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生物のテストに立ちはだかる名前

 生物学には「モデル生物」という考え方がございます。研究によく用いられる生物を指す言葉です。

 モデル生物になる条件にはいろいろあります。手に入りやすい身近な生物であること、飼育方法が出来上がっていて世話が楽なこと、身体の構造など性質がよく分かっていること、などなど、身もふたもない言い方をすれば「実験しやすい生物」なんです。

 例えば、遺伝子の本なり記事なりを読みまくっていると、やたらとショウジョウバエが出てくるんです。これは遺伝子研究の世界がショウジョウバエマニアの巣窟になっているわけではなく、ショウジョウバエの特徴が遺伝子研究に適していたからなんです。つまり、ショウジョウバエが昆虫のモデル生物になっているんです。

 もちろん、生物は昆虫だけではありません。魚の遺伝子について知りたいからと言ってショウジョウバエを引っ張り出してきては「実験としてどうなんだ」というツッコミが思い浮かぶでしょう。ですから、魚には魚のモデル生物、植物には植物のモデル生物、みたいに、多くのモデル生物が研究者たちによって選ばれています。

 当然、カビのモデル生物もいます。カビが所属する「菌類」は生物の中でも一大勢力であり、膨大な種類が確認されているくせに、「我々は地球上に存在する菌類の半分も見つけていない」なんて言い出す専門家もいるくらい、底が見えない世界です。また、重要な遺伝子の研究に使われたモデル生物カビもいるんです。何なら、モデルカビを使った実験がきっかけでノーベル賞を取った人もいる。

 そんな話はどうでもいいんです。それよりも、そのモデルカビの名前がアカパンカビなんです。実際に声に出してみてください。アカパンカビ。なんか地味に言いづらくありませんか。言えば言うほど「あれ、今ちゃんとアカパンカビって言えてる?」と不安になってきます。個人的には「カパン」辺りに原因があると思っています。

 生物のテストの時だって何度も見返した記憶があります。アカパンカビと答えられたって、ゲットできる点は所詮1~2点です。でも、なんか不安になって見返すんです。「俺、本当にアカパンカビって書けてるか」「『アパカンカビ』とか書いてないか」。気になって、1文字1文字舐めるように見てしまう。

 というか、そんな実験によく使う生物なら、アカパンカビなんて早口言葉みたいな名前をそのまま使わず、もっと短くて言いやすい名前をコードネームみたいに使えばいいじゃないですか。

 などと思って調べてみたところ、細菌のモデル生物である大腸菌の話が出てきました。大腸菌は通称、「Escherichia coli」と呼ばれています。読み方は「エシェリヒア・コリ」だそうです。冷たい水をぶっかけられた人の悲鳴みたいな名前の理由は、大腸菌の発見者がエシェリヒという人だからのようです。

 大腸菌もまた遺伝子研究では人気のモデル生物で、教科書から学術論文に至るまでわんさか出てきます。しかし、いちいちエシェリヒアエシェリヒア書いてたんじゃ面倒でたまらない。そんな経緯からか、今では大腸菌を「E. coli」と書くようになりました。読み方は「イー・コリ」です。

 やっぱそうなりますよね。安心しました。今度はアカパンカビを是非お願いします。

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