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【読書】ひつじが丘 三浦綾子

愛とはゆるすこと、ゆるしつづけることー一人の人間を愛し続けることのむずかしさ

 「愛」という言葉の重み。「あなたを愛している」言葉にするのは、恐ろしく簡単だと思う。教会で行われる結婚式で「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」という神父の問いに、「誓います」と答えない夫婦はいない。そう誓い合った夫婦が全員、最後まで結ばれるわけじゃないことを、もう私たちは知っている。

 「愛する」ってなんだろう。「愛」をテーマにした何かに触れるたび、私はドキドキしてしまう。たまらなくなって、辞書を引いてみても、言葉が入ってこない。そういうものなんだと納得することができない。自分は一度だって、誰かを愛してこれたのだろうかと、塞ぎ込んでしまう。私は「優しさ」の意味をはき違えながらこの年まで生きてしまったような気がする。

 『ひつじが丘』。本作は、正面切って「愛とは何か」について言及して、「愛とはゆるすこと、ゆるしつづけること」と答えを出している。本当にゆるすことなの?そう疑問に思って手に取った作品です。

あらすじ

 札幌にある女子学校(高校)に奈緒美は転校してきた。端正な顔立ちと雰囲気な奈緒美は無口で、授業中も黙って窓の外を眺めているような生徒である。担任の竹山、隣の席の京子、その京子を目の敵にする輝子を巡り、奈緒美は徐々に心を開いていく。
 学校を卒業した奈緒美は短大へ入学するも、京子の兄で、竹山の友達の良一と知り合う。出会ってすぐに、臆面もなく好意を伝えてくる良一を奈緒美は素直で素敵な人だと思い、親睦を深めていく。
 しかし、良一は過去に何人もの女性を妊娠させては下ろさせ、中には中絶で死んでしまう女性までいた。新聞記者をしながら、絵描きを目指す良一は、芸術のためならと、酒、女性へと、見境なく手を伸ばしていた。竹山は、良一のそんな過去を知りつつ、友人という手前、奈緒美に言い出すことができなかった。竹山も奈緒美に心惹かれたいたのである。竹山は奈緒美の両親と教会での活動を通して面識があったために、奈緒美との結婚を両親に申し込む。一方、両親に良一を合わせる奈緒美だったが、神父でもある父親と、奈緒美の若さを心配する母親は、良一の隠された一面に感ずいていた。両親に反対されればされるほど奈緒美の決心は固まってゆき、函館の良一の家へと転がり込んでしまう。
 奈緒美が思い描いていた愛する人との幸せな日々は、すぐに砕かれる。婚前の性交渉を頑なに拒んだ奈緒美を良一は強引に抱いた。絵を描くためだと、自堕落な生活を送る良一は、気に入らないことがあれば、奈緒美の作った料理を床にぶちまけた。茶碗を投げて、奈緒美の額に傷をつけた。
それだけじゃない。奈緒美の同級生の輝子に手を出し、輝子から「あなたの子供を妊娠しました」「今月もお金を送ります」と手紙が届いていた。「愛とはゆるすこと」そう教わってきた奈緒美は、何がってあっても良一を許そうとするが、次第に心を病んでいく。
 最愛の両親の忠告を吐き捨ててまで選んだ愛だったから誰にも頼ることはできなかった。遂に奈緒美は実家へと帰ってくる。竹山の結婚への申し出を思い出し、少しの期待を胸に抱いていた奈緒美だったが、友人の京子は竹山を愛していた。
 抜け殻のようになった奈緒美を、良一が訪ねてくるが、良一は重い結核を患っていた。「それでも許しなさい」と言う両親になだめられ、奈緒美は良一の看護を始める。
 闘病生活の中で良一は、如何に奈緒美を傷つけてきたのか、芸術のためだと、他人を傷つけてきたこと。奈緒美の大切さに思い改めて、酒を止め、信仰を通して人が変わったかのように、日々改心していった。
 クリスマス。奈緒美の両親の協力を得て、妊娠させてしまった輝子とのけりをつけに行く良一。奈緒美への懺悔の気持ちを描いた絵を「帰ってくるまで見ないでくれ」と奈緒美に言い残して、輝子の下へと向かった。既に良一への憎しみしか残っていない奈緒美は最後まで、良一に冷たく当たった。
 良一を奈緒美から奪って自分の物にしようとした輝子は、良一を何としても部屋に引き留めようと必死だった。しかし、改心した良一は、いくら、大好きな酒を勧められても、キスをねだられても、誘惑されても屈せず、奈緒美の下へ帰ろうとする。
 「これを最後の一杯に飲んでくれたら、綺麗にあなたと別れる」そう言った輝子の、睡眠薬入りの酒を飲んだ良一は、輝子の部屋を後にする。外は、人気のない氷点下の札幌だった。翌日、凍死した良一が発見される。どうせ、また輝子と関係を持ったのだと、憎んでいた奈緒美は、最後の最後まで奈緒美の下へ帰ろうとしてた良一の話を聴く。奈緒美へと描いた絵が、これまでの奈緒美に対する懺悔の気持ちだったことも、良一が死んで始めて、分かった。
 良一の抱える苦しみを、少しでも私は理解しようとできていたのだろうか。奈緒美は、自分こそ良一を「愛してやれなかった」んだと、思い知らされる。
 良一の死を前に、悲嘆にくれる奈緒美だったが、その悲しみを、今度は恵まれない子供へ注ぐ愛情に変えようと、ひつじが丘の空に決意するのであった。

「好き」という感情

わたしはまだ高校を出たばかりでしょ。子供のような気持ちで、あなたを好きだと思うの。大人の感情で好きになるまで、誰にもそっとしておいてほしいの

 「子供のような気持ち」ってどんな気持ちなのか。それは「欲しいもの」をくれる人を好きになる。ことだと思う。なんでもいい、今満たされない何か。奈緒美は恋したことがなかった。だから、真っ直ぐに好きを伝える良一のことを好きになった。「好き」と言った良一の一面だけを好きになった。もしくは、「好き」と言われた自分を「好き」になったのかもしれない。お菓子をくれる人を、ほめてくれる人を、こどもが好きになるのと同じように。

 奈緒美は、「待ってほしい」と言った。自分の好きに対して疑ってかかる。自分にも相手にも誠実でありたいと思う姿に感動した。「好き」になってしまうのは仕方ない。でも、「好き」になった後。その先まで考えることが、「大人の感情で好きになる」っていうことなのかなと思う。目先の「好き」に飛びついてしまうわたしは、まだ子供なんだろう。

若さ

「だがね、奈緒美。その気持もいつまでつづくかわからないよ。人間の心なんて頼りないほど変わりやすいものだからね。特に若いうちは人を買いかぶって、すぐ夢中になるものだ」

 良一の空虚さも、奈緒美がそんな空虚さを好きになったことも、奈緒美の両親は見抜いている。でも、自分の気持も当てにできないようになったら、もうどうやって人を好きになっていいのか分からない。奈緒美は苦しみの渦中へと歩みを進めていく。

 大人の真心のこもった忠告に、子供は聞く耳を持たない。「こうした方がいいんじゃないか」と自分の経験則に基づいて、子供に言って聞かせる。子供が傷つかないように。でも、子供は傷ついた方がいいんじゃないかとすら思ってる。いつまでも、守られてばかりじゃないんだから。そして、たくさん傷ついた人は、誰かの痛みに思いを馳せることができる。

 そして、「過去のことだから」と笑って話す人は、本当の意味で強い人なんだと思う。私は傷つき足りないのだろう、私は私で忠告は聞かずに傷つこうと思う。そうやって傷ついて帰ってきたら、「だから言ったでしょ」とまた笑ってほしい。そんな風に笑って誰かの居場所に慣れる人間に私もなりたい。

他人と自分

他の人に対しては忍耐深く寛大であれ。あなたも他人が耐え忍ばねばならなぬようなものを、事実において多く持っているからである。ー誰も自分の姿には気づかないものだと反省した。人を理解するためには自分自身を先ず正しく理解しなければならない、自分を知ることが人を愛する初めだと奈緒美はうなずいた。

 奈緒美は良一の行動を否定する。当然だと思う。気に入らないことがあれば、妻に灰皿を投げつける、作ってもらった料理を無下にする。配偶者に暴力を振るう人間は後を絶たない。暴力は色々な形で、今日もどこかの家庭で起こっている。

 でも、奈緒美は思い直す。良一をそうさせる原因は何なのか。探せば、自分にも多少なりとも非があった。「弱い」からこそ、補うように支え合って生きているのに、相手の「弱さ」を肯定できなくなったら、もう終わりだ。自分でも抱えきれない「弱さ」をどうにか克服すること。自分は変えれるけど、他人は変えられない。

 心の中で思っている不安や不満は相手に伝わってしまう。必ず。「人と人とは鏡」なのだから。どちらかにだけ問題があることは、少ない。だから、自分に同情したり、被害者を進んでしたり、他人を貶めるような人間にはなりたくない。「自分に非はなかったのか」と考え続けることでしか、もう「誠実」にはなれないんじゃないかと思う。

避けて通れないもの

奈緒美は自分がどこを歩いているのか、わからなかった。奈緒美は自分がひどく年よりじみた人間のような気がした。奈緒美は立ち止まって、高校生たちの後ろ姿をじっと見つめていた。再び帰ることのない、かつての自分の姿を見送る思いだった。
男と女の触れ合いの微妙さ。それは、いいとか悪いとかいうよりもむしろ弱いと言うべきかもしれない。男と女の惹き合う強烈な力の前には、ふだん持ち合わせている倫理も道徳も、ほとんど無力になる。

 動物なんだな。そう冷たい気持ちになる。どんなに優しい人間でも、素晴らしい人間でも、性を止めることはできない。じゃあどんな風に愛せばいいのか。大切な人の過ちを、ゆるすことなのかもしれない。きっと、それでも一緒にいたい気持ちが、最後に相手を許せることのなるんだと思う。

他人本位

恋というものだけは、この世で最も純粋なものだと思っていたけれど、恋もまた、結局は自分中心なものに過ぎないのかもしれない。

  恋は自分中心なものだと私も思う。良一が奈緒美を好きになったのは「この人と一緒になって僕は生まれ変わるんだ」と思ったから。純粋なもの。それが何のなのか、私にはまだ分からない。

ほんとうは、自分というものを知るためには、心のすみずみまで照らし出す強力な光が必要だったのに……。

  誰かの存在が自分の胸に光を照らしてくれる。相手を傷つけても、自分は傷つかないで生きてきた良一にとって、奈緒美は間違いなく救いだったのかもしれない。光とは、「誰かのために」と思う心のことだと思う。そう思える人が「光」なんだと思いたい。

愛について

◆自分に関する記憶や思いや遺伝子を、相手に刻みたいという思い。L&Pさん
◆ケーキに書き込むメッセージを注文しているときの感情。cable_carさん
◆ほんまにあかん人やなぁ…と思いながらも見守りたい、生きる助けになりたいと思う気持ち。山崎響さん
◆二人なのに一人のような感じ。希望岬さん
◆人を天国にも地獄にも突き落とす制御不能な感情。HIROAKIさん
◆若者は肌を重ね、年配者は言葉を重ねる。越乃屋さん
◆不自由になることが自然と我慢できる状態。KO-すけさん
◆相手の痛みを自分の痛みのように感じられる瞬間。KTさん
◆「独占欲」を綺麗な言葉で言い換えたもの。ayumiさん
◆絶え間ない努力の結晶。あじさいさん
◆未だ科学では解明されていないエネルギーの一種。行動力、思考力、及び幸福感に変換可能。nakanoさん
◆心のコタツ。rikakumiさん
◆人である原点。MeSiYaさん
◆人を美しくもし、醜くもする矛盾にあふれたもの。潮騒のメモリーズさん
◆恋では補えないもの。感情に勝る思い。距離や時間を隔てても朽ちないもの。Natsuさん
◆目に見えずかけがえのないもの。知らず知らずのうち育ち、壊れるはかない存在のため、多くの人が見ようと努力するもの。JINJINさん
◆無条件に受け入れられる、存在そのもの。しーずーさん
(「あなたの言葉を辞書に載せよう。」優秀作品より引用)

まとめ

 良一は、最後は誰一人誰にも見送られることなく凍死した。奈緒美は、最後まで良一を許せなかった自分を憎んでいる。ただ、二人とも、許しを必要としているのだということ。誰も許すことを求めているのだとそう感じました。

 私にとっての愛するとは、「その人の役に立ちたい、力になりたい」という気持ち。「愛する」なんて軽々しく言えるのは愛してないの同じだと思ってる。「付き合いたい」の代わりに「一緒にいたい」に。「結婚したい」の代わりに、「来年の今ごろも今日みたいに笑って話してたい」に。もし明日、その人が突然難病になって「1億円なければ、死んでしまう」となったら……。明日、その人が誰かを殺してしまったら……。そんな極論じゃなくても、ある日その人から「自分が必要ではなくなったら」。

 だから「愛する」なんて軽々しく言えない。でも、自分の全てを使ってでも「役に立ちたい」と思える、目の前の人を大切にしたい。いつか他人になってしまうんだとしても。それまでは、その人にとって「役に立てる」自分でいたい。

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