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【旅レポ】英国道中膝栗毛 ロンドン・ロンドン・ロンドン その⑥

前回 ↓

前回までのあらすじ;旅程3日目にしてようやく旅行らしい旅行を開始することになったお湯一行。マツジュンが魔法の杖を過払いで購入したり、SOHOで摂った食事で英国流の洗礼を受け無事グロッキーになるなど、イギリスを堪能していた。

その3「なんとかストーン国際交流失敗事件」

 旅程4日目の12月30日朝。僕たちはホステルの安っぽい飲食スペースで、やたらに甘いアーモンドバターをトーストに塗りたくり、朝食をいただいていました。

 マツジュンは行動力のある男なので、相席になったヨーロッパ系のおじさんに話しかけていました。

 「おはようございます。あなたは、どこから来たんですか」

 「僕のことかい? ドイツだよ!」

 おじさんはにこやかに対応してくれました。横目でそのやり取りを見ていた僕は、おじさんがいい人そうでホッとします。

 しかし、その後が問題でした。

 マツジュンは行動力のある男でしたが、英語力のない男でした。そして、たぶん相手のおじさんもまあまあ英語力に問題のある男のようでした。

 「ドイツからですか! 僕たちは日本から来たんですよ。おじさんは、どうしてイギリスに来られたんですか」

 「目的? なんとかストーン」

 「はい?」

 「なんとかストーン」

 なんのことやら、さっぱりわかりません。ちらりと目をやると、マツジュンの張り付いたような笑顔がこわばっているのがわかりました。僕たちのリスニング力の問題なのかな、と思いましたが、腐っても京都大学の試験に受かった僕と、同じく厳しい大学受験の波をくぐり抜けてきたマツジュンの二人が揃って、おじさんの言っていることがわからないなんてことがあるのでしょうか。おじさんの発音にも問題があるように感じられました。

 おじさんも困ったような顔をして、ゆっくりと喋ってくれましたが、

 「な、ん、と、か、ス、トー、ン」

 どう聞いても「なんとかの石」と言っているようにしか聞こえないのです。イギリスと言えばロゼッタストーンかストーンヘンジかとも思ったのですが、どうも違うようです。相手がネイティブならともかく、英語を母国語としない者同士の英語でのコミュニケーションには限界がありました。

 「すみません、よくわかりませんが、了解しました」

 「いや、こっちもなんか、ごめんね」

 「よい旅を過ごされてください」

 僕たちは礼儀正しくお互いに挨拶をして、別れました。

 彼の旅の目的は一体何だったのか、謎は永遠に謎のままになってしまいましたが、これもまた一期一会の旅のエッセンスと言えるでしょう。あ、いま考えるとスマホに綴りを打ってもらえばわかったのかもしれませんね。

(その3「なんとかストーン国際交流失敗事件」終わり)

その4「マツジュン極小ゴミ箱にスキーウェア廃棄事件」 

 その日、ホステルをチェックアウトし、アールズコートのホテルに移動する予定だったので、僕たちは旅行カバンに荷物を詰める作業をしていました。

 マツジュンは気取った男なので、海外旅行でただでさえ荷物が多いにもかかわらず、気取った服装をしたがる男でした。おかげで旅行カバンの中身は気取った服でパンパンになり、蓋が閉められないという事態に陥っていました。

 僕はチェックアウトの時間も迫っていたので、「あくしろよ」と彼を急かしました。

 マツジュンは「じゃあ、もうこれは捨てていくか」と言って、アイスランドのオーロラ鑑賞ツアーで着る予定だったスキーウェアを、ペットボトルを数本ほど入れたらいっぱいになってしまいそうな極小のゴミ箱にギチギチに突っ込みました。

 当然、入り切るわけもなく、スキーウェアの8割以上がゴミ箱からはみ出ています。

 「これ…いいの?」

 「いいよ、もう使わないだろうから」

 いや、そういうことを聞いているんじゃない、と思いましたが、まあ一応ゴミ箱に入っていることだし、カバンが閉まらないのでは仕方ありません。

 「まあ、君がいいならいいけど…」

 こうして僕たちは無用の長物となったスキーウェアを置き去りにして、部屋を後にしたのでした。

(その4「マツジュン 極小ゴミ箱にスキーウェア廃棄事件」終わり)

その5「緊急時無限階段使用事件」

 ホステルでチェックアウトの手続きを済まし、一時的に荷物を預けた僕たちは、ハリーポッターシリーズで有名なキングス・クロス駅へ向かうことにしました。

 ラッセルスクエア駅の改札を通ると、リフト(エレベーター)が混み合っていたので、僕たちは階段で降りることにしました。

 降り始めた所で、イギリス人の家族連れが険しい顔をして、12月だと言うのに汗を垂らしながら登ってきました。そして「どうなってんだ、この階段は!」的なことをお父さんが叫んでいました。

 僕らは怪訝な顔をしてその家族とすれ違い、地下へ潜っていきます。

 しばらく降りていくと、「おや、おかしいぞ」と思うことになります。螺旋階段の先が一向に見えず、ぜんぜん地下へ到達しないのです。

 「いつ終わるんだ、この階段は」

 閉所恐怖症というわけではありませんが、このまま階段が終わらなければ非常に恐怖です。まあまあ降りてきてしまった手前、引き返して階段を登り直す気にもなりません。

 僕らはこころなしか足早にパタパタと階段を降りて、降りて、降りて、降りていきました。

 降りて、降りて、降りて行くと、やっとのことで終着点が見えました。

 それは長い、長い階段でした。先程すれ違ったイギリス人のお父さんの言葉の意味がようやくわかりました。この階段を登りきるのはたしかに骨でしょう。

 「なんだったんだ、この階段は」

 ふと脇を見やると、「この階段は175段あるので緊急時以外使わないでください。代わりにエレベーターを使ってね」と注意書きがありました。上階にはそんな但し書きはなかったように思います。螺旋階段であったため、どれくらい深い階段なのかをわからずに、降りて行ってしまったわけです。

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 たしかに長い階段でしたし、人の往来も先程の命知らずのイギリス人家族くらいでしたから、途中で体調を崩すなどして倒れ込んでしまったら、発見されるのも遅れるでしょうし、地上へ運ぶのも一苦労でしょう。緊急時以外使用しないでくれ、と駅がお願いするのも無理はありません。

 だったら地上にも同じ注意書きをしておいてほしいな、と少し恐怖を覚えた僕は思ったのでした。

(その5「緊急時無限階段使用事件」終わり)

その6「偽ウェストミンスター宮殿巡礼事件」

 キングス・クロス駅でハリーポッターの9 3/4番線などを見物し、ハリーポッターのグッズショップで勝手にうろちょろしていたマツジュンの姿を見失いはぐれてしまうという「マツジュン、ハリーポッターのグッズショップで神隠し事件」などを経て、僕らはキングス・クロスを後にしました。

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 次に向かうはバッキンガム宮殿です。特にハードロックが好きでもないくせにハードロックカフェのグッズを集めるのが趣味のマツジュンのたっての希望で、グリーンパーク近くのハードロックカフェ・ロンドンに寄りました。彼によると、ハードロックカフェ好きの間では、ロンドンのハードロックカフェで購入したグッズを持っていると、一種のステータスになるそうです。

 ひと通りショッピングを楽しんだ後、グリーンパークを抜け、バッキンガム宮殿へ向かいます。宮殿の前で僕の大好きな百合漫画「ゆるゆり」より「罰金バッキンガムよ!!」という一節を引用して「まさかロンドンに来て百合漫画の聖地巡礼が出来るとはな…!」と悦に入る事ができました。

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 近くでアホみたいにデカいビーフサンドイッチを頂戴し、徒歩でヴィクトリア方面へ向かいます。

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 僕は観光名所にほとんど興味のない男だったので、観光名所的なところの殆どの旅程をマツジュン任せにしていました。ガイドブックもさっぱり頭に入っていなかったので、ほぼマツジュンによるツアー状態です。

 「これがあの有名なウェストミンスター寺院」

 マツジュンが指差す先には、荘厳な雰囲気の建物がそびえ立っていました。

 「これがあの有名なウェストミンスター寺院か。確かにダ・ヴィンチ・コードとかで見たことがあるな」

 と、僕は感想を漏らしました。

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 早速僕らは参拝することにし、建物の中に入りました。ガイドブックによれば入場料が24ポンドかかるはずでしたが、なんとその日は無料で入ることが出来ました。

 「やったぜ」と言いながら、静かで厳かな建物内を見物し、マツジュンはうきうきしながらお土産コーナーで家族に記念品を購入していました。

 僕らは満足してその場を後にし、

 「いい見学ができたね」

 と感想を言い合いながらロンドン・アイ方面へ向かいました。

 すると前方に、白い建物が見えてきました。

 なんと、それこそまさしく、ウェストミンスター寺院でした。

 みるみる記憶が塗り替わっていきました。行く先に見えるのは間違いなくウェストミンスター寺院です。先ほど訪れたのは、よくよく思い返せば、全然違う建物でした。僕らは混乱しました。先ほど訪れた建物はいったい、なんだったのでしょう。

 慌ててガイドブックをめくるマツジュン。「ああ〜!」悲痛な叫びがロンドン市内に響き渡ります。

 「さっき行ったのはウェストミンスター『大聖堂』で、あれに見えるがウェストミンスター『寺院』だよ…!」

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↑ 本当のウェストミンスター『寺院』

 それっぽい雰囲気で、僕たちは大聖堂と寺院を勘違いし、「ダ・ヴィンチ・コードで見たことがある」とか「観覧料必要ないんだね! ラッキ〜」とか言ったり、ウキウキでお土産を買ったりして寺院を見物した気分で満足感に浸っていたのです。無知蒙昧もいいところです。

 誰もそれとはわからない赤っ恥をかき、僕らはテムズ川沿岸に向かったのでした。

(その6「偽ウェストミンスター寺院巡礼事件」終わり)

その7「あっち行ったりこっち行ったり膀胱爆発寸前事件」

 ウェストミンスター寺院の近くといえば、ロンドンの顔、ビッグ・ベンです。10数年前にロンドンを訪れていたときにも遠目に見たことがありましたが、その美しさは健在です…と言いたかったのですが、なんとビッグ・ベンは100年に1度の改装中ということで、周囲には足場が組まれシートで覆われ、姿を見ることは叶いませんでした。時計部分だけは見えたのですが、少し残念でした。

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↑ それでも少し顔を覗かせる時計の盤面は美しい

 残念がっていても仕方がないので、僕たちはテムズ川対岸に見えるロンドンアイを遠目に見物しつつ、シティ・オブ・ロンドンへ移動するためにウェストミンスター駅へと向かいました。

 さて、少し話は変わりますが、何を隠そう僕は重度の頻尿で、特に冬の寒さは堪えます。体が冷えると、無性にオシッコがしたくなるのです。マツジュンもサービス業に従事しているにもかかわらず頻尿の傾向にあり、要するに僕たちは頻尿コンビでした。ヨーロッパではトイレを見つけたら行っておけ、という言葉があるそうなのですが、確かに公衆トイレが多くはありませんでした。

 日本ではたいがい、駅には公衆トイレがついているのが当たり前ですが、ロンドンでは「え!? こんな開けた駅なのにトイレがないの!?」と驚くくらいにトイレがありません。コンビニやファーマシーでもトイレが使えない場所が数多くあります。

 しばらく冷たい風にさらされて歩いていたので、シティ・オブ・ロンドンに行く前にぜひとも用を足しておきたいところでした。実際、僕の膀胱はかなり限界に近い状態でした。それはマツジュンも同じようで、僕たちはウェストミンスター駅でトイレに行くことにしました。

 トイレを指し示す標識があったため、幸い、ウェストミンスター駅には公衆トイレがあるようです。僕たちはもう待っていられない、という勢いで公衆トイレを探します。

 しかし、ウェストミンスター駅は広く、なかなか見つかりません。こうしている間にも膀胱は爆発の瞬間を迎えそうでした。

 地下に潜って標識に従ってドタドタと進んでいるうちに、やっと人が多数出入りしている公衆トイレを発見しました。多少人が並んでいますが、これくらいならなんとか持ちそうです。

 しかし僕らは仰天しました。なんと、そのトイレに入るにはお金を払ってゲートをくぐり、入場しなければならないのです。そして、その支払いはキャッシュレスに対応しておらず、ペンス硬貨が必要だったのです。

 入国してかれこれ、現金で買い物などしていない僕が硬貨を持っているはずがありません。僕はすがる思いでマツジュンの方を見ました。マツジュンは青ざめた顔で自分の財布の中を弄っています。そして、絶望的な表情でこちらを見ました。それだけで状況は飲み込むことが出来ました。つまり、僕たちはいくら列に並んだ所でトイレに入ることは出来ないのです。

 こうなるともうパニックです。一度トイレを見つけてしまった安心感から、緊張は解けてしまっていて、いつその場で決壊してもおかしくない状況でした。

 「地上にファーマシーがあったから、そこでお札を崩そう」

 僕たちは急いで、しかし急ぎすぎると衝撃で膀胱が爆発してしまうので、急ぎすぎないように地上に戻り、ファーマシーでコーラを1本だけ買い、「すみません、公衆トイレを使いたいのでお釣りはペンス硬貨でください!」と厚かましい注文をつけ、また慌ただしく地下へと潜りました。

 あっちへ行ったりこっちへ行ったり、もう大騒ぎです。もしかしたらこの旅行で一番ピンチだったのはこのときだったのかもしれません。

 結局、膀胱が爆発する寸前で、用を足すことが出来ました。緊急事態を回避するのと引き換えに、僕たちの手元には1本のコーラが残ったのでした。体から水分を排出するためにドリンクを買う羽目になるとは、なんとも皮肉な顛末でした。

 かつてなくスッキリした僕たちは、後顧の憂いなくシティ・オブ・ロンドンに向かうことになりました。

(その7「あっち行ったりこっち行ったり膀胱爆発寸前事件」終わり)

 最悪の事態を回避することが出来たお湯一行。ロンドン経済の中心地であるシティ・オブ・ロンドンで待ち受ける出会いと別れとは。次回、「お湯の向かう先絶対に工事中事件」。お楽しみに。

次回 ↓


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