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一億年ぶりにハイヒールを履いた日

2020年10月某日
私は一億年ぶりにハイヒールを履いて電車に乗った

大げさに聞こえるかもね。
1年ちょっと前にムスメの妊娠がわかるまで、ハイヒールは間違いなく私の相棒だった。

5㎝以下のヒールは履かない。
7㎝ヒールの靴が私の身長にはベストマッチ。
足が少し細く長く見えるし、「ありたい私」をコーディネートする一番のアイテム。

新卒で入った会社で7年間、ずっと営業の仕事をしていた。
顔が童顔だからか、着実にスキルを積み重ねていっても初対面の商談で
「え?君がうちの会社の担当?」って不安そうな顔をされることがあった。
悔しくて堪らなかった2年目の春から、ハイヒールを履くようになった。
それが私以外の人に大きな変化をもたらすとは思ってなくて、
「ありたい私」になるぞというお守りみたいに履いていた。

ありたい私。
会社の中で期待に応えられる人と認められ続けたい。
この人と一緒に仕事ができてよかったって思われたい。
化粧をするように、スーツに着替えるように、私はハイヒールを履く。

そんなハイヒールを一度脱いだのは、妊娠が分かった時。
いや、妊娠がわかってもすぐには脱げなかったの。ママとしてはだめだよね。でも、やっぱりすぐママにはなれなかった。
色んな自分がいる中で、「仕事人」のランキングを1つ下げる気持ち、思ったよりも苦しかった。
でも脱いだ。脱ぐしかない。だってもうムスメは確かにここで生きてるから。

あの嬉しさと少しの悔しさが混じった日から1年ちょっとが経ったある時、
靴箱の奥の方から箱に入ったハイヒールを取り出していた。

遊びに来てくれた先輩たちと土曜日の夜に飲みに出かける。
久しぶりに履いた黒のハイヒールはちょっときつくて、
産後なかなか治らないむくみをここでも感じる。
元の自分に戻るって本当に簡単じゃない。

歩くたびにカツカツって小さく小気味よくなる音とか
一段高くなる景色とか鏡に映る自分の姿とか
たった1年前まで当たり前だったこと1つ1つにわくわくしている自分がいた。

そうだよ、私。
誰かの奥さんになったって、誰かのママになったって、
苗字が変わっても、役割が増えても
その代わりに自分が好きなもの、大事にしてきたものを捨てる必要なんてない。

家族のことを前より大切に思える気持ちと
誰とどこにいても変わらなくていい私がいること。
ハイヒールを履いて、友達と笑いながらビールを飲んだ帰り道、
私の足はむくんでたって軽やかだった。

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