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ふれあい動物園でスタインベック

 動物園に行くと、しばしば生き物と触れ合えるスペースがございます。大抵は子供メインで楽しんでもらうことを想定した施設となっておりますが、大人も大丈夫なところも多く、私は割と触りに参ります。なぜってそりゃ可愛いからに決まっています。

 先日、友人と一緒にとある動物園へ行ったのですが、そこでも触れ合いスペースがありまして、大人も触れ合えるようになっていましたので、早速触れ合いに参りました。触れ合える動物はハツカネズミとモルモットでした。どちらも触れ合いスペースでよく見る、おさわりレギュラーメンバーです。

 触れ合いスペースでは事前に動物園職員から説明がありました。口の前に手を出すと餌と間違えてか指をカリカリする場合があるから気をつけてくださいとのこと。ええ、存じ上げております。私、以前に他の動物園の触れ合いスペースで、数十匹のハツカネズミが蠢くケースに何の警戒心もなく両手を突っ込んだことがあるんですが、みんなして私の指をカリカリしてきたんです。と言ってもすぐにハツカネズミ側が「あ、これおいしくないやつだ」と分かってカリカリをやめてしまうため、怪我ひとつしなかったんですが、何しろ相手は数十匹いるもんですから、次から次へと「お、飯か? カリカリ。あ、これおいしくないや」のルーティンが繰り返されるんです。

 前出の通り怪我なんてしようがないんですが、やっぱちょっと痛いですし、あんま指をカリカリさせちゃ職員サイドに気を遣わせてしまうでしょう。というわけで、私はもちろん、友人もこの日は指カリ禁止の方針で行くことにしました。動物園側の推奨触れ合いスタイルは、ハツカネズミはそっと両手ですくうように持ち、モルモットは持ち上げずに優しくなでたりブラッシングしたりするというものでした。触れ合えれば全く問題ない私としては、どんなスタイルでも即座に対応する準備があります。というわけで、早速触れ合いました。

 触れ合い自体は全く問題ございませんでした。ハツカネズミもモルモットも毛がふわふわしていて暖かい。なでるには最適な状態です。私になでられたモルモットはどういうわけか普通にうんこをしましたし、ハツカネズミに至っては私の手の中でうんこをしました。まあ、問題はありません。後で手を洗えば済むことです。

 無事に触れ合いタイムが終了した私たちは、近くに備え付けられた手洗い場でしっかり手を洗ったんですけれども、友人はハンカチで手をふきながらポツリと妙なことを呟きました。「ハツカネズミを触ってたらスタインベックの『ハツカネズミと人間』を思い出した」と。

 スタインベックと言えばアメリカを代表する作家のひとりで、1962年にはノーベル賞を受賞しています。代表作は大恐慌時代のカリフォルニアを舞台とした長編「怒りの葡萄」でございまして、「ハツカネズミと人間」もまた大恐慌時代のカリフォルニアを舞台とした短編です。ということは何となく知っていたんですが、スタインベックの作品を読んだことはありませんでした。短編ならすぐ読めるかなと思い、早速読むことにしました。

 主人公は、いつか自分たちの農場を持ちたいと願い、様々な農場を転々とする出稼ぎ労働者のコンビです。ジョージは小柄でクレバーな男、一方のレニーは巨体で力が強いけれども中身は子供という逆コナン状態です。

 レニーはフワフワしたものをなでるのが好きで、よくハツカネズミを捕まえてはナデナデしていたんですが、前出の通りハツカネズミの前に指を出すと「お、飯か?」と思って指をカリカリする習性があります。そうするとレニーはビックリして手に力が入ってしまい、ハツカネズミをギュッとする。結果的に己の意思に反して小さな命を奪ってしまうんです。そんなふたりが新しい農場で仕事を得たのですが、レニーのフワフワ好きと自分では制御しきれない力が、やがて取り返しのつかない事件を起こします。

 結果として物語は不幸なラストに辿り着いてしまうんですが、読み終えた私は思いました。「友人はハツカネズミを可愛がりながら何を思い出していたのか」と。ルールに従って動物を可愛がっているだけで良かったのに、なんでまたダウナーになりそうな物語を思い出しちゃうんでしょうか。

 救いのない終わりではありましたが、読む分には面白かったです。「ハツカネズミと人間」。

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