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山口参考人:関西学院大学 法学部教授 山口亮子第 213回国会 衆議院 法務委員会 第7号 令和6年4月3日

008 山口亮子

○山口参考人

 おはようございます。関西学院大学の山口亮子と申します。

 本日は、参考人として意見を述べる機会を与えていただきまして、誠にありがとうございます。

 私は、法学部において民法を担当しておりますが、研究に関しましては、アメリカの家族法と日本の家族法の比較検討を行っております。

 今回の民法改正におきましては、法務省法制審議会家族法制部会におきまして、専門家の先生方によって長期間にわたり多方面から非常に詳細で緻密な法的議論が交わされ、法律案に至りましたことに、心より敬意を表します。

 そこで、1研究者の私が意見を述べることは僭越ではありますが、ここでは、主に、婚姻外の共同親権について、40年以上前に成立させ、定着させてきたアメリカ法の議論を参考に、本法案の特徴と課題点について述べさせていただきます。

 まず、これまで、婚姻外において単独親権しか認められておりませんでした民法で共同親権が立法化されることについて、大変好意的に受け止めております。

 アメリカ合衆国では1970年代後半から、ヨーロッパ各国では児童の権利条約を批准した2000年前後から、婚姻外の共同親権に関する法律が成立しました。

 その根拠となった思想は、夫婦の関係と親子の関係は別物であり、子は親の離婚にかかわらず、両親と関係性を保ち、監護、教育され、扶養される権利と利益があるとする子供の権利利益観と、もう1つは、離婚により当然に権利を失う一方親の不条理であったと思います。

 共同親権の法律は、各国で様々なタイプがございます。ドイツ法やフランス法などは、両親は、子に対する権利義務を、婚姻や離婚にかかわらず、変化せず持ち続けます。これに対し、アメリカ法は、両親は、子に対する法的監護権と身上監護権を、離婚後、共同で持つか、単独で持つか、選択する形態となっております。

 今回の我が国の法律案でも、離婚後も共同で親権を持つことが選択できるようになりました。これにより、親権の内容である監護、教育を共同で行使することが可能となります。例えば、子の教育や医療等の重要な決定に際し、両親が責任を持ち、協議の上、決定することができ、日々の子の養育の責任を両親が互いに持つことができます。

 そして、766条で、監護の分掌という取決めをすることが今回新たに加わったことで、具体的に離婚後の子の養育について、各家族がある程度自由にカスタマイズできる方策となっております。これにより、選択肢が広がりました。

 例えば、子の進学決定は双方で行うが、塾や課外活動は同居親が決める、又は、手術等の医療に関しては双方で決定するが、最終的にはどちらが決定権を持つかということを決めるということができます。そして、子との同居の交代もここで決めることになろうかと思います。

 両親がこのような取決めを行うことは、離婚後も自分のために環境を整えてくれるという子供の信頼感につながりますし、両親との関係性を維持し続ける上で、子供の利益にかなうものになると言えると思います。

そしてもう1点、特徴的なところは、819条の7項で、父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるときと、父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれがあるときには、単独親権にしなければならないと定めたことです。

 共同親権が一般的なアメリカでも、DVや虐待を行う親には監護権を制限していますが、我が国でもこれは、子を守ることに配慮した規定と言えると思います。

 以上が、婚姻外の共同親権の法案について私が考える主な評価点です。

 次に、これらがどのように運用されるのかという懸念点とアメリカにおける実情を御紹介いたします。

 我が国の今回の法改正では、離婚後の親の権利義務は重層構造になっておりまして、DV等がなく共同親権にしたとしても、一方の親が監護者となることを求めることができます。

 法案は、724条の3におきまして、子の監護をすべき者は、第820条から823条までに規定する事項について、親権を行う者と同一の権利義務を有する、この場合において、子の監護をすべき者は、単独で、子の監護及び教育、居所の指定及び変更並びに営業の許可、その許可の取消し及びその制限をすることができるとしています。

 すなわち、監護者は親権の中でほぼ重要な部分を占める監護教育権を持ち、居所指定権を持つことになります。これにより、共同親権であっても、実質的には、これまでの単独親権と変わらない状況になってしまいます。

 問題は、監護者が子の居所を決められるため、合理的な理由もなく、他方の親に連絡せず自由に転居すると、面会交流を行っていた親子を急に引き離すことになりかねず、新たな紛争が生じるおそれがあるということです。

 共同親権であっても単独親権であっても、面会交流は親と子に認められる権利です。監護者を指定するということは、単に同居親を決めるということではなく、父母間の関係性において極めて限られた状況での選択であるという認識が必要になってまいります。また、どのような指定であれ居所指定権が認められても、これまでの面会交流を妨げないような調整が必要になってまいります。

 そこで、一括して監護者を決めるというのではなく、766条にあります、その他子の監護についての必要な事項として、あるいは、監護の分掌として、離婚する両親は、子の養育について柔軟な取決めをすることが重要になってきます。ここで、同意なく転居をしないということや、再婚や転居など事情の変更が生じたら再度養育計画を策定し直すということを取り決める又は審判で定めるということが必要になってきます。

 しかし、その他子の監護についての必要な事項も、新しい制度である監護の分掌というのも運用に任せられておりますので、実際、何をどのように取り決めればよいのか、いまだ明らかにはなっておりません。また、それを協議で取り決めた場合、法的にどのように担保していくのかの課題も残っております。

 したがって、これらを養育計画の策定として、共同親権行使を補完するものとして活用していくためにも、これから、その中身を詰めていき、国民に周知していくことが非常に重要になってまいります。

 では、アメリカではどのような共同監護を行っているのかといいますと、家族法を定めますのは州によりますのでその内容に差はありますが、多くは、共同法的監護にするか、共同身上監護にするか又は単独監護にするか、選択式になっております。

 立法過程の中で、訴訟に持ち込まれたとき、裁判所は共同監護と単独監護のどちらを優先的に考慮するかについて議論がありましたが、多くの州は、いずれかが優先することはない、また、両親のどちらかが優先することはないと中立的に規定しています。

 しかし、現実的には、親子は面会交流を通して関係性を続け、両親が子の主要な法的決定について協議して決定する共同法的監護は6割から8割、子が両親の家に少なくとも1対3の割合で住む共同身上監護も、1割から3割程度あります。現在、共同監護はアメリカで標準的になってきていますが、このような運用ができている理由は、次の、主に3つあります。

 まず1つ目は、監護法制に対する州の方向性が立法で明示されていることです。多くの州法では、頻繁かつ継続した親子の交流を促進することを州の政策と位置づけています。また、DVや虐待の証拠がない限り、共同法的監護が子の最善の利益にかなうと推定するという規定を置いている州もあります。

 現在、アメリカで発表されております心理学や精神医学の研究では、離婚後に共同監護を通して両親との関係が継続している子の方が、抑うつ状態やストレス関連の疾患が低いとしています。また、子供は基本的に双方の親から愛情と関心を得ることを求めています。

 子供の利益を守ることは州の責務ですので、このような認識を踏まえ、州が子の利益について一定の方向性を示すことにより、人々はどこを目指して協議すればよいのかの行為規範が見えてきます。また、行政や司法も、どのような支援を行えばよいのかの指針を見つけることができます。

 2つ目は、離婚時に親教育を行っていることです。

 アメリカでは、ほぼ全州で離婚後の親教育がありまして、各州の大学の心理学大学院等で開発されたプログラムが用いられております。体験型の教室では、心理学や精神保健の専門家が子の忠誠心を試す行動や子を個人的な相談相手にするなど、親の間違った行動を示し、その後に適切な行動をロールプレーなどします。

 料金をかけて行うものですのでプログラムは年々改善され、その検証も行われております。ある調査では、受講前の参加者の知識、態度、共同監護ができる可能性への変化について、いずれも有意な効果が示されたとしています。

 また、離婚で傷ついた親にとっても、同じ仲間と時間や悩みを共有できることは大切なことではないかと思います。

 3つ目は、養育計画書の作成です。

 今日では、多くの州で、監護権や面会交流という画一的な決定を行うのではなく、離婚後にどのように子の養育を行っていくかを両親が10数ページ相当の養育計画書により具体化いたします。

 アメリカは裁判離婚ですが、ほぼ9割が協議や調停により書類を作成して裁判所に提出し、裁判所がこれを承認することにより、離婚が認められます。訴訟自体は、我が国と変わらない1、2%ほどになっております。

 裁判所が用意している書式には、まず、親の責任として、主要な法的事項である子の教育、医療等の決定を両親が共同で行うか、共同で行うにしても、合意できないときは最終的にどちらが判断するか、あるいは全て単独で行うかという法的監護権について記載します。

 続いて、学期中の学校への送り迎え、年間の祝日、長期休暇中に子はどちらに住まうかなど、そのときの費用や受渡し手段も記載します。学期中の面会交流としましては、1週間に1、2回の食事及び1週間置きの週末に別居親の家へ子が宿泊することが一般的ですので、あえて共同身上監護にはこだわっておりません。

 また、子が連れ去られて新たな紛争が生じないように、他方親に監護権があるかなしかにかかわらず、旅行時には、場所や連絡先を必ず相手方へ届け出ること、転居を計画している場合は、60日前に連絡し、再度養育計画を立て直すことなども書面にて合意します。これについては、全ての州で立法化されておりますので、必ず行わなければならない重要な取決めになっております。

 転居が合意できない場合には裁判所で争うことになりますが、そのとき裁判所では、悪意のある転居ではないか、不合理な反対ではないか、そして養育計画の代替案は可能なのかなどが審査されることになります。

 養育計画書の作成に当たっては、DVにも配慮し、両親間で協議ができない場合は、双方が計画書を書いて裁判所に提出し、裁判所の判断に委ねることになります。養育費については別の書類の提出がまた必要になりまして、これもかなりの分量の記載内容がありますが、インターネットで税金や補助金、保険等の控除が自動計算できるようになっています。

 なお、アメリカでも、各州で養育計画書の作成が広がったのは、最初に共同監護が法制化されて10年近くたってからです。州の基本政策に従って、司法、行政、民間の支援も徐々に発展してきました。弁護士の役割も大きいです。

 その結果、両親は、夫婦の問題と子供の問題を切り離し、家族を再編するために努力し、単独監護制度に後戻りしているということはありません。

 今回の我が国の法案は、子の利益のために作られた規律であることを踏まえますと、親子の関係性において何が子の利益なのかといった基本軸について、今後も議論が進むことを望んでおります。また、新たに規律化された共同親権及び監護の分掌は、運用次第で大きく発展するものと思います。法律案に賛成するとともに、大きな期待を持っております。

 以上でございます。(拍手)


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