基礎を教える「ことばの授業」を創る
はじめに
この記事では、私が言語教師のキャリアの中でも大切にしているものの1つである、基礎を教える「ことばの授業」について書き綴っていこうと思います。授業の内容というよりは、なぜこういう授業に関心を持つように至ったのかというところをまとめていきます。
学部時代:イメージから距離を置く
私が大学に入学したころは、1990年代で池上嘉彦先生が『〈英文法〉を考える』、田中茂範先生が『発想の英文法』を出し、『現代英語教育』誌で「認知意味論から見た英文法」が連載された時期でした。いわゆるイメージ英文法の黎明期であったといえます。このような状況の中で、「認知意味論から見た英文法」の執筆者のお一人であった阿部一先生のゼミに入った私は、当時アルバイトした学習塾の授業でも、こうしたイメージの英文法を積極的に取り入れて行きました。
しかし、塾で教えているうちに、意味をイメージでわかりやすく提示して理解が深まる生徒は一部だけで、英語の語順が身についていない生徒にとってはそれどころではない、という現実に直面することになります。そのころになると、『英語教育』誌で大場昌也先生の連載があったりと、イメージではない、生成文法の知見を援用した学習文法の再構築が試みられるようになっていました。私も大学で長谷川欣佑先生やJohn Whitman先生から生成文法を学んでいました。
生成文法というと、駿台予備学校で高橋善昭先生がやっていたような授業の印象もあり、上級者向けの文法授業に援用するのがよいのではないかと思っていました。しかし、(変形)生成文法を学校英語教育に盛んに取り入れようとしていた1960年代後半から1970年代にかけての『英語教育』『現代英語教育』の関連記事を読んだり、Syntactic Structuresから始まる、一連の生成文法の専門書を読んだりしていくうちに、生成文法を援用した英語の語順の基礎を教える授業を構想していくようになりました。五島忠久・織田稔『英語科教育基礎と臨床』の影響もありました。このあたりを参考にしながら教材を作り、授業を行ったところ、思いのほか好感触を得ました。
プロ講師として:しばらく封印
学部を出てしばらくの間は、与えられた教材を淡々とこなすことに専念し、基礎を教える教材や授業のことを考えることもありませんでした。というのも、自分で考えて授業をする講師を排除しようとする動きが当時のある予備校であり、当時の私は生活していくことを最優先にし、他の先生や教務に睨まれるようなことを極力避けるようになっていたのです。
駿台への出講:田上先生の教材との出会い
塾・予備校の講師として10年ちょっと働いたところで、駿台予備学校の講師採用試験に合格し、出講することになりました。そこで担当することになったのが、「高2ハイレベル英語」という講座でした。「ハイレベル」隣っていますが、当時の駿台のレベル設定のなかでは下位講座という位置づけでした。そしてこの講座の教材を執筆していたのが田上芳彦先生でした。塾や予備校の英語教材にありがちな「長文+文法」という組み合わせではなく、文法を毎週項目ごとに学び、それを読み書きに活かしていく道筋をつけるというものでした。ここで再び英文法を基礎から教えることにじっくり取り組もうという気持ちになりました。
また、駿台では下位レベルとはいえ、そのレベルについていけない生徒の存在も見えてきました。せっかくの良教材だから、うまくかみ砕いて授業を創っていきたい、そのために英語の基本文構造の提示の仕方、定着させるための授業のやり方をもう一度考えたいと思うようになりました。
大学院で学んだこと:日本語学の大切さ
一方で、駿台に出講するようになったばかりのころ、私は早稲田大学大学院で国語教育を学んでいました。外国語教育の基盤となる国語教育の在り方を探るために国語教育を腰を据えて学ぼうと考えたからです。修士論文を提出し、修了するときに認識したことは、日本語学をしっかり学び、日英語の比較対照を授業に取り入れることが必要である、ということでした。
英語の仕組みを学び始める時点で、多くの学習者の頭の中には母語である日本語の体系ができあがっています。このため、英語を学ぶときに日本語の仕組みに引きずられてしまうことがあります。こうした事態を避ける手段のひとつに、日本語と英語の違いを意識し、自覚することがあげられます。違いを自覚すれば、そこは間違えないように英語を使おうという意識が生まれます。この意識をもって反復練習を続けていけば、英語の基本文構造を習熟する一助になります。
公立高校での授業を経験:文法用語を使わないシンプルな文分析を模索
その後、公立高校で1か月だけ非常勤講師として勤務する経験を得ました。いわゆる「進学校」ではない高校でした。そこで私が試みたのは、寺島隆吉先生の「記号づけ」実践を参考にした、文法用語を極力使わない文分析でした。予備校の授業では黒板一杯に英文を書き出して、括弧や矢印を書き込み、SやOなどの記号を振っていくのが一般的です。しかし私はこの学校で記号を振ることを避け、文法用語は品詞だけ用いることにして文分析を行いました。日本語と英語の語配列の違いを意識させて和訳へと導いていく当時のやり方は、私に予備校でも文型を導入する際に、例えば5つの文型をすべて同時に提示するのではなく、頻度の高い文型から小出しにして、一つ一つ習熟してもらうほうがよいのではないか、という発想をもたらしてくれました。
Sアカデミーへの出講:基礎講座の立ち上げ
先述の公立高校勤務の後、高校の先生方の実践に学ぼうと、研究会や勉強会に積極的に参加するようになりました。そこで何度かお目にかかった高校の先生に、千葉県の公立高校の教諭であった組田幸一郎先生がいらっしゃいました。その当時は駿台千葉校にも出講していたので、千葉県の先生を敵に回したりしてはいけないのでくれぐれも失礼のないようにということだけで頭がいっぱいで、それほど積極的に会話をした記憶もありませんでした。ところがその後、組田先生から連絡があり、高校退職後に立ち上げた塾に出講してもらえないかという打診をいただきました。私どもはフリーランスですから、仕事の依頼はありがたいものです。そこでこれまで大学受験が難しいといわれた学力層の生徒さん向けに授業を行うことになりました。私の頭にあったのは、大手予備校の下位クラスよりももっと根底から基礎が学べる授業の構想でした。これまで私が温めてきた基礎教材・基礎講座の専門的知見と、組田先生のご著書から得たことなどに基づいて、一気に教材をまとめ上げ、基礎講座の開講にこぎ着けました。
Sアカデミーへの出講は今年度で3年目。日英語比較対照からのスピンオフで構想した古典文法・漢文法の基礎を扱う講座も、組田先生のご尽力で開講することができました。受験対策でありながら、受験学力の基盤となる基礎を学ぶ講座として生徒とその保護者の方々から信頼をいただいております。
次のステップとしては、この基礎を教える「ことばの授業」をより多くの人に体験してもらえるように環境を整備していきたいと考えております。
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