マニュアル作成という面倒な仕事から、大切なものを得た
「マニュアル」と聞くと、
「マニュアル人間」
「マニュアル的対応」
という言葉に代表されるように、画一的で融通の利かない対応や考えない人を生むもの、という負のイメージがつきまといがちです。
そして、マニュアルを作るのは大変で面倒だけれど、ないと引継や育成に困るという、少々やっかいな存在かと思います。
そんなマニュアルですが、現場の従業員を巻き込んで作成したら、大切なものを得るきっかけになった、という体験をお話します。
従業員の不正を疑う社長からの依頼
業務改善のコンサルになって間もない頃、自社の工場で加工した食品を百貨店(いわゆるデパ地下)で販売しているクライアントの会社がありました。
そこの社長から
「ウチの販売員が不正をしているようだから調査してくれ」
という依頼がありました。
お店のお金を自分のふところに入れている人がいるのではないか、というのです。
業務を取り仕切っているナンバー2の専務が、社長のいない所でこう補足してくれました。
「社長は一度言い出したらきかない。私にはそう思えないし、思いたくもないが、実際よく分からない。とにかく一度調べてみてくれませんか」
私はまず、客になりすまして買い物をし、どのようなオペレーションをしているか様子を見ることにしました。
いわゆる「ミステリーショッパー」です。
観察するポイントは、現金の受け渡し方法、レシートの有無、会計中のキャンセル・交換時のレジ操作、値引の対応、そしていったんお店を去ったあと再び戻って返品をお願いした際どのような対応をするか、といった内容です。
その中で、不正できる余地はないか、またミスをしやすいやり方をしていないか、確認しました。
ちなみに、買った商品は「自信があるのでぜひ食べてみてくれ」とのことでした。やや高額の贈答用によさそうな食品で、ありがたくいただいてみたところ、とてもおいしくて添加物なども使われていない、素晴らしい商品でした。
回った店舗は全部で12カ所。
実際にこの目で対応を見てみると、完璧とはいかなかったものの、疑わしい感じはしませんでした。ただ、少々ミスが起こりやすいやり方をしているため顧客の不信を招きかねない、というレベルです。
その旨を社長に報告したら
「連中は信用ならない。不正しているはずだ」
なぜ不正をしていると思うのか、根拠を訊ねても
「いや、絶対やってる」
の一点張り。
タレコミでもあったのか、誰か目を付けている販売員がいるのか、はたまた盲目的に疑ってかかっているだけなのか・・・。
とにかく、クライアントがそう言うのなら、納得いただけるようにやるしかありません。
店舗に立ち入り調査を行って問題点を洗い出し、不正をする余地のない運用マニュアルを作成、店舗を巡回してマニュアルが遵守されているかチェックを行う、という取り組みを提案し、実施することとなりました。
社長を見返し、安心して働ける環境にしよう
さっそく調査のために店舗を訪問しました。
お店の会計業務=お金の取扱とレジ操作は「確認・記録・あいまいな手順の排除」が基本で、これを徹底することがミスや事故・不正を防止し、発生してもすぐ発見できるようにするためのポイントとなります。
実際の作業の様子を拝見した上で、オペレーションに対してどんな認識を持っているかヒアリングを開始。
ミスをしやすいやり方に対してもっとよい方法があることを伝えたり、作業のやりにくさを感じている点への助言、疑問への回答などをしていくうちに、販売員の方々とだんだん打ち解けていきました。
そんなあるとき、ある販売員の方がこんなことを言ってきたのです。
「小澤さんも大変ですねぇ。社長に言われたんでしょう?怪しい奴がいるって。そんなセコい人はいないですよ。私たちは、ただ楽しく働きたいだけなんですけどねぇ。商品もモノがよくておいしいから好きですし」
そうか・・・
社長に疑われていることは知っているのか。
でも、自社の商品は好きで、楽しく働きたいと思っている。
見たところ、どうやら不正をしている人はいない。
疑われて嫌な思いをしながら働いているんだ。
そこで私は、こう提案しました。
「ちゃんとやっているのを見せて、
形にして証明して、社長を見返しませんか?
安心して楽しく働ける環境にしましょうよ」
その方はとてもよろこんで、
「そうしたかったんだけど、ただの販売員だし、どうしたらいいか分からなかったので、ありがたいです。やりましょう!」
と、他の販売員の方にもこの話を伝えてくれました。
現状を何とかしたかったんですね。
そこから、みんなで取り組む「不正の疑いようがない・簡単にできない・すぐ発見できる」オペレーションづくりが始まりました。
私の方からミスや不正を防止する基本原則と改善した方がよい点を皆さんに伝え、どのようなやり方をすれば無理なく実行できるか意見を出し合いながら、新しいオペレーションを構築。それを私がマニュアルに落とし込みました。
マニュアルは、見やすく扱いやすくすることを心がけました。必要な時すぐにとり出せて、置いても邪魔にならないB5サイズとし、読み込まなくても内容が分かるイラストや図を多用。また自分たちが作成に関わったと思えるように、話し合いの中で出てきた、皆さんがよく使う言葉を取り入れました。
作ったものを見てもらい、分かりやすくなるよう修正を入れて、マニュアルが完成。
各店舗に配布し、運用状況を確認するための店舗巡回を開始しました。
マニュアルが会社をよくするきっかけに
店舗を巡回して感じたのは
「みんな話をきいて欲しいんだ」
ということでした。
店舗に顔を出す社員はあまりおらず、話をする機会は年2回の繁忙期前に本社に呼ばれたときくらい、とのこと。
店舗に常時いるのは2,3人で常に同じ顔と接しているため、孤独を感じていたり、行き詰まっていたのかもしれません。
話を聞くだけで表情が明るくなった気がします。
ただ話をするだけでなく、どんな人で、どんな思いで働いているか関心を持って接すると、距離が近づき、一緒に取り組んでいる雰囲気になるのを肌で感じることができました。
中には、面倒がったり外部の人間の介入を嫌がる人もいました。
しかし、みんなの意見を集めてつくったものであること、そこに込めた想いーーー先の販売員の方との会話と「社長の疑いを晴らして見返す」という裏の目的ーーーを伝えると、共感してくれて、マニュアルへの理解と運用が浸透していきました。
店舗巡回で確認したマニュアルの運用状況は、不正・ミス防止に必須の項目を店舗ごとに採点し、一覧表にして、社長と専務に毎月提出。
3ヶ月経過した頃には、ほとんどの店舗が満点近くなり、社長の疑いの声は出なくなりました。
改めて専務に時間を取ってもらい、取り組みの成果とあわせて、作成の過程や店舗巡回での販売員の様子を詳しく報告すると、こう言っていただきました。
「従業員を巻き込んで使いやすいマニュアルを作ってくれたおかげで、あいまいだった店舗のオペレーションがしっかりした形となり、守られるようになった」
「社長の販売員への疑いが完全になくなったとは言い切れないが、少なくとも声に出して言わなくなった。言えなくなった。感謝しています」
そして、
「現場や販売員のことがよく分からなくて距離があったから、疑いも出たのかもしれない。今回、店舗に行って話をする大切さを知ったので、これから少しずつやっていこうと思う」
と、販売員の皆さんが気持ちよく働けるような会社にする一歩を踏み出そうてしてくれたのです。
マニュアルは、一般的に
・手順や判断基準を明確にして
・ミスや事故、不正などを防ぎ
・業務やサービスの品質を保つ
ためのものです。
さらに、やり方しだいで
・自分たちの手で仕事を構築・改善して
・従業員が安心して働ける環境をつくり
・社内のコミュニケーションをよくする
というような「会社をよくする」取り組みのきっかけにできる、ということを、今回知ることができました。
私がめざす姿を見つけるきっかけにも
報告がひととおり終わったあと、専務はこんな言葉を付け加えてくれました。
「小澤さんはしっとり系コンサルだね」
「よくイメージされるコンサルっぽくない。
現場に寄り添って
ミッションを果たしながら
それ以上のことをしてくれる」
当時駆け出しコンサルだった私にとって、その後の仕事のスタンス、めざす姿を照らし出してくれる言葉でした。
問題を指摘して理論を教え込み方法を押し付けるのではなく、
問題をきっかけに実現したいテーマを一緒に見つけて、支える人になろうーーーと。
これは、コンサルタントという職業でなくなってからも追い求め、今も持ち続けている想いです。
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今回の不正調査から始まったマニュアル作成は、会社をよくする取り組みのきっかけにできることを知り、また私がめざす姿を見つけるきっかけになってくれるものでした。
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