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中国・浙江省のおもいでvol,19

『日曜日の最高の使い方』

 休日はどうやって過ごしてたっけ…。

 バチバチのメイクにカラスマスクとニット帽で女装したぼくは、強烈な眠気に襲われながらホテルへの道を急いでいた。

 中国に来て、新しい環境へ身を置いてからは日々の出来事に翻弄されっぱなしだった。初日は慣れない中華料理をたらふく食べて胃痛に襲われ、二日目は世界遺産の西湖で夜を明かした。昨日は女子寮に泊まる羽目になった。日曜日の今日は、なにも予定の入ってない休日で、その使い方さえ忘れてしまっている。休日は苦手なのだ。

 ホテルに駆け込むと、ロビーにはちょうど帰ってきたOがエレベーターを待っている。昨日の酔いつぶれてからのことを聞こうと傍によってからハッとなって急停止する、今ぼくの格好は休日にコンビニへよる中国人女学生そのものなのだ。理由も女子寮から寮監にばれずに脱出するためで、シーの「バレないように」という警告を無視することはできない。

 すぐに目の前の扉があき、Oが乗り込む。接近しすぎていたため、乗り込まないのは不自然すぎる。親切なOは扉に手を添えて待ってくれている。日本人の男子学生とは気づかづに…。

 「美女(めいにゅぃ・美人さん、可愛い子ちゃんのようなニュアンス)、何回ですか?」

 ゴメン…と思いつつも、声は出せないので指を5本立てて、ニッコリと笑いかけた。女装することで、自分の中の女性に気付く男性や、変身願望が満たされる男性がいるとよく聞くが、ただただ心臓に悪いだけである。変な汗でシャツがむれて痒い。

 「同じ階ですね。」

 微笑みながら、自然に前を向く素振りはOにとてもよく似合っていた。モテるんだろうな…のんびりと考えていたら到着した。再びエレベーターのドアにそっと手を置いてレディーファーストをしてくれる。

 「再见(ザイジェン)」

 後ろから声をかけられたので、ペコリとお辞儀だけして自分の部屋へ急いだ。部屋のドアを開けると、すぐさま服を脱ぎ、メイクを落とした。

 1時間ほどの女装だったが、1日を終えたほどくたびれた。女装をしてみての感想は「女の子っていいなぁ」と「女の子って大変だなぁ」の二つだった。見ず知らずの?異性?に優しくされる感覚は悪くないと感じつつ、異性?だからという理由でどこか特別扱いされるのはなんとも歯切れの悪い感覚である。それにメイクを落とすのは一苦労なのだ。

 そのままシャワーを浴びて、水を口に含まないように気を付けながら、身体を隅々まで綺麗に洗う。ガラス張りのシャワールームは即席のサウナのように曇ってゆき、さながらフェイ越しにみた、あの西湖のような乳白色は、疲れた身体に心地いい。

 シャワーを終え、テレビを付けると、中国のバラエティー番組が流れている。朝のうちに清掃員さんが持ってきてくれたミネラルウォーターを、ごくごくと喉を鳴らせて飲んでゆく。

 なんだかずっとこんな暮らしぶりをしているようで、不思議な感覚だった。中国語にもだいぶ慣れ、文字表記のある番組ならなんとか理解できるようになっている。身体は心地良い疲労感で満たされ、心はフワフワと部屋の空気中を漂っていた。あと少しだけ、この不思議な幸福感に浸っていたい…この感覚が、寝ることでリセットされてしまうのが惜しかった。

 カーテンは開けっ放しにして、窓も少しだけ開けておく。浙江省をゆく自動車は大型車をのぞいてほとんどが電気自動車なのだ。通りに面したこの部屋で、微かに聞こえる人々の生活の音を耳に、ベッドに入ることにした。手には、フェイの細い指の感触が消えずに残っている。

 日曜日の最高の使い方をぼくは、中国で知った。(『中国・浙江省のおもいでvol,19『日曜日の最高の使い方』)







          

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