
 言葉とは裏腹に男は嬉々としておどけた。
「申し訳ないが俺は騙される方が悪いと思っている。経験、知識、金、地位。いろんなものを所持している人間が勝つのは当然の事だ。資本主義ではそれが正義なんだぜ」男は得意げに言う。私は窓の外に視線を外した。
「でもさ、俺はそうやって法に触れずに他人を騙す方が結婚詐欺やら保険金詐欺なんかよりよっぽど罪だと思うけどな」
 資本主義だろうがなんだろうが、私にはもはや興味が無い。崇高な主義主張など私にはないのだ。あるのは二つの事だけだ。
 私が先か、あいつが先か。それだけである。

 男は颯爽と立ち上がり窓の外に目をやった。いつのまにか助手席にいた女がボンネットの上に腰掛け、こちらを見てふくれている。スタイルが抜群に良く、その八頭身はモデルのような体型である。遠目では若く見えるが、案外歳はいっているのかもしれない。
「あれは怒ってるな。早く行かねえと」男はそう言って白い歯を出すと、私の前から消えていった。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?