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「直訳」か「意訳」か

今回は「直訳」か「意訳」かというお話です。国公立大学を中心に英文和訳や和文英訳の問題が出題されています。こうした出題をコミュニカティブではないとして批判する向きもありますが、私は基礎的な知識を問う問題として評価しています。

とはいえ、プロの翻訳者としての資質を見る試験ではありませんので、必ずしも完成度の高い日本語や英語の表現を出題者が求めているわけではないことは容易に察しがつきます。入試問題の多くは解答例や採点基準を公表していないのであくまでも「察し」でしかありません。受験生からの質問でよくあるものに「直訳」と「意訳」のどちらが答案として適切かというものがあります。これに対する私の答えは「元の文の内容を過不足なく表していればよい」というものです。

以前にもこのテーマで記事を書いているので、併せてご覧ください。

従来の受験指導での一般的な立場は恣意的なものです。英文和訳では多少ぎこちなくても機械的な英日の置き換えで意味が通じればよいとされてきました。いわゆる逐語訳です。これに対して和文英訳では逐語訳をすると「そんなのは英語では言わない。もっと英語の発想を身につけないとダメだ」とされ、暗記した英文の型に日本語の意味を流し込むことが奨励されてきました。先の受験生の質問でいうと英文和訳は「直訳」可で、和文英訳は「直訳」不可とされてきたのです。これはあまりにも恣意的です。

文レベルの文法学習のなかで、日本語と英語の違いに気づき、日本語の発想、英語の発想を学んでいくものです。

https://note.com/ownricefield/n/nfbea699ffd72

こうしていくと日本語と英語で単純に対応する部分と、そう簡単には対応しないところが見えてきます。これによって英文和訳や和文英訳のときに「直訳」の幅が広がっていきます。つまり、「この英語とこの日本語は語順がかけ離れているけど同じことが表せる」という判断が自信を持って下せるようになります。これを翻訳の分野で「等価性」と言います。「直訳」か「意訳」かというよりも、元の文と訳した文が同じことを表しているかどうかが重要なのです。

最後に例を挙げておきましょう。

「つとむ君は、いつもつとむ君のお母さんの友達が行っている本屋の隣の八百屋で太郎君がダイコンを買ったということを知っているすみこさんを見かけたという噂を耳にした。」

この日本語の文を読んで理解するのは困難です。しかし、この日本文は次の英文の和訳(逐語訳)です。

I was told the rumor that Tsutomu saw Sumiko, who knew that Taro bought a daikon at a greengrocer's next to the bookstore where a friend of Tsutomu's mother always goes.

日本語はすべての連体修飾語を前置修飾にできますが、そのことが読み手に負担を掛けてしまうことがあるのです。述語と主語や目的語などの名詞句との関係が把握しにくくなるからです。これで読み手が誤読をしてしまえば「等価性」が保証できなくなります。そこで、

「つとむ君がすみこさんを見かけたという噂を耳にした。すみこさんは太郎君が八百屋でダイコンを買ったことを知っている。その八百屋はいつもつとむ君のお母さんが行く本屋の隣にある。」

とすれば、読み手の負担が軽減され、元の英文の内容が過不足なく伝わります。

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